145th BASE
「お待たせいたしました。夏の涼風パフェでございます」
注文したパフェが私たちの元に運ばれてくる。三〇センチ弱の逆三角形のグラスには水まんじゅうとわらび餅の他、バニラアイスや白玉が添えられていた。生で見るとテレビの時より一層涼しさを感じられる。
「いただきます!」
まず私は黒蜜きなこが掛かったわらび餅とアイスをスプーンで掬って食べる。口の中で二つが絡み合い、優しくも濃厚な甘さを残して瞬く間に溶けていった。これには私の表情まで蕩けてしまう。
「んん……」
「ふふっ、柳瀬ってば、すっげえ間抜けな顔してるぞ」
「え? やばいやばい」
私は咄嗟に口元を引き締める。あまりの美味しさに心を奪われていた。
「でもこれほんとに美味しい! 黒蜜の味が濃くて、アイスやわらび餅と凄く合う」
「そうだな。水まんじゅうも美味いぞ。こっちはあんこがあっさりしててパフェに合うように作られてる」
「そうなんだ! 食べてみよう」
今度は水まんじゅうとアイスを合わせて口に入れた。椎葉君の言った通り水まんじゅうはあんこの甘さが控えめで、アイスの味を打ち消すことなく調和する。皮の部分は寒天のようにほろりと崩れていき、食感にアクセントを加えてくれる。
和菓子は甘さをしつこく感じることも少なくないが、このパフェはその辺りが上手に調整されている。そのため私は手を止められずに食べ進めてしまう。
「ご馳走様でした」
結局十分も経たない内に完食してしまった。これならもう一個食べられそうだが、色んな意味で止めておこう。
「お、柳瀬もう食べ切ったのか」
「うん。美味しくてつい……って、そっちもじゃん」
椎葉君のグラスも空になっていた。よく見るとクリームなどが全く残っておらず、隅々まで綺麗に平らげられている。彼はこういったスイーツが大好物でよく食べにいっているので、上手な食べ方も心得ているのかもしれない。
「俺も美味かったからぱくっと食べちゃったわ。……それで、この後どうする? 待ってる人いるからここで長居はできなさそうだし、移動するか」
「ああ、確かに。……どうしようか?」
時刻は三時半手前。私も明日からまた練習が再開するので遅くなってはいけないが、これで解散は味気無さ過ぎる。椎葉君もまだ時間があるみたいなので、もう少し一緒にいられたら良い。
「椎葉君は何かしたいこと無いの?」
「俺の?」
「うん。この店には私が来たいって言って来てるわけだし、次は椎葉君の行きたいところに行こ。私はどこでも付いていくよ!」
私の声のトーンが意識に上がる。椎葉君がこういう時どこへ行きたがるのか、非常に興味があった。
「どこでもって言われると難しいな……。……あ、一つ行きたいところがあるけど、そこでも良い?」
「もちろんだよ」
椎葉君が少し悩みながらも答えを出す。果たして彼の行きたい場所とは……。
先程までいたみずたま屋と同じくらいの大きさの室内に金属音が響き渡る。横に並んだ打席からは次々と白球が飛び交い、四方に張られたネットを揺らす。
私たちがやってきたのはまさかのバッティングセンターだった。夏の大会で緊迫した打席が続いていたため、椎葉君な何も考えずに気持ち良く打ち込みたかったそうだ。
「ごめんな、こんなところに付き合わせちゃって」
「ううん、構わないよ。私も厳しい試合が続いてたし、ここで打てばスカッとできそう」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ先に売ってくるわ」
椎葉君は一一〇キロの打席に入る。気楽に打つにはこれくらいがちょうど良いらしい。
一一〇キロと言うと女子野球ではそれなりに速い部類に入るが、椎葉君は難無く打ち返していく。しかも場内の一番奥まで何球も飛ばし、ホームラン賞の看板に当たりそうになることもあった。これには隣で打っていた人も「凄い」と声を漏らしている。
椎葉君は投げるだけでなく打つ姿も絵になる。私は後方の柵に手を掛けて張り付き、少年のような眼差しで彼の姿に見惚れていた。
バッティングセンターで過ごすこと一時間。楽しい時間はあっという間に過ぎ、時刻も五時を回った。残念だがそろそろ帰らなくてはならない。乗り込んだ電車は二人掛けの席全てに一人だけ座っているという何とも都合の悪い状況だったため、私たちはドア付近で並んで立つ。
