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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
138/149

134th BASE

 九回表、ワンナウトランナー満塁。舞泉が四球目のストレートを弾き返し、大飛球を放つ。


「ああ……」

「おお!」


 交錯する悲鳴と歓声。打球は空中でライト線をなぞりながら、スタンド一直線に伸びていく。フェンスの存在を諸共しない凄まじい飛距離に、紗愛蘭も数歩追い掛けただけで足を止めてしまう。


 ポール際で判定を下す一塁塁審の手が大きく回ればホームラン。果たして――。


「ファール」


 塁審が両手を広げる。どうやら最後の最後でフェアゾーンから外れてしまったようだ。


「えー、ファールなの?」


 打ち終わった体勢のまま顔を傾け、覗き込むようにして打球の行く末を見つめていた舞泉は、ファールと聞いて納得できない様子で苦笑する。試合を決める、そしてライバルに引導を渡すホームランになるかもしれなかっただけに、ついつい一番近くで見ていた審判でさえ疑いたくなってしまう。


 ただしこのファール、亀ヶ崎バッテリーとしては計算の上で打たせたものであった。実のところ四球目の投球は、三球目と完全に一致していたわけではない。球種とコースは一緒でも、真裕は敢えて球速を落として投げたのである。それに対して舞泉は三球目と同じタイミングスイングしてしまい、ミートポイントが前になった分だけファールになった。


 ストレートで舞泉を差し込めるのは一球だけと菜々花は見立てていたため、四球目の配球は行き詰まっていた。しかし彼女は発想を転換させて押すのではなく引くことに活路を見出し、結果的に舞泉の虚を衝いたのだ。


(危険な綱渡りだったけど、上手くいって良かった。真裕もこの場面で緩い真っ直ぐをきっちりと投げてくれるんだから、ほんとに凄い度胸だよ)


 投げる真裕としてもサインを出す菜々花としても勇気のいる一球だったが、見事にやり遂げてみせた。だからこそ二人はこの大舞台でも活躍できるのだろう。


(舞泉ちゃんってあんなところまで飛ばせるのか。けどファールなら関係無い。ここまで来たら勝てる!)


 ツーボールからファールで二つストライクを稼ぎ、真裕が舞泉を追い込む。次が決着を付ける一球となるだろう。


(……さあ、行くよ!)


 スライダーのサインに真裕が深く頷く。舞泉は愉し気な表情を保ったまま静かにバットを構えて立つ。


(サイン交換なんて要らないでしょ。何だかんだあったけど、最後は私がスライダーを打って終わるんだね)


 真裕が五球目を投じる。彼女のスライダーは前の打席で三振を奪った時と同様、舞泉の膝元へと向かうように曲がっていく。舞泉は左脇を畳んで先ほどよりも内側にバットが通るようにスイングする。


「ふあ!」


 舞泉が両腕を投げ出すようにフォロースルーを取る。今度は空振りせず打ち返した。


「ファ、ファースト!」


 火の出るようなライナーが一塁線を襲う。グラブを伸ばす嵐の横を瞬く間に抜けていく。


「ファール、ファール」


 水を打ったように球場が静まり返った後、またもや一塁塁審の両手が広がる。打球が弾んだのは白線の大きく外側。明らかなファールだったため、舞泉は特にリアクションせず打席に戻る。


 反対に真裕の方が心を乱す。自信を持っていたスライダーだったが、ファールながらも鋭い打球を飛ばされ、動揺が走る。


(コースも変化も悪くなかった。もう少し甘かったら完璧に打たれていたかもしれない。空振りさせるにはもっと良いボールを投げなきゃいけないってこと……?)


 真裕は球審から新しいボールを貰うと、一度舞泉から背を向けて汗を拭う。振り返れば再度スライダーのサインが出ると思われるが、それで良いのかと不安に駆られる。


(……いやいや、ここで抑えるために長い間スライダーを磨いてきたんじゃないか。逃げるな!)


 自分で自分に発破を掛け、真裕は菜々花のサインを確認する。言うまでもなく要求されたのはスライダー。彼女は小さく首を縦に動かしてセットポジションに入り、舞泉への六球目を投じる。


「ボールスリー」


 ところが外角への抜け球となってしまった。投げられた瞬間に左打席からは遥かに遠のいていたため、舞泉は微動だにせず見送る。


(あれあれ? まさか真裕ちゃん、前のファールで怖気付いちゃったわけないよね?)


 真裕としては意を決してスライダーを投げたつもりだったが、心のどこかで恐怖感を拭い切れておらず、腕の振りが鈍ってしまった。これでフルカウント。絶対に四球は出してはならないため、打者よりも投手の方がプレッシャーが掛かる。


 菜々花からの返球を受け取った真裕は、荒い息遣いでボールを捏ねる仕草をする。これまで味わったことのない緊張感に襲われ、心臓は今にも喉から飛び出しそうだ。何とか落ち着いて投球へと向かいたいが、頭の中には上手くいかないイメージばかりが浮かぶ。この状態では確実に()られる。


「……裕、真裕!」


 ふと背後から誰かの呼ぶ声がする。真裕は我に返った声の聞こえてきた方向に振り向くと、目の前に京子が立っているではないか。


「きょ、京子ちゃん⁉ どうしてここに?」 


 真裕の体がびくつく。誰かの打席の途中で野手がマウンドに来ることは滅多に無い。京子は幼馴染の抱いた不安を察知し、駆け寄ってきたのだ。


「どうしてじゃないよ。いつまでボールをにぎにぎしてんのさ」

「え? ……ああ、ごめん」

「全くもう……。ほれ」


 京子が右手を差し出す。この手を握れということだ。真裕はすぐには訳が分からず困惑するも、少し経って意味を理解し、同じく右手で京子の手を包み込む。


「はい、じゃあ吸って、吐いて……」

「う、うん」


 目を閉じた真裕は京子に言われるがまま深呼吸を繰り返す。右手から伝わる京子の温もりが体内に染み渡り、不安や恐怖を浄化してくれる。激しかった緊張感も、心臓が喉奥に留まるくらいまでには和らいだ。


「……どう? そろそろ行けそう?」

「うん、もう大丈夫! ありがとう!」


 真裕が握った手を解き、穏やかな笑みを咲かせて京子に礼を言う。京子は不意に赤らんだ頬を見られないよう咄嗟に真裕から視線を外すと、去り際に何か言葉を呟く。


「……ウチが凄いと思ってるピッチャーが打たれるのなんて、絶対に嫌だから」


 京子がショートのポジションへと駆け足で戻っていく。真裕はその背中を見て安心感を覚えつつ、改めてライバルの待つ方へと向き直る。



See you next base……


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