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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
135/149

131st BASE

 タイブレーク方式の延長八回表、亀ヶ崎は送りバントを阻止するなどして無失点で切り抜けた。


「おおお! タイブレークで無失点なんて、皆さんウルトラ凄いですよ!」


 亀ヶ崎ベンチでは結が驚嘆して跳びはねている。その傍にいた春歌は彼女の(はしゃ)ぎっぷりを見ながら、呆れたように小さな溜息を吐く。


「結、あんた騒ぎ過ぎ。喜ぶのは点取って勝ってからでしょ」

「それはそうですけど……、でもやっぱ興奮しちゃうじゃないですか! 春歌さんはしないんです?」

「……別に。これくらいで騒いでたら、すぐに足を掬われるよ」


 春歌は無機質な表情でそう言い、円陣に加わろうとする。だがその言葉の中には何らかの感情が複雑に絡まっているのではないかと、結には感じられた。


 勝利への大チャンスが巡ってきた亀ヶ崎に対し、奥州大付属はタイブレークのランナーさえ一人も生還させてはならない劣勢に追い込まれる。ナインの多くが悄然(しょうぜん)とする中、舞泉だけは毅然とした様子でマウンドに上がる。


(こっちが一点も取れなかったのなら、一点もやらなければ良いだけの話。まだまだ試合は終わらせないよ)


 イニングの頭から二人のランナーを背負っていると言っても、舞泉なら抑え切る力を持っている。亀ヶ崎としては有利な状況であることは間違いないが、だからと言って点が入ると思ってはならず、抜け目無く攻撃しなければならない。


《八回裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、五番センター、西江さん》


 この回の先頭は五番のゆり。タイブレークのランナーは一塁にオレス、二塁に紗愛蘭が配置される。足の速い紗愛蘭が予め得点圏にいるというのは亀ヶ崎にとって願ったり叶ったりの巡りだ。


 打席に入ったゆりは早くもバントの構えを見せた。一点でも取れれば良いので、とにかくランナーを先の塁に進めたい。送りバントの選択は必然的とも言える。


(小山の球をバントするのはちょっと怖いけど、これを決めれば大きく勝利に近付けるんだ。絶対に成功させるぞ!)


 心臓の騒がしさに我を失いそうになるゆりだが、その先にある勝利を信じて前を向く。しきりに肩周りを動かし、体が固まらないようにしながら舞泉の投球を待つ。


 一球目、舞泉が低めのストレートを投じる。ゆりは咄嗟に膝を曲げて腰を落とし、バントしようとする。


 ところがバットに当てられない。三塁に向けて二次リードを大きく取っていた紗愛蘭が慌てて帰塁する。キャッチャーの亀丘は送球体勢こそ作るも、投げることはしない。


 初球は空振り。ゆりはワンストライクを取られる。バントはできて当たり前という風潮があるが、実際は普通に打って前に飛ばすことと同じくらい難しい。現時点で舞泉の球を捉えられていないゆりが簡単にバントできないのも不思議ではない。

 だからと言ってヒッティングに切り替えれば何とかできるわけでもない。どうするべきなのかは作戦を考える者の見解次第だが、隆浯は再びをバントの指示を出す。サインに頷いたゆりの緊張が一層強まる。


(さっきは低めのボールに反応が間に合わなかった。次は最初から少し屈んでおこう。そうすれば大丈夫なはず)


 二球目。またも舞泉からストレートが投じられる。今度は真ん中高めに来ており、ゆりがこれはバントする。


「あ……」


 しかし正面へのフライとなった。投球に対して高さを調整しようとしたゆりだったが、上体を起こす途中でバットに当ててしまったのだ。


「オーライ」


 マウンドを降りてきた舞泉が手を挙げて自身で捕球しようとする。紗愛蘭とオレスは即座に方向転換して元いた塁に戻る。


「え?」


 だが舞泉はボールをノーバウンドでキャッチせず、態と一回バウンドさせてから掴む。これでランナーはそれぞれ次の塁に向かわなくてはならない。


「サード」


 舞泉は三塁へと送球。再度進塁を試みる紗愛蘭だったが、流石の彼女も間に合わない。


「アウト」


 ボールが三塁に渡った時点で、一塁ランナーもまだ塁間の半分を越えた程度しか進めていなかった。それを確認したサードは二塁に投げ、こちらもアウトにする。


「うわあ……」


 亀ヶ崎ベンチから落胆の声が漏れる。タイブレークのランナーが二人一気にいなくなるという、先ほどの南川以上に悪い形でのバント失敗となってしまった。


「よし、ダブルプレー! ナイス舞泉!」


 反対に奥州大付属は息を吹き返す。ランナーの動きをよく見ていた舞泉の判断力と好フィールディングが光り、ノーアウトランナー一、二塁をツーアウトランナー一塁に変えてみせた。ナインが喜びのあまり彼女の元に駆け寄ろうとしてきたが、本人はそれを制しながらマウンドに戻る。


「喜ぶのは早いよ。まだこの回は終わってないし、次のバッターを抑えるまで集中を切らさないようにしよう!」


 打席には六番の昴が立つ。ゆりを本塁に迎え入れれば亀ヶ崎の勝利となるが、直前の併殺がその事実を忘れさせるほどのショックをチームに与えていた。舞泉の投球もより力強さを増し、昴は気圧されるまま三球目のストレートに差し込まれてサードフライに倒れる。


「アウト、チェンジ」


 八回の攻防は両チームが送りバント失敗による併殺を喫し、打者二人でスリーアウトとなる。タイブレークですら得点の気配が感じられない極度の膠着状態のまま、試合は九回に移る。


「皆、顔を上げよう! 別に負けたわけじゃないんだ。この回を抑えて、次の攻撃でサヨナラにすれば良いんだよ!」


 紗愛蘭が守備に向けてチームを奮い立たせる。亀ヶ崎は大きなチャンスを逃したものの、後攻のため点を取られたら敗北が決定するわけではないので、奥州大付属のように追い詰められてはいない。ただ一年前を振り返ると、彼らには九回に苦い思い出がある。


 昨夏の決勝戦でも、この対戦は延長戦となった。その時はタイブレークではなかったにも関わらず、奥州大付属が九回表に大量五点を奪取。裏の攻撃で追い縋る亀ヶ崎を振り切って優勝に輝いた。

 先発していた真裕は疲れが見えていたこともあって八回で降板しており、後続の投手が失点していくのをベンチで見ていることしかできなかった。そんな悔しさの詰まった九回も、今回は彼女が続投する。



See you next base……

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