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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第八章 私たち
130/149

126th BASE

 六回表、ツーアウトランナー二塁。真裕が舞泉をワンボールツーストライクと追い込み、スライダーを使う状況が整う。しかし舞泉もそれを打ち返そうと待ち望んでいる。そのことはバッテリーも重々承知しているが、彼らに迷いは無かった。


 菜々花が考えるまでもないという勢いで出したサインに、真裕も躊躇無く頷く。このやりとりの速さから、舞泉はスライダーが来ることを確信する。


(ようやく投げてくれるみたいだね。去年からどれくらい進歩してるかは分かんないけど、打つイメージはできてる。さあ来い!)


 舞泉の口元が微かに緩む。対照的に真裕は顔付きを保ったままセットポジションに入る。


(いくら舞泉ちゃんが狙っていようと、私のスライダーは打てない。それだけのものに仕上げてきたんだ。これで決める)


 真裕が五球目を投じる。宿命のライバルに引導を渡すべく放たれたスライダーは、舞泉の(すね)の辺りまで曲がっていく。打ち返そうとバットを出す舞泉だったが、そのスイングは投球の上を通過する。空振り三振だ。


「走れ! 舞泉さん!」


 ところが舞泉はアウトになっていなかった。ネクストバッタースサークルで待機していた姫香の声を聞き、咄嗟に彼女は走り出す。

 実は投球がワンバウンドし、菜々花が止め切れず後逸してしまったのだ。ボールはバックネットの下まで転がる。


「菜々花ちゃん、投げないで!」


 ボールを拾った菜々花がすぐさま一塁に送球しようとするも、本塁のカバーに入っていた真裕が制止を掛けた。振り逃げで舞泉が出塁。二塁ランナーの坂口も三塁へと進塁する。


「……ごめん真裕、止められなかった」


 菜々花は真裕の元に駆け寄り、詫びを入れてボールを返す。真裕は落ち着いた口調で言葉を返す。


「気にしないで。跳ね方がちょっと悪かったね。切り替えて次を抑えよう」


 アウトになればチェンジだっただけに、真裕としてはショックを受けないわけがない。舞泉との決着も綺麗な形で付けられなかった。しかしそちらに気を取られてばかりはいられない。このピンチを抑えられなければチームを敗北に誘ってしまう。


(ちょっともやもやするけど、舞泉ちゃんを三振に仕留めたのは事実なんだ。スライダーの感触も良かったし、この調子で姫香ちゃんを打ち取るぞ)


 マウンドに戻った真裕は、地面のロジンバッグを触りながら気持ちを入れ直す。その姿を、一塁ベース上の舞泉が浮かない顔で見つめる。


(これで真裕ちゃんとの勝負は最後なのかな……。スライダーが打てなかったのに振り逃げで塁に出るなんて、無様にも程があるよ。……こんな終わり方、私は認めない!)


 腕を下げたまま両拳を握った舞泉は、奥歯を固く食いしばる。今日初めて、彼女の表情が曇った。


《四番セカンド、折戸さん》


 舞泉にも劣らぬ拍手を受け、姫香が打席に向かう。予期せず巡ってきたチャンスで一等星の如く煌めけるか。


(ここで打ったらヒーローになれるぞ! 舞泉さんの最後の球はスライダーだったみたいだし、私にも投げてくれるかな?)


 初球、真裕は外角の少し外れたコースにストレートを投じる。姫香はバットを出し掛けて()める。


「ボール」


 これまでの打席であれば姫香はスイングしていたであろう。しかし真裕のスライダーを打ちたいという思いが、彼女にバットを止めさせた。


(甘い球ならまだしも、際どいコースを打ってスライダーが見られぬまま終わったら勿体無いよね。こういう時こそ楽しまないと)


 戦局からして姫香には大きな重圧が掛かっているにも関わらず、彼女は全く意に介していない。心音はかなり高鳴っているが、それは緊張ではなく多幸感から来るものだ。


 二球目はインコースのストレートがボールとなる。これも姫香は見極めた。それまでと明らかに違う彼女の様子に、菜々花は気色悪さのような嫌悪感を覚える。


(二球ともはっきりとしたボール球じゃない。これまでだったら当然の如く打ってきてるはずだ。それだけ集中が高まってるということなのか? ……それともまさか、スライダーを狙ってるとか?)


 三球目、菜々花は低めのカーブでストライクを稼ぐと共に姫香の反応を探ろうとする。真裕の投球は少し浮いて真ん中の高さに行ったものの、姫香は打とうとする素振りすら見せない。


(これは……、スライダーじゃないよね。甘かったから打っても良かったかな? まあタイミングも合ってなかったし、見逃して正解かも)

(今のに手を出してこなかったってことは、やっぱりスライダーを待ってそうだな。だったら違う球で追い込んでしまおう)


 四球目。ストレートのサインを出した菜々花は外角低めにミットを構える。真裕は寸分の狂い無くそこへと投げ込んだ。今度は打ちに出る姫香だったが、スライダーへの意識が影響して振り遅れる。バットが空を切り、カウントはツーボールツーストライクと変わる。


 追い込まれた姫香。しかしこれで次にスライダーが来るのではないかと思うと胸は弾む。


(遂にスライダーが見られるぞ。どんな球なんだろう?)


 姫香の頭にはスライダーしかない。もしも真裕がストレートを投げようものなら、おそらく三振を奪えるだろう。


 だとしてもスライダーで勝負をするのが真裕だ。他の球種を使ってしまえば、自身の努力を否定することになる。彼女は次のサインを手早く決めるべく、食い入るように菜々花の手元に視線を注ぐ。


 ところが菜々花は中々サインを出せない。本当はスライダーを要求したいが、舞泉の振り逃げを思い出して決断が鈍っているのだ。ここでパスボールをすれば三塁ランナーが還ってきてしまう。


(空振りさせようと思うなら、必然的にワンバウンドのスライダーになる危険は高まる。どうするべきだ……)


 菜々花は暫し俯いて悩んだ後、ふと顔を上げて真裕を見る。すると彼女は疑うことを知らないような真っ直ぐな眼差しを自分に向けているではないか。


(……ああ、そっか。どうするべきかなんて考えても仕方が無いんだ。私がどんなサインを出そうと、真裕はスライダー以外を投げる気なんて無い。だったら私も、腹を括るしかないよね!)


 再び下を向いた菜々花は大きく深呼吸を行う。それから意を決してサインを出した。


 真裕は僅かに目を細め、首を縦に動かす。それからゆったりと左足を上げて投球モーションを起こす。


(……大丈夫。菜々花ちゃんなら絶対に止めてくれる)


 五球目。最初は真ん中近辺に向かっていた投球は、ベースの手前でインローへと鋭く曲がる。


(来た! スライダーだ!)


 姫香を飛び付くようにフルスイングする。しかし彼女のバットから快音が響くことはなかった。そして投球は、またもや菜々花のミットに届く前で地面に跳ねる。



See you next base……

PLAYERFILE.18:折戸姫香 (おりと・ひめか)

学年:高校二年生

誕生日:7/7

投/打:右/左

守備位置:二塁手

身長/体重:151/50

好きな食べ物:そうめん、ゼリー

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