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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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114th BASE

 鯖江戸との準々決勝は七回裏ツーアウト、代打の喜田がセンターフライに倒れて勝敗が決する。


「おっしゃあ! 勝った!」


 最後のアウトを取ったゆりが、万歳しながら本塁に向かって走る。六点差という事実だけ見れば快勝の亀ヶ崎だが、得点できたのは六回のみ。鯖江戸のデータ野球に終始苦しめられながらも勝利を掴む。


「……皆、行こうか」


 対する鯖江戸ベンチでは敗北が決まった瞬間、全員が俯く。その中で有村は最初に顔を上げ、チームメイトに整列するよう促す。悔しさで胸が張り裂けそうだが、主将として、最後まで堂々と為すべきことを為す。こうした彼女の強さが鯖江戸の快進撃を支えてきた。


「七対一で亀ヶ崎高校の勝利。礼」

「ありがとうございました!」


 試合終了の挨拶が交わされると、観客席からは両チームの健闘を称える大きな拍手が起こる。有村はベンチへと帰る前に、オレスに一声掛ける。


「ネイマートルさん、素晴らしいホームランだったね。ナイスバッティング」


 有村は左手を差し出し、オレスに握手を求める。オレスはいつものような仏頂面のまま、有村の手を握る。


「どうも。まああそこで打てなきゃ四番にいる意味なんて無いわ」

「……おお。ふふっ、確かにそうだね」


 つっけんどんなオレスの発言に、有村は思わず苦笑する。強がりなのか本音なのかは分からないが、何となく微笑ましい気持ちになっていた。


「君たち亀ヶ崎と対戦できて良かったよ。やっぱり強かったし、負けるべくして負けたと思う。このまま次も勝って甲子園、そして全国制覇をしてくれ」

「ふん、言われなくてもそのつもりよ」


 二人の手は解かれ、有村がその場を去ろうと背を向ける。見送ろうとしたオレスだったが、彼女が走り出す直前で唐突に呼び止める。


「ちょ、ちょっと待って」

「ん? どうした?」


 有村が振り返る。オレスは一旦口を開けたものの、その状態で暫く止まってしまう。


「……いえ、何でもないわ」

「そう? 分かったよ」


 オレスが何か言いたげなのは明らかだったが、有村は追求しない。きっと大したことではないのだろうと思うことにし、改めてベンチへと引き揚げていく。


「ちゃんオレ、何話してたの?」


 一人になったオレスにゆりが尋ねる。オレスはまた厄介なのに絡まれたと思ったのか、聞こえなかった振りをする。


「え? ちょっとちょっと無視ですか? ホームランを打たせてあげた人間にその仕打ちは酷くない⁉ ねぇ、ちゃんオレってば!」


 ゆりがオレスの両肩を揺する。ホームランを打つ直前で交わされた会話が嘘のように、二人は元の関係性に戻っていた。


 グラウンドから撤収した亀ヶ崎は、帰宿の準備が整うまで待機する。仲間同士で勝利の喜びを分かち合う者もいれば、一人で黙ってスマホを弄っている者もいる。

 先発投手を務めた祥はと言うと、チームの輪からは少し離れ、何をするわけでもなく神妙な面持ちで近くに張られたネットに(もた)れ掛かっていた。そんな彼女を真裕が労う。


「祥ちゃんお疲れ。どうしたの? 浮かない顔して」

「……いや、本当に勝ったんだなって思ってさ。降板した時は負けてたから、あんまり実感が湧かなくて」

「そうだよ。祥ちゃんが勝ち投手だ!」


 真裕が嬉しそうに両手を広げて言う。それを聞いた祥は柔らかに頬を緩めた。


「ああ……、言われてみればそうか。オレスに感謝しないとね」

「オレスちゃんのおかげだけじゃないよ。祥ちゃんだってしっかり試合を作ったじゃん。この勝ちは、祥ちゃんが自分の力で掴んだんだよ」


 決勝の逆転ホームランは放っている以上、どうしてもオレスがフォーカスされがちになる。しかし祥だって勝利の立役者に相応しい活躍を見せた。寧ろ試合全体を通して考えれば、苦しい戦況を凌ぎ切った彼女こそ一番称賛されるべきかもしれない。


「自分の力で……。そうなのかな? けどもしそうだとしたら、凄く嬉しいかも。私のピッチングで勝ったなんて初めてな気がする」


 祥は自らの左の手の平を見つめる。まるでそこに何かがあるかのように掴む仕草をすると、今度は手放さないように固く握り締める。


 「初めてなんかじゃないよ」と言いかけた真裕だったが、それは侮辱になると感じて思い留まった。代わりに祥の方が再び口を開く。


「私さ、今日のピッチングは自分ができる精一杯だと思ったんだ。これより良い結果なんて出せないって」

「うん、そうだと思う。本当にこれ以上無いピッチングだったよ」


 真裕が祥を称えるつもりで言葉を返す。ところが祥本人の言わんとしている意味とは解釈が違っていた。


「あはは……、ありがとう」


 祥は複雑そうに微笑する。彼女は真裕に気を遣わせないように言葉を選びながら、自らの思いを語る。


「けどね、オレスのホームランを見てはっとしたんだ。あれだけ野球が上手くて結果を残している選手でも、困難に陥ることがあって、そういうのは乗り越えてまだまだ成長できるんだって。そう考えたら私みたいな下手くそは、これ以上できないなんて言っちゃいけない。限界を決める資格すら無いと思うんだ」


 普段は気の優しい祥だが、この時の物言いには力が籠っている。これには真裕も少し驚いた様子で話を聞く。


「だから私、もっともっと上を目指そうと思う。皆と肩を並べてプレーできるようになるだけじゃなくて、その先に行きたい。簡単じゃないし時間は掛かるかもしれないけど、それでも挑戦したい」


 これまで祥は、真裕たちに追い付きたい一心で取り組んできた。高校から野球を始め、チームの中では一番実力が低いと自覚していた以上、そうなるのが自然だろう。


 ところが今日で考えは変わった。新たに彼らを追い越したいという気持ちが芽生えたのだ。それは即ち、高校卒業後も野球を続けたいという意思が明確になったことを意味する。


「祥ちゃん……。そうなんだね」


 真裕は敢えて多くの言葉を返さず、仄かな肯定と捉えられるような反応をする。一方で自分が目標とされている人間の一人なら、それに恥じない姿を見せなければならないと心に留めた。


「うん。まずはこの大会で優勝することから始めないとね。準決勝も決勝も真裕が投げるだろうし、頼んだよ」

「もちろん。任せてよ!」


 祥の激励に真裕は深々と頷く。夕暮れ時に伸びる二人の影だが、僅かながら真裕の方が長い。


 準々決勝を通過し、全国制覇まで残り二勝に迫った亀ヶ崎。しかし次なる戦いには。彼らの希望を幾度と無く摘み取ってきた強大な敵が待ち受けている。



See you next base……


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