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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
142/149

138th BASE

 九回裏、ノーアウト満塁のチャンスを作った亀ヶ崎だが、二者連続三振でツーアウトとなる。打席に立つのは一番の京子だ。


《一番ショート、陽田さん》


 今日の京子は三打数無安打、二つの三振と舞泉の前に沈黙している。内容も芳しくなく打開策も見出せていないが、このチャンスを活かすも殺すも彼女に全て掛かっている。逃げ場は無いと腹を括ってバットを構えるしかない。


(真裕にはああ言ったけど、打席に入ったら泣き言は言っていられない。今更あれこれ考えて打てる相手じゃないんだし、真っ直ぐ一本に絞って打ちにいこう)


 初球、膝元に来たストレートに京子はバットを出していく。しかし空振りとなった。


「おお!」

「ん?」


 その直後、突如観客席がこれまでになく騒然とする。どうしたことかと京子がセンターの電光掲示板を確認すると、何と球速が日本人最速に並ぶ一二九キロと表示されているではないか。


「うわっ、まじか……」


 京子は声にならない声を出し、口をあんぐりと開ける。最終局面に来ても尚、舞泉は最高球速を記録してきた。一体どこにそんな力が残っているというのか。


(この球を打てって言うわけ? ほんと無茶苦茶じゃん……。……でも、真裕はそんな無茶苦茶な相手と戦って互角に渡り合ってるんだ。あの子と一緒に勝つために、ウチはここまで頑張ってきたんじゃないか!)


 二球目もストレートが続き、またも一二九キロを計測する。ただしアウトコースに大きく外れていたため、京子は僅かにバットを動かしながらも止まることができた。


「ふう……、危ない危ない」


 一つ息を漏らした京子は一度打席を外す。スマホゲームでボタンを連打しているかの如く、勢い任せに心臓が脈を打っている。彼女は心音に呑み込まれないよう少しでも冷静になれる時間を作る。


(……そういえば、真裕と出会ったのっていつくらいだったっけ? 確か小二か小三で同じクラスになった時だから、もう十年前になるのか)


 真裕と京子が出会ったのは小学二年生の頃。クラスメイトになったことをきっかけに、互いの家が近いことから一緒に登下校するようになって意気投合した。引っ込み思案だった京子にとって天真爛漫な真裕は太陽みたいに眩く、それに惹き付けられるまま気が付くと彼女の傍に拠り所を求めるようになっていた。


 三年生に上がると、真裕が発起人となって二人は少年野球チームに入団する。京子としてはキャッチボールすらまともにやったことがなかったが、週末も真裕と一緒に過ごせるならと本格的に野球を始める。


(それからはほんとに大変だった。土日が毎週潰れるから、ちっとも遊べやしない。おまけにウチは練習に付いていくのがやっとなのに、真裕はいつも活き活きしてて、試合でも男子に負けずに活躍してる。これが才能の差かって絶望してたわ)


 小学生にして挫折を経験し、京子は中学では野球を離れてソフトボール部に所属した。ところが高校生になって野球を再開することとなる。真裕に半ば強引に連れられ、渋々女子野球部に入部したのだ。


 ……というのは表向きの話で、実は真裕と共に亀ヶ崎に進学すると決めた時点でこうなることを予め覚悟していた。野球部に入れば苦しいことの多い日常が待っている。それが分かっていても、京子は真裕と一緒にいることを望んだのだ。


(ソフト部にいた時は気楽だったしそこそこ充実してたけど、正直どこか空虚感があった。結局ウチは真裕がいないと物足りなかったんだよね……)


 女子野球部での活動の中で京子は真裕との実力差に苦悩しながらも、二人でグラウンドに立てる喜びを噛み締め続け、苦しさを超える楽しさを味わってきた。この打席はその集大成とも言える。


「バッターラップ」

「あ、すみません」


 京子は球審に急かされる形で打席に入り直す。すかさず舞泉から三球目が投じられた。

 低めのカーブに対して一旦は打ちに出る京子だったが、ワンバウンドするほど沈む変化を見極める。球審がバットは回っていないと判断してボールとなる。


(おしおし、何だかこの打席は余裕を持ってボールを見られてる気がする。真裕のことを考え出したから? まさかね……)


 京子は微かに目を細める。激しかったはずの心音はいつの間にか、ほとんど気にならなくなっていた。


「京子ちゃんナイスセン! 次の球が狙い目だよ!」


 ベンチの真裕も腹の奥の奥から声を張り上げ、京子を盛り立てる。大切な幼馴染の一打を誰よりも待ち望む。


(京子ちゃんお願い……。私は京子ちゃんと一緒に日本一になりたい!)


