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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
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142nd BASE

 奥州大付属との準決勝を終えた翌日の三時過ぎ、私たちは亀高へと帰ってきた。バスから降りると、校長先生を含めた数人の教師や保護者、更には少人数ながら部活や補習のために登校していた生徒が出迎えてくれる。


「おめでとう!」

「甲子園に行けるんだって? すごーい!」


 夏休みの長閑な校内が細やかに湧く。男子野球部が甲子園大会出場を決めた際には全校を挙げて祝福したそうだが、この扱いの差は大会の規模も知名度も違うので仕方が無いと思うしかない。決勝に勝って日本一となった暁に、もう少し盛大に祝ってもらえることを願う。


「先日の試合に勝利し、私たちは三週間後に甲子園球場で行われる決勝戦に進出できることになりました。泣いても笑っても残り一戦、全力で戦い抜きますので、応援のほどよろしくお願いします」


 主将の紗愛蘭ちゃんが代表で挨拶する。彼女に合わせて私たちが一斉に頭を下げると、疎らながら拍手が起こった。私は誇らしい気持ちになると同時に、本当に舞泉ちゃんたちに勝てたのだと改めて実感する。


 それから大した時間を経ずに解散となる。チームメイトの中にはファミレスなどに寄り道していこうと話す者もいたが、私と京子ちゃんは真っ直ぐ帰ることにする。お兄ちゃんが車で迎えにきてくれているそうだ。


「あ、いたいた」


 お兄ちゃんは学校近くのコンビニに車を停めていた。私たちはボンネットに荷物を積み、後部座席へと乗り込む。


「ただいま!」

「おかえり。良かったな、勝てて。二回負けてる相手だったんだろ?」


 平坦な声でお兄ちゃんが聞く。妹との久々の再会に対して何か思うことはないのかと残念に感じる一方、普段通りにお兄ちゃんが見られたことには安心感を覚える。


「うん! どうしても勝ちたい相手だったから嬉しい。最後は京子ちゃんが打って決めたんだよ!」

「ちょっ、別にそれは言わなくても良いでしょ……」


 隣に座っていた京子ちゃんが恥ずかしそうに私の言葉を遮る。バックミラーから見えるお兄ちゃんの口元が仄かに緩む。


「ああ、ネットの中継で見てたよ。あれはよく打ったな。最後は真っ直ぐ?」

「おそらく。でも正直あんまり記憶が無いんだよね」


 京子ちゃんが仏頂面で答える。あの打席での京子ちゃんは、私たちから見ても別人のような雰囲気を纏っていた。だから記憶が無いと言われても驚かない。お兄ちゃんも同調するように頷いた。


「あー、意外とそういうもんだよな。それだけ集中してたってことだろ。……にしてもサヨナラになった時の真裕、京子に物凄い勢いで突っ込んで押し倒してたな。あれめっちゃ笑ったわ」

「あ……、あれは……」


 今度は私が恥ずかしくなる。あの時は嬉しさのあまり体が勝手に動いていたのだが、まさか中継カメラに映っていたとは……。


「いや、あれはまじで痛かったよ。押し潰されるかと思ったもん」

「ああ……、ほんとにごめんね」


 私は改めて京子ちゃんに謝る。運転席からはお兄ちゃんの忍び笑いが聞こえてきた。


 それから三〇分弱で京子ちゃんを家に送り届け、私たちも帰宅する。


「ただいま!」


 玄関を開けた私は元気良く声を上げるが、返事は無い。お父さんもお母さんも仕事で、家にはお兄ちゃんしか残っていなかったそうだ。私たちは夏休みでも社会人には平日なので当然と言えば当然だろう。夏大の応援もほとんど来てもらえず寂しい気持ちはあるものの、決勝戦は家族総出で見にきてくれると言っていたので、それが今から楽しみだ。


 シャワーついでに早めの入浴を済ませた私は、一人リビングで寛ぐ。お兄ちゃんは私と入れ替わりで風呂に入った。適当にテレビを付けてみたところ夕方のニュース番組が放送しており、その中で夏のスイーツ特集が流れている。今はちょうど、この辺にあるカフェが取材を受けている最中だ。


《ご覧ください、この如何にも涼しそうな見た目! 餅の部分はスプーンで(つつ)くとぷるぷるしていて、とても清涼感がありますね!》


 紹介されたのは、バニラアイスの上にわらび餅や水まんじゅうを積み上げ、そこにきな粉や黒蜜を掛けた和風のパフェ。もっちりとした食感と透明感のある盛り付けがSNS映えすると評判を呼んでいるらしい。確かにカメラ越しからでも涼しさが伝わってくるし、何より瑞々しくて非常に美味しそうだ。SNSのアカウントを作るだけ作ってほとんど使用していない私だが、このパフェが流行るのは何となく頷ける。大会もあってこうした甘い物を食べに出かけることは久しくできていないので、機会があれば誰かと行きたい。


「ただいまー」


 そうこうしているとお母さんが仕事から帰ってきた。私は出迎えようと玄関に出る。


「おお、真裕だ。おかえり! それにおめでとう!」

「ただいま。ありがとう」


 私は柔らかに目元を(たる)ませる。お兄ちゃんの時もそうだったが、久々に家族と顔を合わせるのはそれだけで強くほっとする。


「……ただいま。あ、真裕が帰ってきてる! おかえり!」


 立て続けにお父さんも帰宅。私を見つけるや否や持っていた手提げ鞄を放り投げて抱き着こうとしてくるが、私は咄嗟に身を躱して避ける。


「あれれ? どうしてなんだ真裕、久しぶりに会えたのに……」


 お父さんは分かりやすくショックを受ける。ここで抱き着かれると風呂で汗を流したのが無駄になりそうなので、気持ちだけ受け取っておこう。


「はいはい、お父さん。そんな落ち込んでないで、早く夕飯を食べられるように動くよ。今日は真裕のお祝いをするんでしょ」


 お母さんがお父さんの肩を優しく叩いて励ます。一週間ぶりの家族団欒。見慣れた光景ではあるが、私の胸は緩やかに弾む。


「ご馳走様でした!」


 食卓には数多くのご馳走が並んだ。出前で頼んだお寿司に、お母さんが昨日から漬け込んだと言う唐揚げ。デザートには私の大好きなサーティーンアイスクリームが買ってあった。私はそれらを残すことなく平らげ、お腹を膨れ上がらせて部屋に戻る。


「ふう……、苦しい」


 ちょっと食べ過ぎてしまった。まあ今日ぐらいは良いだろう。そう自分を甘やかせながらベッドの上に座り、スマホを手に取る。そこには、二〇分ほど前に椎葉君から届いたメッセージが表示されている。


《お帰り! 時間がある時で良いから、少し話せないかな?》



See you next base……

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