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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第二章 日本一を目指すということ
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18th BASE

「おりゃ!」


 高校生活初のマウンドに上がった結。活き活きとした声と共に、彼女の左腕からストレートが勢い良く放たれる。


 ……と思ったのも束の間。投球は空に向かって投げたのかとさえ思えるほど高めに行ってしまう。菜々花が飛び上がってミットを伸ばすも全く届かず、バックネットに直撃する。


「……あ、ありゃりゃ?」


 結は投球後の右足一本で立つ体勢のまま、首を傾げて固まる。打者の上川や守備陣は皆、揃って何が起こったのかと呆然としている。


「……ボ、ボール」


 数秒の沈黙の後、球審が慌てて判定を告げる。それにより他の者たちも我に返った。


 記念すべき結の第一球は、まさかまさかの大暴投。これには堪らず菜々花がタイムを取り、一旦マウンドへ駆け寄る。


「どうした? 足を捻ったりはしてない?」

「え、ええ。大丈夫です。ちょっぴり張り切り過ぎちゃいました……」


 結は居たたまれない様子で、前歯で噛んだ舌先を見せる。力が入り過ぎたみたいだ。


「それなら良かった。ふふっ……」


 怪我などではないことに、ひとまず胸を撫で下ろす菜々花。するとその直後、彼女は唐突に吹き出してしまった。


「え? 何が可笑しいんですか?」


 訳の分からない結が困惑しながら問う。菜々花は左腕で口元を覆い、笑う声を潜めて説明する。


「ごめんごめん。真裕も二年前さ、同じことしてたんだよね。それ思い出したら笑えてきちゃった」

「真裕さんが? あの人もいきなり暴投したんですか?」

「そうそう。しかも結よりひどかった」

「へ、へえ……、そうなんですか。……ふふっ。何だか、気が抜けちゃいましたよ」


 強張っていた結の表情が、まるでガスが抜けるかの如く緩んでいく。これで不要な力みが幾分か取れたのではないだろうか。


「それくらいが良いよ。良いところを見せたいって思いはあるだろうけど、初登板くらい気楽にやろうよ。ともかく私のミットを目掛けて、自分の球を投げることだけを考えて。そしたら結果は付いてくるから」

「そうですよね……。分かりました!」

「うん。じゃあ頑張ろう!」


 菜々花が自らの定位置に戻り、試合は再開。結は人差し指と中指の腹に少しだけロジンバッグを付け、改めて打席の上川と対峙する。


(いくら気合が入るからと言っても、自分を見失っちゃ駄目だ。こんなんじゃ師匠にも真裕さんにも顔向けできないよ。……あ、でも真裕さんも同じ失態をしたらしいし、これもエースへの道って考えれば良いのか!)


 その発想が良いのかは分からないが、とりあえず結はリラックスできた。再び菜々花から出されたど真ん中のストレートのサインも、一球目の時より心なしか鮮明に見えている。


(さてさて、こっからが本番ですよ。ご覧ください、私の華麗なる投球を!)


 結がノーワインドアップから仕切り直しの二球目を投げる。その投球動作は一球目と比べて非常にスムーズになっていた。


「ストライク」


 ストレートが内角に決まる。タイミングが取れずに見送った上川は、一度打席を外して首を捻る。


 一般的な左投手は、体の構造の関係で真上から投げるのではなく、肘の角度を概ね斜め四五度付近に下げて投球を行う者が多い。しかし結の場合は真上に近い角度から投げ込んでおり、同じストレートでも高い位置からホームに向かって降下してくる。そのため打者としては実際の球速以上にスピードが出ているように見え、他の左投手を相手にするよりも打ち辛いと感じるだろう。


 二球目も結はストレートを続ける。外角への投球に対し、今度は上川が打ちに出た。だがバットには当てられない。


(よしよし、追い込みましたよ。となればさっさと抑えちゃいましょう)


 すんなりとストライクを二つ取った結は、薄らと口角を持ち上げる。菜々花から次の球のサインが出されると、その面持ちは一層愉快気になる。


(分かってますねえ、菜々花さん。では三振を取っちゃいましょうか!)


 結は胸が時めくのを感じながら、上川への四球目を投じる。投げた瞬間は真ん中を通るストレートに見えていた投球だが、暫くして切れ良く低めへと落ちていく。彼女のウイニングショットである縦のスライダーだ。

 既にスイングを始めていた上川はバットを止めなければと頭では考えられるものの、体の反応が間に合わなかった。そのまま空振りを喫する。


「しゃあ!」


 思い描いた通り三振を奪い、結は左の拳を握ってガッツポーズする。初球こそとんでもない場所へ投げてしまったが、その後の三球は持ち味を活かす投球ができていた。


「ナイスボール結ちゃん! その調子だよ」


 真裕もベンチで手を叩き、結を称える。先ほど話した際に芽生えた不安も、取り越し苦労だったみたいだ。


 ワンナウトランナー無しとなり、打席に立ったのは一番の廣田。男子野球部の打順は四巡目に入る。


(ここから三番までは真裕さんからヒットを打ってるんだよね。そういう人たちを抑えられれば、私の株は爆上がりだ!)

 一球目、結はインコースへのストレートを投じる。廣田はバットを出さず、ストライクが一つ先行する。


 二球目も同じ球が続く。今度はより打者側に食い込んでいたため、廣田は思わず腰を引いて見逃す。こちらはボールとなった。


「オッケーオッケー。良いボール来てるよ」


 そう声を掛けて返球する菜々花に、結が小さく頷いて応答する。左投手にとって、右打者の内角を(えぐ)ることは生命線の一つ。死球を恐れて中々投げきれない投手もいるが、その点に関しては問題無いようだ。


 三球目は外のコースから中に入っていく変化球。結はカーブとして投げているが、実際には横に曲がるスライダーと似た軌道を描く。廣田は打ちにいくもミートポイントを掴めず、中途半端なスイングになってしまう。


「ストライクツー」


 球審は廣田がバットを振ったか否かに関わらずストライクの判定を下した。上川の時と同様、結は三球で追い込む。

 こうなれば彼女としては、次の球種はスライダー一択。菜々花もその気持ちを()む。


(今みたいな変化球の後は速球を挟みたいけど、結はスライダーを投げたがるだろうな。まあそれでどこまで通じるか把握しておきたいし、望み通りにするか)


 菜々花がスライダーのサインを出す。結はおやつを貰った子どものように瞳を輝かせ、首を縦に動かした。


 四球目、結の投じたスライダーは若干高めに浮いたが、それでも大きな変化を見せる。廣田は何とか打ち返したものの、バットに当てただけのバッティングとなる。


「ショート!」


 京子の真正面へゴロが転がる。打者としてはここに打球を飛ばしてしまっては一貫の終わりだ。


「アウト」


 ショートゴロで結が廣田を打ち取る。テンポ良くツーアウトを取った。



See you next base……


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