115th BASE
試合前は透き通る青色で染まっていた空が夕焼け色を帯び、微かに涼し気な風が吹き出す。私たち亀高野球部は今日、夏大の準々決勝を突破。ホームランを放ったオレスちゃんと先発で好投した祥ちゃんの活躍が目立った。二人ともこれまでの自分から殻を破り、一回り成長を遂げたように感じる。
一方で対戦相手の鯖江戸高校も手強かった。全国を回って搔き集めたというデータを駆使して選手一人一人に異なる対策を講じ、私たちを苦しめた。準々決勝まで進んだのは初めてみたいなので、これから更なる経験を積んで技術や精神力が成熟すれば、近い将来に名だたる強豪となっているかもしれない。
「バスの準備できました」
帰宿するためのバスが球場に到着し、各自荷物を持って乗り込む。席に着いてスマホを開いた私は、表示されていたニュース速報に思わず声を上げる。
「あ、男子野球部勝ってる!」
「え、ほんと?」
隣に座った祥ちゃんが食い付く。ニュースの内容は、先ほどまで行われていた高校野球の愛知県大会決勝の結果を伝えるもの。椎葉君のいる男子野球部が四対一で勝利し、見事優勝に輝いた。つまり甲子園大会への出場を決めたのだ。
「おお! ほんとに勝ってるじゃん」
「うん。……椎葉君、遂に甲子園に行けるんだね。良かった」
ニュースと共に掲載された画像には、勝利の瞬間にマウンドで両手を掲げる椎葉君の姿が映っている。昨年の大会も決勝まで進出したが、リードしていた最終回に彼が逆転ホームランを被弾するショッキングな負け方を喫した。その悔しさを知っているだけに、私は自分のことのように嬉しくなる。
一応椎葉君とは互いの試合前に連絡を取り合っていたものの、まだ彼から直接の報告は来ていない。おそらく閉会式などがあるため、それどころではないのだろう。
《試合結果見たよ! 甲子園出場おめでとう(^o^)/ 私たちも勝てた!》
私は自分たちの勝利報告も兼ねて椎葉君にメッセージを送る。興奮と緊張で手が震え、文字を打つのに少々手間取ってしまう。
「……これで送信と」
「椎葉君へのメッセージ?」
「そうだよ。私たちが勝ったことも伝えたかったし」
「ほお……。相変わらず仲良いねえ」
祥ちゃんが含み笑いをする。何が面白いのか分からないわけではないが、期待されていそうなことは今のところ起きていない。そのため私としも何も言うことができず、適当に受け流すしかなかった。
宿舎に帰った私はまず、大浴場で汗を流す。それから自分の部屋で改めてスマホを確認すると、椎葉君から返信が来ている。
《連絡遅くなってごめん。ありがとう。最後のチャンスで何とか行けて良かった》
メッセージには絵文字や記号が一切使われておらず、文面だけだとあまり喜びの感情が読み取れない。きっと時間が無い中で急いで打ったのだろう。こういう時に声を聞けたら良いなと寂しくなるが、今それをしたら迷惑が掛かる。
《柳瀬たちも勝って良かった。おめでとう。甲子園行けたことが一層嬉しくなるよ》
私たちの勝利についても祝ってくれている。それを見て頬を緩ませながら再び返信する。
《椎葉君ならできると思ってたよ。ほんとにおめでとう! また落ち着いたら映像も見たいな。こっちは私は投げなかったけど、オレスちゃんと祥ちゃんが凄かった! あと一つ勝てば甲子園だし、椎葉君と一緒に行けるように頑張る!》
今年の夏大は決勝戦が甲子園で行われる。そのマウンドに自分が立つのを想像すると心は踊る。しかし明日の準決勝で当たるのは、二年連続で私たちの全国制覇を阻んでいる因縁の相手だ。
夕食を済ませた私たちは大広間に集まり、明日に向けてミーティングを行う。今日の疲れも残っているため、監督は手短に終わらせようと言って話し始める。
「今日は本当によく戦ってくれた。苦境が続いても祥を筆頭に崩れず、最後まで粘り切れたな。チーム力が試される中で勝てたことは誇りに思って良い」
監督はとにかく私たちを褒めてくれた。それだけ今日の勝利に価値があるということだろう。
「そして明日は準決勝に臨むことになる。相手は奥州大付属だ」
対戦相手の高校名を聞き、その場にいた全員が息を飲む。一昨年、昨年といずれも私たちは奥州大付属に敗れ、全国制覇の夢が尽く散っている。もはや奥州大付属を倒すことが、このチームの最大の課題と言って良いのかもしれない。
「夏大は二連覇している奥州大付属だが、今年はこれまで以上に強くなっている。あの小山を中心に質の高い選手が揃い、各々がしっかり結果を残している。そのため今大会はどの試合も危なげなく勝っている印象だ」
奥州大付属を語る時に欠かせない選手が小山舞泉ちゃんだ。投手も野手も熟す二刀流として一年生の頃から活躍し、チームを優勝に導いている。去年こそ投手での出場は無かったものの、今年はエースの座を手にしたようで、それに相応しい快投を見せている。おそらく明日の先発マウンドにも上がるだろう。
「こちらの先発は真裕に任せる。今日は試合に出ていないから体力は大丈夫だと思うが、体を動かしてない分、明日の試合への入り方が難しくなるかもしれない。その点には注意してほしい」
「分かりました!」
先発を言い渡され、いつもならここで緊張が高まってくる。だが奥州大付属を相手にはどうしても投げたかったためか、今回はそれが実現したことへの安堵感が強い。
「明日の試合が終わると、決勝戦までは三週間ほど間が空く。だから明日は両チーム総力戦で戦うことになるだろう。去年のような延長戦になることもあれば、ポジションに関わらず早い回で選手を入れ替えることだって考えられる。全員が集中を切らさず、いつ出番が来ても大丈夫なよう準備してくれ!」
「はい!」
私としては途中でマウンドを降りず、最後まで投げ切るつもりでいる。そのためにはチームが勝つピッチングをしなければならないことは言うまでもない。今大会の大一番、昨年できなかった舞泉ちゃんとの決着を付け、試合にも勝ってチームとしてリベンジを果たす。
See you next base……