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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第三章 エースに続くのは……
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24th BASE

 亀高の女子野球部には私と結ちゃんの他に、二人の投手がいる。その内の一人が、私が使い終えたばかりのブルペンへとやってきた。


「真裕さん、そこ空いたなら替わってもらって良いですか?」


 淡々と冷めた声色で尋ねてきたのは、二年生の沓沢(みずさわ)春歌(はるか)ちゃんである。私と交代できるタイミングを待っていたみたいだ。


「うん。すぐに整備するね」

「いえ、大丈夫です。そのまま投げます」

「え、良いの?」


 私は予め用意していた蜻蛉を手に取ったが、春歌ちゃんの言葉を聞いて離す。それから春歌ちゃんは無愛想に答えた。


「はい。試合では相手ピッチャーの後に投げなきゃいけないこともあるじゃないですか。その時にいちいち道具使って均してもらえないでしょ。マウンドが荒れた状況でも投げられるような練習です」

「なるほど。じゃあこのままどうぞ」


 私はブルペンを譲り、本塁側に回って二人の投球を暫し見守ることにする。入学当初は表情豊かでいつも愉快気にしていた春歌ちゃんだが、それは猫を被っていただけのこと。本性は意地が強く、毒を吐くことも屡々(しばしば)ある。

 その変わり様に私も最初こそどう対応するべきか苦悩したものの、野球への情熱は自分と一緒であることが分かり、少しずつ良い距離感を見つけられるようになった。今では頼りになる後輩であり、同じ投手として切磋琢磨する好敵手でもある。


「ストレートから行きます」


 ブルペンに入った春歌ちゃんは、元々鋭い目つきを更に尖らせ、試合さながらの気迫で投げ込んでいく。私と同じくらい背丈ながら少しばかり肉付きが良く、その分だけ投げる姿は雄々しい。インコースを臆せず突ける度胸も備えており、男子野球部打線もそれを武器に()じ伏せていた。


「おお……」


 春歌ちゃんの迫力に、結ちゃんは自らの投球を忘れて見惚れる。それに気付いた春歌ちゃんは一旦投げるのを止め、呆れたように目を細めて言う。


「結、私のピッチングを見るのは良いけど、あんたもやってる最中でしょ。その間は自分のに集中しなさい」

「……はっ、そうでした! すみません!」


 我に返った結ちゃんが慌てて投球練習を再開する。その姿が春歌ちゃんの目にどう映ったのかは分からないが、一瞬、結ちゃんには見えないようにどことなく相好を崩したように見えた。彼女も先輩として可愛く思える部分があるのかもしれない。私よりも長い付き合いになるし、二人で良い関係を築いていってほしい。


 そしてもう一人の投手が、私の同級生である笠ヶ原(かさがはら)(さち)ちゃんだ。彼女は一塁側のブルペンで投球練習を行っていたので、様子を伺うついでに声を掛けてみる。


「祥ちゃんお疲れ。調子はどう?」

「あ、真裕。ぼちぼちかなあ」


 祥ちゃんらしい控えめな返事が来る。高校から野球を始めた彼女は、左利きということもあり、監督の進言で入部間もなくして投手を務めることとなった。


 野球の技術や知識をほとんど持ち合わせていない状態からのスタートだったため、ほんの単純なプレーでも祥ちゃんには難しく感じられたことだろう。故にここまでは見ている私たちまで辛くなるような苦しい思いを多く重ねているが、それでも彼女は逃げ出すことなく歩み続けている。その努力が今夏に報われてほしいと切に願うばかりだし、そうなれば全国制覇も近付く。


 先月は男子野球部打線を相手に二イニング無失点に抑えた。少しずつ結果を出始めており、祥ちゃん本人も自信が付きかけているはずだ。


「次はスクリューで!」


 年が明けた辺りから、祥ちゃんは新球に挑戦している。スクリューと言って、カーブとは逆方向、右打者に対して外へと沈んでいく変化球だ。

 習得できれば投球の幅は大きく広がり、空振りも取れるようになるだろう。実際に男子野球部戦ではボール球のスクリューを振らせて三振を奪っていた。祥ちゃん自身の話ではまだコントロールが甘く、思ったように変化させられないこともあると言う。理想の軌道で投げられるようになるため、試行錯誤の日々が続いている。


 私もスライダーに関しては何度も立ち行かない経験を繰り返し、その度に練磨することで今の形に辿り着いた。決め球を手に入れるとはそういうことである。気の遠くなる作業だが、祥ちゃんの根気強さがあればきっと全うできる。


 春歌ちゃんも祥ちゃんも、夏大に向けて調子を上げている。そんな二人の活躍を紹介する場はすぐにやってきた。


「来週の土曜日、楽師館(がくしかん)高校と試合をすることとなった。テスト期間で鈍った実戦感覚を取り戻す良い機会だ。夏大も迫っているし、自分が今どんな立場に置かれているかを強く意識して臨んでほしい」


 練習終わりのミーティング中、監督からそう告げられる。楽師館は同じ県内にある高校で、定期的に練習試合を行っている。女子野球部の歴史は亀高よりも遥かに長く、伝統も実績もある強豪校だ。去年の夏大ではベスト四、一昨年においては準優勝とその名に恥じぬ成績を残し続けており、私たちが日本一を目指す上でも強力なライバルとなることは間違いない。

 春の大会では顔を合わせる前に両校とも敗れてしまったため、今年に入ってからは初めての対戦となる。冬の過酷なトレーニング期間や新入生の入部を通してどれほどパワーアップしているのか。確かめるのが楽しみだ。


 ただし相手のことばかり気にしてもいられない。監督は自分の置かれている立場を意識しろと言っていた。要するに、夏大で活躍する資格を得るためにどうしなければならないか考えろということだ。


 レギュラーの座を死守しなければならないのか、或いは奪いにいかなければならないのか、そもそもまずは夏大のメンバー入りを果たさなければならないのか、それは人それぞれで違う。立場が違えば、やらなければならないことも違ってくる。

 レギュラーならばチームを引っ張っていけるように、レギュラーを奪いたいならレギュラー以上の結果が残せるように、メンバー入りを果たしたいなら走攻守のどれか一つでもチームに貢献できると示せるように。今後の試合は夏大に向けたサバイバルレースである。


 競争は激しさを増していく。私としては春歌ちゃんに祥ちゃん、そして結ちゃんの皆に良いピッチングをしてほしい。しかしそうなれば、私のエースとしての地位が脅かされることとなる。そのことを確と胸に刻み、私は私でしっかりと結果を出したいと思う。



See you next base……


PLAYERFILE.10:沓沢春歌(みずさわ・はるか)

学年:高校二年生

誕生日:4/1

投/打:右/左

守備位置:投手

身長/体重:157/56

好きな食べ物:ハンバーグ


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