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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第三章 エースに続くのは……
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25th BASE

 六月の異称は水無月と言う。これは水の無い月というわけではなく、寧ろ水の月という意味である。諸説あるが、旧暦では六月になると田んぼに水を注ぎ入れていたため、こう呼ばれるようになった。因みに旧暦の六月は現在の八月に当たるので、梅雨の時に雨が多くなることとはあまり関係が無いそうだ。


 そんな六月に入って初めて迎えた週末。梅雨らしい湿った曇天の下、真裕たち亀ヶ崎女子野球部は楽師館高校へと練習試合にやってきた。


 公立の亀ヶ崎に対し、楽師館は私立校。資金は潤沢で、保有する設備が非常に充実している。野球部専用のグラウンドがある上、土の質が格段に良かったり、場内アナウンスが備え付けられていたりと、至る部分で亀ヶ崎とは雲泥の差がある。

 凄いのは設備だけではない。高校女子野球界でも屈指の実力と実績を持ち、全国大会では毎回のように優勝候補に挙がっている。もしも今年の夏大で亀ヶ崎と対戦することになれば、両チームが死力を尽くす熾烈な戦いとなることは避けられないだろう。今日は言うなればその前哨戦に当たる。


「万里香ちゃん、久しぶり!」


 真裕は全体でのウォームアップが始まる前、紗愛蘭と共に楽師館のある選手に声を掛ける。主将を務める円川(まるかわ)万里香(まりか)だ。


「お、真裕に紗愛蘭じゃん! よく来たね。元気にしてた?」


 万里香は丸々とした瞳を潰し、弾けた笑顔で挨拶を返す。彼女も二人と同い年で、一年生の頃からレギュラーとして活躍している。真裕とは何度か対戦を重ねており、互いに人当りが良いこともあって初対面で意気投合。グラウンド外でも当たり前のように会話を交わす間柄となっている。


「もちろん元気だよ。夏大も迫ってきて、最近は一層テンションが上がってる!」

「おお! 私も同じだよ。今日は一試合目に先発するよね?」

「うん。万里香ちゃんを抑えて、試合にも勝つよ」

「言ってくれるねえ。なら私は真裕を打って、チームを勝たせることにするよ」


 真裕と万里香は揃って白い歯を見せるが、両者の間には火花が散っていた。しかしこの二人の対決に関しては、今後どこかで訪れるであろう然るべき機会で詳しく語ることとしたい。本日の試合では真裕以外の投手陣にフォーカスを当てる。


 午前中に行われた第一試合では、先発の真裕が六イニングを二失点に纏める。今回はスライダーを多投せず、課題としていたカーブやツーシームを駆使して楽師館打線からゴロの山を築いた。決め球が無くとも安定感は抜群で、本人としても納得の投球内容だった。


 三度あった万里香との対戦は、内野ゴロ二つと単打一本という結果に。試合も七回表終了時点で同点と、二人が決着を付けるのは夏大に持ち越しとなる。


《亀ヶ崎高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、柳瀬さんに代わりまして、春木さん》


 迎えた七回裏。真裕の後を受けて結が登板する。


「え、今って私の名前が呼んでたよね? すげえ……」


 自分の名前がコールされたことに感動しつつマウンドに上がった結は、センターを向いて深呼吸をする。その時間は先日の男子野球部戦よりも長く、入念に気持ちを落ち着かせようとしているのが見て取れる。


(今日のテーマは、どんな状況においても普段通り投げること、そして低めにボールを集めて練習の成果を出すことだ。気合を入れるのは良いけど、入れ過ぎには注意しないと)


 程良い緊張感になった頃合いで、結は投球練習を始める。ここまで取り組んできたことを思い出すかのように、与えられた球数のほとんどを低めのストレートに費やした。


《七回裏、楽師館高校の攻撃は、六番キャッチャー、大下(おおした)さん》


 先頭打者は六番の大下。打順は下がっていくが、楽師館ともなれば下位打線にも非常に強力な選手を置いている。この大下は右のパワーヒッターで、甘い球なら軽々と長打にしてしまう。


 初球、結はインローに直球を投じる。大下の豪快なスイングをすり抜け、菜々花のミットに収まった。


(おお……。真裕さんを相手にしてる時から思ってたけど、めちゃくちゃ振り回してくるじゃん。こういうバッターはやっぱそれなりに怖いな。でもしっかりコースに投げ切れれば、打たれない気もする)


 大下のスイングの圧を肌で感じた結だが、決して怯んではいない。脳内で抑えるイメージは既に湧いている。


 二球目はストライクからボールになるカーブ。少しでも高く浮けば打者にとって絶好球になりかねないが、結はミス無く投げ込む。大下には見逃されたものの、この緩急は後の投球に活きてくるはずだ。


 効果は早くも次の三球目で表れる。外角のストレートを打ちに出た大下だったが、捉え切れずライトへのファールとなった。直前にカーブを見ていた影響で差し込まれてしまったのだ。カウントはワンボールツーストライクと、結が追い込む。


(……よし、最後はスライダーで決める!)


 そう心の中で意気込み、結が次のサインを伺う。ところが菜々花から要求されたのは内角低めのストレートだった。


(あれ? スライダーじゃないの?)


 結は思わず素っ頓狂な顔をしてしまう。だがすぐに菜々花の意図を理解し、首を縦に動かす。


(……そうだ。私は低めの真っ直ぐをテーマとして練習してきたんじゃないか。だったら今日の試合は、それをどんどん試さないと)


 四球目、結は大下の膝元を目掛けて左腕を振る。彼女の投じたストレートは、真ん中やや内寄り、大下のベルトより少し下の高さを進む。

 大下はこれまでよりもスイングをコンパクトにして応戦。球足の速いゴロが結の真正面へと飛ぶ。


「うおっ⁉」


 咄嗟にグラブを出す結だったが、打球は彼女の股下を抜けていく。センターへのヒットで大下が出塁する。


(くそ……、狙ったところに投げ切れなかった。ツーストライクだからバッターはミートを意識してただろうし、甘くなったら捉えてくるよな。ボールになっても良いつもりで投げるべきだった)


 結は下唇を噛んで自らを戒める。初球で同様の球を投げているが、そちらの方がコースも高さも厳しかった。それだけに大下はかなり打ちやすく感じられただろう。追い込むまでの過程が良くても、最後の詰めが甘くては楽師館の打者は打ち取れない。


 大下が生還すればサヨナラ負け。それだけは何としても避けたい。結はこの試練を乗り越えられるか。



See you next base……


PLAYERFILE.11:円川万里香(まるかわ・まりか)

学年:高校三年生

誕生日:7/16

投/打:右/右

守備位置:遊撃手、二塁手

身長/体重:158/56

好きな食べ物:カキフライ

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