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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
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135th BASE

 九回表、ワンナウトランナー満塁。スライダーを使っても舞泉に粘られ、真裕はフルカウントと追い詰められる。しかしマウンドへと駆け寄ってきた京子の激励に奮起し、改めてライバルに立ち向かう。


(京子ちゃんに励まされると物凄く元気が湧いてくるよ。私は一人で戦ってるんじゃないんだ。京子ちゃんたちと一緒に舞泉ちゃんを抑える!)


 迷いは晴れた。真裕は菜々花から出されたスライダーのサインに確と頷いてセットポジションに入る。先ほど握った京子の手の感触を思い出しながらグラブの中のボールを掴み、ゆったりと右足を上げる。


(……おや? 真裕ちゃんの顔付き、ちょっと勇ましくなった気がする。陽田ちゃんに何か言われて吹っ切れたのかな? けどそれで良い。真裕ちゃんの投げられる”最高”の一球を打ってこそ価値がある!)


 舞泉が右足を引いてタイミングを取る。口元は引き締まり、彼女の神経が一段と研ぎ澄まされる。


 この一球が、二人の紡いだ旅路の終着点。真裕は幼馴染から貰った力を指先に集中させ、右腕を振り抜く。


(私たちのウイニングショット、打てるものなら打ってみろ!)


 スライダーがど真ん中を直進した後、ベースの手前で斜め下に曲がり出す。鋭い切れ味だが、このコースでは内角低めのストライクゾーンに収まりそうだ。即ち、舞泉のバットが届いてしまう。


(良いボールだけど、私なら打てる。これで決まりだ!)


 舞泉が右中間スタンド目掛けて全身全霊を傾けたスイングを繰り出す。孤高の怪物が、欲しかったものを手にする瞬間(とき)が来た。


 バットを振り抜いた舞泉は、まるで時が止まったかの如く暫し動き出さない。肝心のボールは何処へ行ったのか。


「菜々花ちゃん、前! 前!」


 真裕がボールの位置を指差す。白球は舞泉のバットの空を切らせ、彼女の目の前に転がっていた。


 菜々花がマスクを取ることも忘れて急いでボールを拾う。三塁ランナーは少しだけ前へと出掛かって咄嗟に戻り、それに倣って他のランナーも帰塁する。


「バッターアウト」


 決着は付いた。舞泉は菜々花が捕球したところで状況を理解し、真裕を見ることも何か感情を表に出すこともなく無表情で打席から引き揚げる。次打者の姫香は彼女とすれ違う際に何と声を掛けて良いのか分からず、ただ名前を口にすることしかできない。


「舞泉さん……」

「……ごめん。後は任せたよ、折り姫」


 舞泉は姫香と顔を合わせることなく、乾いた声で彼女に言う。それを聞いた姫香は大きく目を見開き、静かに頷いて打席へと向かう。


「ナイスピッチ! めっちゃ良いボールだった! ツーアウト!」

「うん。ツーアウト!」


 一方の真裕は安堵感を漂わせながら菜々花の声に応える。今度こそ舞泉を正真正銘の三振に仕留めたものの、嬉しい気持ちは強く込み上げてこない。まだ奥州大付属の攻撃が続いているという自らへの戒めや、七球目を投じた瞬間に感じた恐怖が、喜びの感情を押さえ込んでいた。


(真ん中に行ったように見えた時はヒヤッとしたけど、私の想像以上に曲がってくれた。京子ちゃんが力をくれたおかげかな)


 これまで真裕が勝敗を決する場面で投げてきた“最高”のスライダーであれば、舞泉は捉えることができただろう。だが直前の京子の檄がもう一段大きな変化を齎し、“最高” を“究極”へと押し上げた。真裕と京子、二人の力が合わさって舞泉から三振を奪えたのである。


《四番セカンド、折戸さん》


 ただし安心するのはまだ早い。迎える打者は四番の姫香だ。ノーアウト満塁という苦境からの二者連続三振、且つ内の一人で舞泉を相手にしていたことで、真裕は三イニング分を投げたと思えるくらい心身共に激しく消耗していた。額の汗も舞泉と対戦するほんの数分前と比べて尋常ではないほどに増えており、一気に疲労感が押し寄せてきていることが伺える。その中で姫香を抑えなければならないのは非常に苦しい。


「ふう……。ツーアウト! 打たせて行くから、守備は頼んだよ!」


 真裕は自らの心を引き締め直す意味も込めて、後ろを守る野手陣に向け声を上げる。野手陣もエースが一踏ん張りする力を与えようと必死に激励の言葉を返した。中でも京子が一番大きな声を飛ばす。


「ツーアウト! 真裕、どんな打球でも絶対に捕るから、ウチのところに打たせて!」


 仲間の想いを胸に、真裕はピンチを凌ぎ切れるか。残る力を振り絞って姫香への投球に臨む。


(姫香ちゃんは必ず初球から狙ってくる。ここは全部が勝負球のつもりで投げないと)


 一球目、真裕は細心の注意を払って低めのボールになるカーブを投じる。姫香の打ち気を利用して空振りさせたかったが、見送られてしまう。


(舞泉さんからリベンジを託されたんだ。何が何でも打ってやる)


 過去三打席は幼く見えていた姫香の顔付きだが、今は凛々しさを帯びている。血湧き肉踊り、彼女は獲物を狩る虎の如く爛々と目を光らせていた。甘く入れば、……いや、バットの届くところ投げただけでも一振りで仕留められてしまいそうだ。


 それでも真裕たちに逃げるという選択肢は無い。菜々花も彼女の球に威力が無くなってきていることに留意し、苦心しながらも最良の配球を思索する。


(流石に見え透いた誘い球には乗ってこなくなったな。力で押すのは無謀だし、勝負できるとしたらコントロールしかない)


 二球目、菜々花は外角一杯にミットを構える。真裕はそのコースにストレートを投じた。打ちに出た姫香のバットから、投球と衝突した音が鳴る。


 しかし打球は真後ろに飛ぶファールとなった。タイミングは合っていたものの、紙一重でバットの芯からは外れたようだ。


「オッケー。ナイスボール」


 菜々花が拍手を送りながら真裕に新しいボールを渡す。如何に姫香でもアウトローの際どいコースを突けば簡単には捉えられない。


(真っ直ぐはまだコントロールがしっかりしてるな。きっとツーシームもある程度は大丈夫なはず。引っ掛けさせてゴロかファールを打たせよう)


 三球目。菜々花は二球目と同じコースにツーシームを要求する。真裕は肩で息をしながら頷く。


(体が重い……。けどまだ腕は振れる。菜々花ちゃんのミット一点を見つめて投げろ!)


 真裕が体に鞭打って投球モーションを起こし、外角低めへとツーシームを投じる。一応打者から逃げるように沈んでいくものの、その変化はごく僅か。姫香としてはほとんど気にならずスイングできる。


(舞泉さんに代わって、私がチームを勝たせるんだ!)


 夏空に響く快音。姫香の放った強烈なライナーが、真裕の左を抜けていく。



See you next base……

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