「……柳瀬、今日はありがとう。帰ってきたばかりなのに連れ出して悪かったな」
電車が発車して少し経ったところで、椎葉君が私にしか聞こえないような声で言う。私も他の乗客に配慮して声の大きさを合わせる。
「いやいや、私の方がありがとうだよ。とっても楽しかった。甲子園に向けて良い気分転換になったよ」
「それはお互い様だよ。……甲子園から帰ってきたらさ、今度は一日使って遊ぼう。それなら遠出もできるし」
「良いね。しよしよ」
椎葉君が流れるように誘ってきたため、私もあっさり承諾する。しかしふと彼の顔を見てみると、その言葉が勇気を出して発されたものだと分かった。それが何を意味するのか、私は理解した上で答えを返したつもりだ。
《……次は緑山、緑山》
電車が私の降車駅に到着する。椎葉君とはここでお別れだ。
「じゃあ行くね。今日は本当にありがとう」
「うん。俺の方こそありがとう」
私は物悲しい気持ちを抑えつつ、笑顔を作って電車を降りる。対する椎葉も穏やかに笑っていたが、どこか不自然なものだった。ただ今の私にはそれが嬉しく感じられる。
「……またな」
「……またね」
ドアがゆっくりと閉まっていく。私たちは電車が動き出してからも手を振り合った。
やがて一人になった私は、暫しホームに立ち尽くす。遠くに見える空は未だに僅かな青色を帯びており、寂寞感がより強くなる。
けど椎葉君とは次も出掛ける約束ができた。それを思えば今の寂しさにも耐えられそうだ。
私も椎葉君も最高の形で夏の大会に一区切りを付いた。しかし本番はこれから。特に私はまだ目標を達成したわけではない。宿敵を破ったことに満足せず、前へと進み続けなければならないのだ。
涼しい電車内から外に出た反動で、首筋の汗が一気に吹き出す。私はそれをタオルで拭い、仄かに眉を顰めて歩き出すのだった。
……home in the third point.
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回で『ベース⚾︎ガール!!!~Ultimatum~』は最終回となります。
本当は夏大の決勝戦まで書き上げたかったのですが、以前に触れました通り現実の方が忙しくなり、安定して投稿を続けていくのが難しいと判断して物語を畳ませていただくこととなりました。
ここまでお読みいただいた皆様、最後の最後でこのような形となってしまい本当に申し訳ありません。
きっと亀ヶ崎は全国制覇を成し遂げるでしょうし、その後も真裕たちが大きく飛躍していくことを信じて締めたいと思います。
今までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
……ということで。
「ベース⚾︎ガール!」シリーズ最終章、『ベース⚾︎ガール!!!!』を連載いたします!
夏の大会決勝戦、舞台は高校野球の聖地、阪神甲子園球場。
悲願の日本一に向け、真裕たちは三度目にして最後の挑戦に臨む!
立ちはだかるのはシリーズ史上最強の相手。
「心が読める」と言われるバッテリーに亀ヶ崎の苦戦は必至。
戦いの先に待つのは歓喜か、それとも――。
泣いても笑っても正真正銘の最終決戦!
ご期待ください!
……結局続くんかい!
いや、本当は今作で最後まで終わらせる予定だったんですよ。
しかしいつだったかふと、「最終決戦は別で書いた方が、気分も上がって面白くなるんじゃね?」と思いまして、考え付いてしまった以上は性分としてそうしないわけにいきませんでした。
よくある「最終章は映画で!」みたいな感じですね(笑)
ひとまず一ヶ月の準備期間をいただきまして、8月より更新を始める予定です。
それまで暫しお待ちください。
よろしければこれまでの話を見返していただけると嬉しいです。
「ベース⚾︎ガール!」を投稿し始めて早5年半、何だかんだでここまで続けることができました。
それもこれも読み続けてくださる皆様のおかげです。
本当に感謝してもし切れません。
最後の最後まで精一杯書く所存ですので、もう少しだけお付き合いいただけたら幸いです。
今後とも「ベース⚾︎ガール!」をよろしくお願いいたします!
ドラらん