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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
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137th BASE

 九回表、ワンナウトランナー一、二塁で菜々花が打席に入った。ワンストライクからの二球目、彼女は舞泉が投げるのとほぼ同時にバットを振り出す。


「え?」


 ところが投球はシュート回転し、菜々花の右脇付近に食い込んできた。咄嗟にバットを止める彼女だったが、その後に避けるのが間に合わない。


「痛い!」


 投球が菜々花の右の二の腕に当たる。彼女の悲鳴が木霊し、球場に緊張が走る。


「菜々花ちゃん!」


 ネクストバッターズサークルで待機していた真裕が心配そうに駆け寄る。幸いにも大事には至らず、菜々花は右腕を振って痛みを(まぎら)わせながら応答する。


「大丈夫大丈夫。痛いのは私よりも小山なんじゃない?」


 菜々花が舞泉を見やる。舞泉は帽子を取って謝意を示していたが、その表情は険しくなっていた。


(ボールになっても良いと思ってインコースに投げたけど、まさかあんな見切り発車でスイングしてくるとは……)


 舞泉のストレートにスピードに付いていくため、菜々花はコースの確認は二の次で踏み込んでいた。それ故に反応が遅れて死球となったのだ。幸運という表現が正しいかは分からないが、兎にも角にも亀ヶ崎にワンナウトランナー満塁と願ってもないチャンスが到来する。


「真裕、ほんとは私が決めたかったけど、今日のところは譲るよ。ヒーローになってね」


 菜々花は真裕の腰を摩って想いを託し、一塁へと向かう。ついさっき雌雄を決したばかりのライバル対決に思わぬ後追舞台がやってきた。真裕のバットは、難攻不落の舞泉に一太刀浴びせることができるのか。


《九番ピッチャー、柳瀬さん》


 奥州大付属は内野、外野共に前進守備を敷く。真裕としては打球を前に飛ばせさえすれば、通常よりもヒットになる可能性は高まる。


 しかし舞泉は三振を狙ってくる。奇しくも前の回で自身が三振に倒れた場面も同じワンナウトランナー満塁だった。立場を逆転させてやり返すに相応しい状況だ。


(私が真裕ちゃんを打てないのに、真裕ちゃんが私を打てるなんてことはあっちゃ駄目だ。何があろうと三振させる)

(舞泉ちゃんはまだまだ真っ直ぐで押し込む自信があるみたいだし、きっと私にそうしてくる。初球から狙っていくぞ!)


 一球目、真裕はストレートが来るものだと思い、普段より小さなテイクバックでスイングしようとする。ところが舞泉が投じたのはカーブだ。


「え?」


 当ての外れた真裕は体勢を崩され、前のめりになりながら無様に空振りする。よもやのカーブに透かされてしまった。


(カーブから入ってくるとは……。舞泉ちゃんも形振り構わず抑えにきてるんだね。これは大変だぞ)


 舞泉が意地を張ってストレートで捻じ伏せようとしてこれば対応しやすいが、こうして変化球を混ぜられると一筋縄では行かなくなる。加えて真裕はピッチングの疲労感から反応も思考力も鈍っており、その中で打つのはかなり厳しい。


 二球目。舞泉の投球はアウトコースを直進する。真裕は振り負けないよう今できる最大限のフルスイングで打ちに出る。


「おら!」


 ボールがバットに当たる感触が真裕の腕へと伝わる。彼女は懸命に右手を押し込み、強い打球を飛ばそうとする。


「ファースト!」


 しかし打球は力の無いゴロとなって一塁側へと転がった。前に出て捕球した坂壁が本塁へ送球しようとするも、球審からファールの判定が下される。


「……な、何で?」


 真裕は混乱した様子でバットを確かめる。自分では芯で捉えたように感じていたが、実際には先端部分で打っていたみたいだ。


(……真っ直ぐに見えたけど、最後に若干変化してたのかな。紗愛蘭ちゃんやオレスちゃんが話してたカットボールだったのかも)


 舞泉はカットボールを使い、真裕にファールを打たせることでカウントを稼いでいた。緻密な投球術でストレートを使うことなく二球でツーストライクにする。


 三球目はカーブが外角低めに外れる。明らかな見せ球だったため、真裕は追い込まれていながらも簡単に見極められた。


 だがこれで決め球が予想し辛くなった。舞泉としては緩急を活かしてのストレート、そう思わせておいてのフォーク、どちらを選択しても良い。


(真裕ちゃんは真っ直ぐにタイミングを合わせた見送り方をしてる。フォークなら高い確率で空振りさせられそうだけど、それじゃ味気無い。真裕ちゃんは私が分かっててもスライダーを投げてきたんだ。私だって同じことをするべきでしょ)


 四球目。初めに亀丘からフォークのサインを出されたが、舞泉は首を振った。それを見て真裕はストレートが来ると確信に近いものを得る。


(舞泉ちゃんがサインを嫌ったのは、きっとフォークを要求されたからだ。カーブを続けることはないだろうし、目眩しにしかならないカットボールをここで選択するとは思えない。となると残る球種は一つ。真っ直ぐだ)


 真裕はバットを短く持ち直す。舞泉はその様子を見ながら左足を上げ、右腕から迸る汗と共にストレートを放つ。


 外角高めを貫く快速球を、真裕は迷わず打ちに出る。勝利を掴むべく繰り出された一振りが導き出す結末は……。


「スイング、バッターアウト」


 真裕のバットは、虚しくも空を切った。最後は舞泉が力で押し切り、三振を奪い返す。


「おお!」


 一体今日何度目だろうか、球場が万雷の拍手に包まれる。瀬戸際に追い詰められても尚、ストレートで道を拓いていく舞泉の姿勢に見る者は心を打たれる。


「小山頑張れ! あと一つだぞ!」

「こっから勝ち上がるところ見せてくれ!」


 人は逆境に抗う誰かを目の当たりにすると、自然と応援したくなるもの。舞泉にこのピンチを乗り切ってもらうべく、多くの観客が声援を送る。


 しかし当の舞泉は表情を一切緩めない。ツーアウトまでは漕ぎ着けたが、ここで打たれたら全てが無に帰してしまう。


(あれだけ疲れてる真裕ちゃんから三振を取ったって、何ら凄いことじゃない。そんなことより次のバッターだ)


 舞泉はロジンバッグを触り、熱った心身を一旦落ち着かせる。打順は一番に返って京子へと回る。


「くう……、打てなかったよ。……京子ちゃん、私の仇を取ってきて」


 打席を後にした真裕は悔しさを滲ませながら、入れ替わる京子にそう言って微笑みかける。京子としては意気高く「分かった」と答えたいものの、今の舞泉の投球を見せられてはそんな自信は持てない。


「いやあ……、そう言われてもねえ。ま、やるだけやってみるよ」


 京子は頼りなさそうに言葉を返して打席へと向かう。幼馴染の怪物を打ち砕き、真裕の笑顔を咲かせたい。



See you next base……



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