116th BASE
いつもお読みいただきありがとうございます!
私事ながら慶ばしい出来事がありまして、最近はその関係で少し忙しい日々を過ごしておりました。
本当は忙しさを言い訳には使いたくないのですが、ここからベスガルこ更新頻度を上げていこうという意味を込めまして、敢えて報告させていただきます。
ということで夏大も準決勝まで来ました!
鯖江戸のデータ野球を辛くも振り切ったのも束の間、次なる相手は最大のライバルである奥州大付属高校です!
亀ヶ崎は三度目の正直で勝利を掴めるか。
それとも奥州大付属が返り討ちにするのか。
そして真裕と舞泉の対決はどちらが勝つのか。
ベスガル集大成の一戦が幕を開けます!
決戦の朝。起床した真裕は、昨晩に丈から届いたメッセージを確認する。
《明日は柳瀬が投げるんだよな。絶対に勝てよ! 勝利報告待ってるぞ(๑و•̀Δ•́)و》
夜になって余裕ができたのか、丈はメッセージに絵文字を絡めている。真裕はそこから感じられるふとした日常を噛み締めつつ、布団を出て起き上がる。
「よし、頑張るぞ!」
真裕が部屋のカーテンを勢い良く開ける。外は昨日に引き続き快晴の模様。これには気分も高まる。
「ううん……、眩しいなあ」
近くで寝ていた同部屋の京子が、瞑っていた目を一層きつく締める。真裕は彼女が掛けていた毛布を剥がして起こそうとする。
「京子ちゃん、朝だよ! 起きて!」
「ええ……。あと五時間……」
「いやいや、五時間も寝てたら試合が終わってるかもしれないんだけど……」
京子の寝起きは非常に悪い。十年来の付き合いになる真裕はよく分かっているので、簡単には諦めない。
「京子ちゃんってば、朝ご飯食べ損ねるよ。他の皆も起きてるみたいだし」
真裕は京子の肩をしつこく揺する。それでも起きなかったため、今度は背中を持ち上げて強制的に体を起こす。するとようやく今日の目が開いた。
「ふわあ……。もう朝? 早過ぎるよ……」
「早過ぎって、私と同じくらいの時間に寝てたら八時間は寝られたよ。京子ちゃんのことだから、またゲームでもして夜更かししてたんでしょ」
「だって取らなきゃいけないログボとか、消化しなきゃいけないイベがたくさんあるんだもん……」
寝ぼけた口調の京子だが、質問の受け答えはしっかりしている。今のが真面目な回答だと言われると、それはそれで困るのだが……。
「……もう、相変わらずだね。ほら、顔洗って着替えるよ!」
「はーい」
しかしこれも真裕にとっては慣れた日常に過ぎない。仄かに微笑ましそうにしながら、二人で身支度を始めるのだった。
夏の大会も大詰めに差し掛かり、本日は準決勝の二試合が行われる。今年は決勝の舞台が甲子園球場に移され、試合が予定されているのは今日から数えても約三週間後。そのため今日で大会に一区切りが付く。
午前中に第一試合を消化し、亀ヶ崎は午後からの第二試合に臨む。相手は宮城の奥州大付属高校。一昨年から二年連続で夏の大会を優勝しており、亀ヶ崎が全国制覇を目指す上で最大の強敵と言っても過言ではない。
現在、グラウンドではウォーミングアップが行われている。野手陣がキャッチボールやトスバッティングを熟す傍ら、ライト及びレフトのファールゾーンに設置されたブルペンでは、両校の先発投手が肩を作っている。
「次、カーブ!」
三塁側に陣取る亀ヶ崎の先発は真裕。昨日の準決勝は祥と結で乗り切ったため、彼女は完全な休養日に充てられた。心身共に体調は万全で、投球練習中の姿からも活気が溢れている。
「はっ!」
「ナイスボール!」
奥州大付属に対しては一昨年も昨年も真裕が先発を務めており、今回で三年連続となる。過去二年はいずれも好投しながら、チームの勝利に結び付いていない。彼女個人としても雪辱を果たしたい想いがあり、準決勝で満を持してそのチャンスが巡ってきた。
一方の奥州大付属は、小山舞泉を先発として送り出す。真裕とは同学年で、互いに一年生の頃からライバルとして意識し合っている。
「真っ直ぐ、外角低めに行くよ」
背中まで伸びた真っ更な黒髪をはためかせ、舞泉が投球モーションに入る。彼女の最大の武器は、男子にも劣らぬ長身から投げ下ろす快速球。昨夏は制球難により投手での起用が無かったが、常にセットポジションからの投球に変えたことで課題を克服し、今夏は晴れてエースの座を掴んだ。
(真裕ちゃん、やっと投げ合える時が来たんだね。楽しみで仕方が無いよ)
チームは夏大で連覇を成し遂げ、舞泉個人も投打に渡って目覚ましい活躍を見せてきた。だが彼女の気持ちは未だ満たされていない。真裕との決着をどうしても付けたいのだ。特に昨年は投げ合うことができなかった上、自身が打者として対戦するも消化不良に終わっている。
真裕を打ち砕き、投げ合いにも勝つ。理想を叶えるべく、この一年間の舞泉は過去一番と言って良いほど必死に野球に向き合ってきた。この試合に懸ける想いは人一倍強い。
「小山、今日も投げて打って大暴れしてくれよ! 奪三振ショーにホームランや!」
「柳瀬、小山に勝てよ! お前がナンバーワンピッチャーだってことを証明してやれ!」
前大会の決勝カード、加えて今大会屈指の好投手が揃い踏みすることもあって、今日は多くの観客が詰め掛けている。両校の応援団の演奏も鳴り響き、試合開始前ながら既に球場全体が賑わう。
「シートノック行くよ!」
「おー!」
ウォーミングアップが終わり、シートノックに移る。先に亀ヶ崎の選手たちが紗愛蘭の号令に乗せられてグラウンドに散っていく。
「ショート、ゲッツー」
「オーライ」
ショートは今日も京子が守る。鉄壁の守備力で幼馴染の真裕を支えつつ、攻撃面では一番打者として舞泉を攻略する先陣を切りたい。昨晩はスマホのゲームをして夜更かししてしまったが、それは今に始まったことではない。彼女からすれば最早ルーティンとさえ言える。ノックの動きを見ていても調子は悪くなさそうだ。
「ナイスショート」
「ふう……」
打球を捌いた京子はふと一息吐く。昨年もレギュラーとして奥州大付属との戦いを経験しているが、いざグラウンドに立ってみると緊張感を感じていた。真裕の悔しがる姿を一番間近で見ているだけに、今日の試合は普段以上に勝利に拘る。
同じ頃、ブルペンでは真裕の投球練習が仕上げに掛かっていた。最後の一球を投げ終えた彼女は、反対側のブルペンで投球練習を継続中の舞泉を一瞥する。
(今年は舞泉ちゃんが投げるんだね。ここまでの試合を見てると二年前から相当レベルアップしてるみたいだし、こっちの得点も多くは望めないかもしれない。少なくとも先に点はやれないな)
真裕にとって舞泉との投げ合いは楽しみである反面、負けたくない気持ちから来る重圧も大きい。それを跳ね除け、高校生活の集大成とも言える一戦で宿命のライバルを上回るピッチングができるか。
See you next base……