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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
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144th BASE

《……まもなく、刈間谷(かりまや)、刈間谷。お降りの方は右側のドアをご利用ください》


 家の最寄り駅から電車に揺られること約十五分、待ち合わせの駅に着いた。集合時間の二時にはまだ少し時間がある上、椎葉君は練習の関係で間に合うかどうかが微妙らしい。私は国鉄の改札前で待つことにする。


 ここの駅は私鉄も通っていてそれなりに規模が大きく、行き交う人も多い。私は人がホームから出てくる度に椎葉君も来ていないかと探してみるが、中々彼の姿は見当たらない。


《着いた。今から改札向かうわ》


 待つこと二十分弱、椎葉君からそう連絡が入った。メッセージを見た瞬間、私の心音は一気に高まる。


《了解。改札の前にいるよ》


 同じ電車に乗っていたであろう大勢の人たちに混じり、椎葉君が八つある改札機の真ん中を通って出てくる。彼は私を見つけると軽く右手を振って笑顔を見せた。私も強ばった表情を崩して応える。


「悪い。遅くなった」

「ううん、ちゃんと時間通りだよ」


 椎葉君は真っ白なシャツの上にカーキの半袖ジャケットを羽織り、黒い長ズボンを合わせている。下半身は一見暑そうだが、生地が薄めなので着ている本人は気にならないかもしれない。


「……柳瀬、今日はワンピースなんだな」

「そうそう。……どうかな?」


 私は恐る恐る尋ねる。その不安を取り除こうとしてくれたのか、椎葉君は少し顔を紅潮させながら、私に暖かな眼差しを向けて言う。


「うん、似合ってる。凄く……、可愛いと思うよ」

「え、ほんと? ふふっ、ありがとう……」


 私は照れ臭くなり、はにかみながら下を向く。まさか可愛いと言われるとは思っていなかった。胸の鼓動がまたもや高鳴ったため、咄嗟に深呼吸をして鎮める。


「椎葉君も良い感じ。とってもお洒落だよ」

「そう? なら良かった。こうやってちゃんと服を選んで着る機会なんて少ないから、変じゃないかって不安だったんだよ」

「その気持ち分かる。学校は制服だし、それ以外の日も大した場所に行かないから、適当なシャツとかを着回しちゃうよね」


 椎葉君も同じようなことを考えていたみたいだ。互いに安心したためか、私たちは自然と笑い合う。


「じゃあ早いとこ行くか。並んでるかもしれないし」

「そうだね。急ごう」


 私たちは店へ徒歩で向かおうとする。どういう立ち位置で歩くべきか一瞬迷ったが、会話しやすいようにと私は椎葉君の横に並んだ。


「……それでね、京子ちゃんがフルカウントから真っ直ぐを弾き返したんだよ。一旦はセカンドに追い付かれたんだけどボールが零れて、その間に二塁がセーフになって一点入ったんだ。最後はベンチにいた皆で両手を広げて、『セーフ!』って叫んでアピールしてた。それが良かったのかも」

「そうなのか。陽田もよく打ったな。相手のピッチャーも良かったんだろ?」「うん、ほんとに凄かった! あの場面は違う人みたいなオーラが出てたもん!」


 道中は準決勝のことについて話した。と言っても私が徐々に興奮してしまい、最終的には一人で盛り上がっていただけだったが。椎葉君が終始笑って聞いてくれていたので、私自身は後になってそれに気付くのだった。恥ずかしいし申し訳無い。


 みずたま屋には駅から十分ちょっとで到着。和風スイーツを売りにしているだけあって瓦屋根の古風な店構えをしており、焦茶色の質素な外壁と相まって非常に趣を感じる。建物はそれほど大きくなく、若干敷地の広い民家と言われても信じてしまいそうだ。


「いらっしゃいませ。ボードに名前を書いてお待ちください」


 店に入ると椎葉君の予想通り満席で、私たちは暫し待たされることとなる。ただ幸運なことに前には二、三組しかおらず、順番が回ってくるまでそれほど時間は掛からなかった。一方で私たちが来店した直後から途端に客足は増え、行列が店の外にまで広がっていた。これがテレビでの宣伝効果なのだろうか。もう少し来るのが遅かったら大変なことになっていた。


「二名でお待ちの椎葉様。お待たせしました。こちらの席へどうぞ」


 和装の女性店員に案内され、私たちは二人掛けのテーブルに向かい合って座る。いきなり椎葉君と目を合わせると緊張で喉奥が締まってしまいそうだったので、私は一旦店内を見回す。和風な外装に合わせて電球色が取り入れられており、とても暖かで心が落ち着いた空気感が流れている。


 客層はカップルや女性同士が大半を占める中、二つ隣の席にはお兄ちゃんくらいの若い男性が一人で座っていた。その人が食べていたのが昨日紹介されていたパフェだ。わらび餅や水まんじゅうが本当に使われ、テレビで見たまま盛り付けられている。


「じゃあ頼むか。柳瀬はやっぱりこれ?」


 椎葉君が私の方を下にしてメニューの冊子を開き、わらび餅のパフェを指さす。そうそうこれこれ……って、二二〇〇円もするではないか。月々の小遣いが一万円の私にとって、パフェ一個で五分の一の出費はかなり厳しい。


「おお……。パフェって、結構な値段するんだね……」

「まあこういう店だとそれくらいはしちゃうよな。正直俺たち高校生にとっては安くないと思う」

「だよね……」


 これは注文すべきか否か。私は顔全体に皺を作って悩む。するとまさかの一言が椎葉君から放たれる。


「……あの柳瀬、ここは俺が出すから、金は気にしなくて良いぞ」

「へ? ……いやいや、それは駄目だよ!」


 私は咄嗟に手を振る。ありがたい話だが、流石に椎葉君に奢らせるわけにはいかない。彼だって自安くないと言っていたわけだし。


「遠慮しなくて良いって。柳瀬には態々来てもらったんだから。それにこっちは親から臨時収入もらってるんだ」

「臨時収入? 甲子園行ったからとか?」

「え? ……そ、そうそう。お祝いでくれたんだよ」


 何故かしどろもどろになって答える椎葉君。理由は何にせよ、そう言われてしまうと心は揺れる。


「じゃあ……、お言葉に甘えようかな。けど、どこかで絶対に埋め合わせする! それでお合いこね」

「まじ? それは楽しみだ」


 椎葉君が白い歯を輝かせる。その笑顔は一見爽やかだが、どこか勝ち誇ったような雰囲気も醸していた。



See you next base……


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