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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
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143rd BASE

 夕食を食べて部屋に戻った私は、椎葉君からのメッセージが届いていることに気付く。


《お帰り! 時間がある時で良いから、少し話せないかな?》


 話がしたい、とは電話したいという意味だろうか。私は返信のメッセージで尋ねる。


《ただいま! 電話で話したいってことで合ってる?》

《そう。良い?》


 返事はものの数秒で返ってきた。椎葉君が電話をしたいと言うなんて珍しい。過去に一度か二度あったくらいだ。私は全然構わないが、少し緊張する。


《大丈夫だよ! 私はいつでも良いから、椎葉君のタイミングでどうぞ!》


 私が再度返信して何分か経った後、椎葉君から電話が掛かってくる。私は部屋のドアが閉まっているのを確認してから出た。


「もしもし」

《もしもし。聞こえる?》

「うん。どうしたの? いきなり電話したいなんて」

《え? ……い、いや、直接お祝いしようと思ってさ。決勝進出おめでとう》


 椎葉君が若干上擦った声で言う。祝福のメッセージは昨日の時点で貰っていたが、改めて口に出されて照れ臭さと嬉しさが同時に込み上げてくる。


「ありがとう。椎葉君が応援してくれたおかげだよ」

《俺? そんなことないだろ。柳瀬が頑張った結果だよ》


 電話越しに椎葉君の控えめな笑い声が聞こえてくる。私にはそれがとても心地好く感じられ、こちらも口元が勝手に緩んでしまう。


「そうかな? ……私、頑張ったかな?」

《うん。頑張ったよ》


 私は何を甘えた質問をしているのだろうと、言葉に出してから気付く。それでも椎葉君は間髪入れることなく肯定してくれた。


《けどまだ終わりじゃないからな。柳瀬の目標は日本一だろ》

「分かってる。椎葉君と一緒に甲子園に行けるわけだし、勝って有終の美を飾らないとね。そっちはどうなの? 勝てそう?」

《もちろん優勝は狙っていく。けど学校として初出場だから、正直どうなるか分かんないな。あんまり勝とうと意識せず、チーム全員でやれることをやっていこうと思ってる。ただ少なくとも柳瀬たちが来るまでは勝ち残りたいかな》


 私たちの決勝戦は八月二三目に予定されている。男子の甲子園大会で三回戦が始まる直前だ。なので椎葉君たちは一回ないし二回勝つことができれば、その日まで甲子園にいられることになる。私としては椎葉君の試合をスタンドで観戦したいし、こちらの試合もぜひ椎葉君に観ていてもらいたい。


「いざ甲子園に行ってみたら椎葉君がいないなんて寂しいだからね。頼んだよ」

《分かった、頑張るよ。ところでさ……》


 椎葉君は何かを言い掛けて止まる。神妙な口ぶりだったので一旦急かさず待ってみると、彼は意を決したように吸った息を吐いて切り出す。


《……明日、柳瀬って予定あるか? もし良ければちょっと出かけたいなと思って……》

「え? ああ……」


 突然の誘いに私は少々戸惑う。ただ明日は練習も無いし、それ以外にも予定は入っていない。一日中家にいるのも勿体無いので、せっかくなら誘いに乗ってみようかな。


「大丈夫だよ。私は一日空いてる」

《ほ、ほんとか? 俺は一応午前中に練習があるから、それが終わったらで良いか? 大体二時くらいになると思う》

「良いよ。どこに行こう?」

《そうだな……。遠出するには時間が厳しいし、近場のカフェとかどう?》


 カフェとはまた洒落た提案をしてくる。椎葉君は甘い物が好きだし、パフェとかが食べたいのかもしれない。とすれば……。


「良いと思う! 実は私、行ってみたい店があるんだよね!」

《え? どこ?》


 私の食い付きが思いの外良かったのか、椎葉君は気圧されたような反応をする。私も夕方のニュースを見ていたらこうはならなかっただろう。


「今日見たテレビでさ、この辺のカフェが紹介されてたんだよね。そこにわらび餅とか水まんじゅうが乗ったパフェがあるらしくて、食べてみたいんだ」

《わらび餅や水まんじゅうが乗ったパフェ……。もしかして“みずたま屋”のことか?》

「みずたま屋? ……ごめん。名前は覚えてないかも」

《何じゃそりゃ。ちょっと待っててよ……》


 椎葉君はスマホで何か調べ始めたみたいだ。その後こちらに送ってくれた画像には、ニュースで見たパフェが映っていた。


「あ、これこれ! よく分かったね!」

《少し前に友達のSNSで見た覚えがあったんだ。ここテレビでも紹介されてたんだな。としたら明日は結構混むかもしれないけど、並んで待つのは大丈夫か?》

「うん。あんまりにも並んでたら諦めよう。私は最悪ファミレスとでも良いし!」

《そうか。俺も待つのは構わないし、行ってみるだけ行ってみよう。集合は二時に店の最寄り駅で良い?》

「了解! ふふっ、楽しみ!」


 私は一人しかいない部屋で思い切り口角を持ち上げる。もしもここに誰かがいたら気持ち悪がられてしまうだろう。


《俺も楽しみ。明日の練習も頑張ろうって思えるわ》

「それは良かった。怪我だけはしないよう気を付けてね。好事魔多しだから」

《そうだな。お互いに気を付けよう。……じゃあ、そろそろ切るわ。明日の準備して寝ないといけないし》


 時刻は九時を回ったところだった。もう少し話していたいが、明日も朝早くから練習がある椎葉君を遅くまで付き合わせるわけにはいかない。


「……はーい。ありがとう。また明日ね」

《こちらこそありがとう。おやすみ》


 電話が切れる。その瞬間、私は痛烈な侘しさに襲われた。しかし直後に芽生えた明日への待ち遠しさがそれを凌駕し、私の心を弾ませる。


「……よし! 私も準備しなくちゃ!」


 私は跳び上がるように体を起こす。それからクローゼットを開き、明日着る服を見繕う。


 空に浮かぶ満月が、私の部屋に微笑むように柔らかな光を送っていた。


 翌日。少し遅めの時間に起床した私は、リビングで昼食も兼ねた朝食を済ませる。お父さんとお母さんは仕事、お兄ちゃんは大学に行ってしまい、家には私一人だけ。そちらの方が色々と言われることなく自分のペースで支度できるので都合は良い。


「……よし。これで良いかな?」


 出掛ける三〇分ほど前にブルーグレーのプリーツワンピースに着替え、全身鏡で自分の姿を確認する。この服はシンプルなデザインが気に入って買ったものだが、これまでほとんど着る機会が無かった。なので似合っているか少々不安である。一応自分で見る限りは外出しても恥ずかしくない身なりにはなっていると思う。


 髪型を軽く整え、緑の花弁が付いたヘアピンで前髪を留めて準備完了。ポーチの中にはタオルや制汗スプレーを入れたし、汗を掻いた時の対策もできている。それから私は誰もいないのに大きな声で「行ってきます!」と言って、少しぎこちない足取りで家を出た。



See you next base……

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