23rd BASE
いつもお読みいただきありがとうございます。
男子野球部との交流試合が終わりました。
亀ヶ崎女子野球部は、選手一人一人が勝利のために考えてプレーするチームです。
その雰囲気が少しでも伝えれば良いと思います。
今回からは新たな章に入ります。
いくら真裕が良い投手と言っても、全国制覇は一人では成し遂げられません。
彼女に続いて活躍する投手は一体誰なのか、追っていきたいと思います!
ゴールデンウイークが過ぎ、亀高は部活動が原則禁止となる考査期間へと入る。それが明けると五月も終わり掛けに差し掛かっていた。私、柳瀬真裕の高校野球生活はあっという間に残り二か月ほどとなる。
六月に入れば、本格的に夏大のメンバー選考が始まる。私としてはエースの座を誰にも渡す気は無いが、今後の実戦で不甲斐無い投球をすればどうなってしまうか分からない。そうならないためにも、更なるレベルアップに向けて一層の熱を入れて練習に勤しむ。
「菜々花ちゃん、座ってもらって良い?」
「はいよ」
考査直後の休日練習のこと。春の柔らかな暖かさから汗ばむ陽気への変化が夏の訪れを感じさせる中、私は菜々花ちゃんに受けてもらってブルペンに入っている。
男子野球部との試合では、カーブやツーシームを投げた際に肝を冷やす場面が何度かあった。その時は運良く何事も起きなかったものの、夏大で同じことが通じるとは思えない。なので現在はスライダー以外の変化球を磨いている。
「今日はカーブから行くね」
まずはカーブ。私が最初に身に着けた変化球で、小学生の頃から投げ続けている。
一般的なカーブはリリースの瞬間に浮かび上がって弧を描くものが多いが、私の場合は浮かび上がることなく地面と平行に進み、徐々に斜めの角度に曲がっていく。故に必要以上の球速が出てしまうため、今一つ打者のタイミングを外し切れない。その点を改善するべく、指先から抜くようにして投げる感覚を養っている。
「次はツーシーム!」
もう一つツーシームは中学生の頃に覚えた球種で、右打者の内角にやや食い込みながら沈む。スライダーを習得するまでは実質的な決め球として投げており、低めを引っ掛けさせて内野ゴロで打ち取るのが私の投球スタイルだった。
現在はその用途に加え、ファールを打たせてストライクを稼ぐためにも使っている。こちらはカーブのように変化の軌道やスピードを変えるわけではなく、意図した場所に投げられる確率を高めていく。
「オッケー! ナイスボール!」
ツーシームが外角低め一杯に決まり、菜々花ちゃんが声を上げる。取り組み続けること約一か月。ツーシームの制球は大分良くなってきた。
一方のカーブは、手応えこそ掴んでいるものの、しっくりこない部分もある。抜け球に近いものを投げるわけなので、一つ間違えばとんでもない失投になりかねない。まだまだその怖さが拭えず、心做しか腕の振りが緩んでいる気がする。
二つの球種の精度が向上すれば、スライダーやストレートもより活きてくる。今後の試合で積極的に試し、自信を深めることが必要となりそうだ。
亀ヶ崎のグラウンドには、数か所のブルペンが散らばって設置されている。私が使用しているブルペンは三塁側のファールゾーンにあり、唯一二人同時に投球練習が行える。ちょうど、もう片方のブルペンに結ちゃんがやってきたところだ。
「真裕さん、お疲れ様です! 隣を使わせてもらって良いですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。よっしゃ、今日もウルトラ張り切っていますよ!」
威勢良く結ちゃんはウォームアップを開始する。男子野球部戦での初登板を経て、フィールディングやランナーを背負った時の投球など様々な弱点が浮き彫りとなった。彼女自身もそれらを克服しなければならないと強く自覚したようで、日々の投球練習に臨む意識にも変化が見られる。
入部直後は自分の実力をアピールするかの如く我武者羅に投げていた結ちゃんだが、今は強化したいテーマを設定して投げ込んでいる。私がそれをするようになったのは一年生の夏大が終わってからなので、この早い時期から実践できているのはとても凄いことだと素直に感心する。お兄ちゃんが賢いと言っていたのは本当みたいだ。
「じゃあ真っ直ぐから行きます! 最初は左打者の外角低めで」
結ちゃんが最近の課題としているのは、低めへの制球力。おそらく間宮君に高めのストレートを長打にされたことが強く印象に残っているのだろう。
あれほどのスライダーを持っていれば、追い込んでからの投球はほぼ心配いらない。問題はそこに至るまでどうやってカウントを整えるかである。ひとまずストレートだけで構わないので常に低めへ集められるようにすれば、自ずとストライクが取りやすくなり、スライダーを使える場面も増えるはずだ。夏大までに少しでもできるようになるよう、求められればアドバイスなどして支えていきたい。
「ラスト、ストレートを外角低めで!」
私は結ちゃんより一足早く投球練習を切り上げる。最後は彼女にお手本を見せるつもりで、右打者のアウトローを目掛けてストレートを投じた。
「ナイスボール! 完璧!」
菜々花ちゃんのミットをほとんど動かくことなく、投球が狙い通りのコースを貫く。結ちゃんが目の前で見ている以上、ここで投げ切れなければエースとしての面目が保てない。だから一発で決められて良かった。ほっとした私は小さく息を漏らす。
「ふう……」
「凄いです! さっすが兄弟子! やっぱり違いますね!」
感激したように声を弾ませる結ちゃん。その反応は嬉しいが、兄弟子と呼ばれるのは些か背中がむず痒く、私は思わず苦笑いを浮かべる。
「あはは……、ありがとう」
「じゃあ次は私の番ですね! 見ててください真裕さん」
結ちゃんはそう息巻き、ワインドアップから投球を行う。私と同じく外角低めを狙って投げたのだろうが、叩き付けてワンバウンドとなってしまった。
「……あ、あれあれ?」
「ちょっと力んじゃったみたいだね。良いところを見せたい気持ちは分かるけど、そのせいで余計な力を入れちゃ駄目だよ。どんな時も普通に投げることを意識して。結ちゃんならそれで十分に抑えられるはずだから」
「は、はい。すみません……」
私から指摘を受け、結ちゃんは頬を赤らめて恥じらう。こういう一面はまさしくお調子者という表現がぴったりだが、私からしたら微笑ましく感じられる。できることならこの可愛らしさを維持しつつ、成長していってもらいたいものである。
See you next base……




