表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第二章 日本一を目指すということ
21/149

20th BASE

 女子野球部が二点をリードして迎えた七回裏。結はツーアウトから死球と自身のエラーでピンチを招き、四番の間宮に対する。ワンボールワンストライクからの三球目、外角高めに抜けたストレートを間宮が捉え、大きなフライをセンターの左へと飛ばす。


「セ、センター! 捕って!」


 結の必死の呼び掛けも空しく、打球はネットの手前に落ちる。悠々と生還した二塁ランナーに続き、一塁ランナーの吉岡も三塁を蹴って本塁に突入してくる。


「バックホーム!」


 菜々花の叫びに従い、外野からの返球を受けた京子が急いで本塁へと投げる。ほぼ外野手の定位置という深い場所からの遠投となるも、送球はワンバウンドで菜々花の胸元に届いた。


 (かが)んだ体勢で捕球した菜々花は、その流れのまま吉岡へのタッチに向かう。対する吉岡も目一杯に腕を伸ばし、ヘッドスライディングでホームベースを目指す。タイミングは際どいぞ。


「……アウト!」


 球審は菜々花のミットからボールが零れていないのを確認した後、左拳を力強く突き上げる。京子たちの鮮やかな中継プレーで同点は阻止。男子野球部は一点を返しただけで攻撃終了となる。


「あ……、アウトか。はあ……」


 菜々花の背後にカバーへと回っていた結は、クロスプレーを見届けて大きな溜息を漏らす。チームのリードを保ったままチェンジとはなったが、間宮に痛打を浴びて一点を献上。しかもツーアウトランナー無しからの失点なので、余計に後味は悪い。


「結、お疲れ。ベンチに帰ろう」

「は、はい。分かりました……」


 結は菜々花に連れられ、とてつもない疲労感を顔に滲ませながら引き揚げていく。その姿を、二塁ベース付近から浮かない表情で注視する者がいた。間宮である。


(バットの芯で打てたし、感触としてはホームランになると思った。でも一伸び足りなかった。打球が最後に失速したんだ。完璧に捉えたつもりだったけど、少し球威に押されてたのか……)


 間宮はバッティンググラブを外し、右の手の平を見つめる。ほんの僅かだが、痺れた感覚がある気がした。


(力勝負では負けないと思っていたのに……。俺もまだまだだな)


 右手を強く握り締め、間宮は小走りでその場を去る。他方、女子野球部ベンチでは、真裕が結を拍手で迎える。


「よく頑張ったね結ちゃん。良い投げっぷりだったよ」

「全然ですよ……。あんな飛ばされるなんて思ってなかった……」


 弱々しく首を横に振る結。いつもは陽気な彼女だが、この時ばかりは気が沈んでいる。


「でも男子相手に堂々と投げられてたじゃん。初登板であれなら上出来だよ!」

「だけど結局は点を取られてますし……」


 結はがっくりと肩を落とす。何とか彼女に前を向いてもらいたい真裕は、どうしたものかと腕組みをして悩む。


「うーん……。じゃあさ、何で点を取られちゃったのか、一緒に考えてみようか」

「何で? ……そりゃ、私の実力不足じゃないんですか?」

「それも一理あるよね。けど一番の原因は、もっと違うところにあると思うよ」


 どういうことかと結が眉間に皺を寄せる。すると真裕は、右の人差し指で結の胸を指して言った。


「結ちゃんは、(ここ)に隙があったんじゃないのかな?」

「……私が油断してたってことですか?」


 真裕が頷いて肯定する。結本人はあまり自覚できていないようなので、順を追って説いていく。


「初球に暴投しちゃった時、結ちゃんは『しっかりしないと』って思ったはず。そこで気持ちを作り直して、集中力を高めたよね?」

「ええ、そうだと思います。頭も身体もふわふわしてる感じがあったので、シャキッとするために気合を入れました。そしたらちょっと落ち着いたんです」

「うん。だからその後は良いピッチングができてた。けどツーアウトを取った後くらいかな。そこでふと、結ちゃんの気が緩んだように私は感じたんだよね。あの時どんなことを思ってたか覚えてる?」

「えっと……」


 結は暫し考え込む。投手はマウンドにいる間は投げることで手一杯になるため、その時のことを覚えていないなんてことも屡々(しばしば)ある。初登板という、緊張しない方がおかしい状況ともなれば尚更だ。それでも結はどうにか記憶を呼び起こし、橋爪への投球の前後を振り返る。


「……あ、そうだ」

「思い出せた? 正直に教えて。どんな内容で怒らないから」


 真裕は和やかな口調で尋ねた。結は少々まごつきながらも、ありのままの答えを述べる。


「男子野球部もあんまり大したことないなって思ってました……。割と簡単にアウトが取れたし、次の打者もこの調子で打ち取れるだろうって」

「なるほどね。ならそのタイミングで隙が生まれたわけだ」

「そうだと思います。私ったら何て馬鹿なことを……」


 自分の本当の過ちに気付き、結は頭を抱える。真裕は彼女の右肩に優しく手を置いた。


「気持ちは分かるよ。私だって相手があんまり強くなかったら、同じようなことを思っちゃう時はあるもん。だからそれについてはそれほど悪いことじゃないと思うんだ。人間なんだし、そういう感情を抱くこともあるよ。本当に悪かったのはその後。気を緩めたままピッチングを続けちゃったことだね」

「はい……」


 結に反論の余地は無い。相手より自分の方が強いと自信を持つことは良いが、それが相手を見縊(みくび)ることに繋がってはならない。今日の結は、途中から男子野球部を舐めて掛かっていた。彼女は自ら心に隙を作り、それまで良かったピッチングを悪い方向へと変えてしまったのだ。


「結ちゃん、酷なことを言うかもしれないけど、本気で日本一を目指す以上、今日みたいな油断は命取りになる。全国制覇を争うような強いチームを相手にするとね、ほんの一瞬でも隙を見せてしまえば、あっという間に戦況を変えられちゃうの。こっちがどれだけ優位に立っていてもね。そして気が付けば取り返しのつかないことになってる」


 真裕は穏やかな雰囲気を保持しながらも、僅かに鋭利な眼差しを結に向ける。この二年を通して、彼女は苦しい思いを数え切れないほどしてきた。そうして野球の怖さを学んだからこそ、一言一言に説得力がある。


「今日だって、皆がたったの一打席もたったの一球も疎かにせず、勝つことに徹してプレーを紡いできた。その結果こうやってリードしてる。でも誰かがどこかで気を抜いていたら、こてんぱんに負けていたかもしれない。そしてさっきの結ちゃんがその危険性を孕んでたってことは、もう分かるよね」

「ああ……、もちろんです」


 事の重大さを改めて認識し、結は背筋が凍るのを感じる。口からは自然と謝意が零れていた。


「すみませんでした……」


 一人の怠慢で、チームメイトが心血を注いで積み重ねたものを全て壊してしまう。相手はその機会を虎視眈々と狙っている。日本一を目指すということは、そんな息つく間の許されない世界で戦うということなのだ。



See you next base……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