 四球目、舞泉がストレートをアウトローへ投じる。コントロールを優先したのか、やや球速は前の二球よりも抑えられていた。それでも一二六キロ出ており、打ちに出た京子のバットを差し込む。


「サード!」


 三塁方面にハーフライナーが飛ぶ。スライスが掛かって徐々に切れていき、ファールゾーンに弾む。


 このファールでストライクが一つ増え、追い込まれた京子。だがあまり焦りは感じなかった。打席に戻ってバットを拾う姿も泰然としている。


(真っ直ぐでカウントを整えてきたか。流れ的に最後はフォークで決めにきそうだけど、どうなんだろう? 今のボールの見え方なら真っ直ぐはカットできそうだし、フォークに釣られないことを第一に気を付けよう。一球でもボール球を見送れればフルカウントになる。そうすると押し出しがある分、こっちが優位に立てるぞ)


 前の打者の真裕は追い込まれてからバットを短く持ち直した。しかし京子はグリップエンド一杯まで手を掛けたまま。舞泉もこれに気付き、少々嫌な気配を感じ取る。


(陽田ちゃんはバットの持ち方を変えないんだね。三打席までとは違ってどっしりとした雰囲気があるし、ちょっと自信が出てきたのかも。勝負が長くなってタイミングが合ってくると危ない。次の球で終わらせる)


 サイン交換を済ませた舞泉がセットポジションに入る。五球目、彼女は決め球としてフォークを投げた。


 投球は如何にもストレートに見せかけて真ん中やや外寄りを直進した後、ベース板の一歩前付近で急ブレーキを掛けて落ちていく。その鋭さに屈してきたチームメイトと同様、京子も手を出してしまう。


「ボール」


 ところが京子のバットは瞬時に止まった。亀丘が思わず立ち上がってスイングを主張するも、判定は覆らない。


「嘘でしょ……」


 亀丘は信じられないと言った様子で両手を腰に当てる。コースも切れ味も申し分無いフォークだったものの、京子は見切ったのだ。


「おお! ナイス京子ちゃん! 行ける、行けるよ!」


 真裕が感極まって大きな拍手を鳴らす。一方、舞泉は京子の粘り強さに肝を潰していた。


(あれを見極められるのか……。中々しぶといね)


 これでフルカウントまで来た。京子は自分自身に驚きつつ、深呼吸をして興奮を収める。


(いやあ……、我ながらよく止まったな。あの真っ直ぐにこのフォークがあるんだから、そりゃ皆振っちゃうよ。まあでもとりあえず、フルカウントにできたぞ)


 伸るか反るか、次の一球が運命を左右する。舞泉はマウンド上で一度目を瞑り、すぐに瞼を上げる。その眼差しは百獣の王を彷彿とさせる殺気を帯びていた。


(私としてはもうボールは投げられない。だったら最高の真っ直ぐで捻じ伏せてやる!)

(おいおい……。小山の目、怖過ぎない? これは物凄い真っ直ぐが来るぞ。……だけど怯むな。何も打つだけが全てじゃないんだ。ファールでも仕切り直せるし、ボールを選べれば押し出し。小山はストライクを投げるしかないけど、こっちには色んな道がある。だからウチは柔らかく構えていれば良い)


 ここでも京子は非常に冷静だった。状況を正確に把握し、無理せず自分のできることをしようと考える。


「小山、真っ直ぐで押し切ってやれ!」

「陽田、今のお前なら打てるぞ! 自信を持っていけ!」

「舞泉なら大丈夫! 抑えられるよ!」

「京子さん、頼みます!」


 スタンド、ベンチから数え切れない声援が飛び交う。だが打席の京子には全くと言って良いほど聞こえていなかった。唯一耳に入ってくるのは、幼い頃から聞き慣れた声だけだ。


「京子ちゃん! 一緒に甲子園行って、全国制覇しよう!」


 刹那、京子の口元が仄かに緩む。女子野球史で永遠に語り継がれることになるであろう六球目、舞泉は渾身の力を込めたストレートを投じる。



See you next base……

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