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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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112th BASE

「六回、三人で抑えるぞ!」

「おー!」


 六回裏、 グラウンドに響く菜々花の声が、亀ヶ崎野手陣の気を引き締める。マウンド上の結は一度目を瞑り、昂る心を鎮める。


(前の試合の登板はおそらく、私を試す意味合いもあったはず。けど今日は違う。点差は離れてるけど、こっちが逆転したばっかりだから、試合は落ち着いていない。鯖江戸だって諦めていないだろうし、その反撃を食い止めるために私がマウンドに上げられたんだ。やってやるぞ!)


 ゆっくりと結が目を開ける。その表情からは十五歳のあどけなさが消え、眼差しも細く鋭くなった。チャームポイントである太い眉毛も、今は顔の迫力を際立たせるのに一役買っている。


 結が最初に対峙するのは参藤。鯖江戸ベンチからは彼女への声援が飛び交う。


「出ろよ参藤! まだまだこっからだぞ!」

「ピッチャー代わったからって気にするな! 初球から行けー!」


 初球、キャッチャーの菜々花はアウトコースのストレートを要求する。鯖江戸打線が結にどの程度対応できるのかは確かめたい。


(鯖江戸は結のデータを多く持っていないはず。真っ直ぐに対してどんな反応を見せるかで、こっちの攻め方も変わってくる)


 六点のリードがあっても亀ヶ崎に油断は無い。榊の話していた通り、結に継投したのは他の投手よりもデータを取られていないと読んだからだった。監督の隆浯も、彼女なら抑えてくれると判断した上で起用している。


(やっぱりまずは真っ直ぐですよね。最初が肝心なのは言うまでもないし、集中して投げ込まないと)


 結は迷わず首を縦に振る。振りかぶって投球モーションに入ると頬を膨らませて息を吐き出し、神経を研ぎ澄ませて一球目を投じる。

 狙ったコースより中に入ったものの、勢いのあるストレートが放たれた。果敢に打ちにきた参藤のバットの上を通過し、菜々花のミットに収まる。


「おお……」


 スイングし終えた参藤から声が漏れる。自分の中ではタイミングが合っていると思ってバットを出したが、結果は空振り。振り遅れていたようだ。


(手元でかなり伸びてるみたいだな。こっちのデータじゃスライダーに気を付けろって話だったけど、真っ直ぐも良いぞ。笠ヶ原よりずっと速く感じる)


 二球目も初球と同じようなコースへのストレートが続く。参藤は少しタイミングを早めて弾き返したものの、力無く打ち上がった打球はバックネットに当たった。


 結のストレートに押され気味の参藤。それは間近で見ている菜々花にもよく分かる。


(二球ともそんなに厳しいコースじゃないのに参藤は前へ飛ばせてない。結の真っ直ぐと祥の真っ直ぐは質が違うし、それに付いていけてない感じだね。データが揃っていればそういうことも分かって予め対策できるんだろうけど、四月に入ったばかりの一年生に対してそこまでできる時間は無かったか)


 先ほどまで投げていた祥はスリークォーターのため、ストレートに斜めの回転が掛かる。左投手は体の構造上、これが一般的だと考えられている。

 しかし結は特殊で、祥たちよりも肘の位置を高くして腕を振ることができる。ストレートには綺麗な縦回転の掛かり、その分だけ威力は増す。この特性を鯖江戸は把握できていなかった。


(結の決め球がスライダーってことは分かってるのかな? それも調べたいし、もう一球真っ直ぐで行こう)


 菜々花は三球目もストレートのサインを出す。甘く入って痛打を食らうことを避けるため、ストライクゾーンよりも若干アウトコースに外れた位置にミットを構えた。結はその意図を汲んで投球を行う。


「おっと……」


 参藤は不意を突かれた様子でバットを出し、何とかファールで逃げた。スライダーを意識していたのは一目瞭然だ。


(スライダーの情報は持ってるんだな。随分と警戒してるようだし、それを利用して仕留めるか)


 四球目、またまた菜々花はストレートを選択。ただし今度は外角ではなく、内角高め、参藤の首元のコースを要求する。


(追い込まれている状態でスライダーを気にしているなら、このコースの真っ直ぐは死角になる。振ってきたらバットには当てられない。問題は結が投げ切れるかだ)


 もしも投球が真ん中に寄ったり低くなって甘くなれば、参藤なら多少振り遅れていてもバットの芯で捉えられるかもしれない。結には相応の制球力と度胸が求められる。


(ここでインコースですか……。良いですねえ! こういう強気の配球をされるとワクワクしますよ!)


 結の心臓が一拍強い脈を打ち、それに共鳴するかのように瞼と口角が僅かに上がる。厳しい要求をされるほど、彼女は高揚するのだ。失敗する可能性など微塵も頭に無い。この未熟さ故の怖いもの知らずが、今の結には大きな武器となっている。


(カウントに余裕があるとかは考えない。この一球で必ず決める)


 四球目。結が力みを抜くかのようにゆったりと振りかぶってから足を上げ、狙いを定めて左腕を振り抜く。投げた反動で帽子が傾き、彼女は右足一本で立って投球の行方を見届けた。視線の先で、参藤のバットが空を切る。


「バッターアウト」


 結は要求されたインハイへと見事に投げ切った。参藤をストレート一本で捩じ伏せたことは、スライダーを軸にした投球を想像していた鯖江戸ナインに大きな衝撃を与える。主将の有村でさえも感心してしまうほどだ。


(凄いな……。あれで本当に一年生なのか? ここでマウンドを任される理由が分かった気がするよ)


 侮っていたのは亀ヶ崎ではなく、自分たちだった。有村は己の認識の甘さを律すると共に、チームの士気が下がらないよう手を叩いて発破を掛ける。


「皆、怯むな! 春木を打てなきゃ私たちの勝利は見えてこない。どんな相手だって攻略のチャンスはあるはずだ!」


 結は良い投手なのかもしれないが、攻め入る隙は必ずある。それを見つけ出すためにも、まず鯖江戸はランナーを出したい。


《二番セカンド、里山さん》


 打席には里山が入る。左打者が並ぶが、結は全く苦にしない。初球から力のあるストレートをストライクゾーンに投げ込む。里山はバットを出せず見逃す。


「里、受け身じゃ打てないぞ! 攻めろ!」


 鯖江戸ベンチから激が飛ぶ。それを受け取った里山は結に向けて声を上げ、自身に気合を入れる。


「しゃあ! 来い!」


 しかし結は動じない。二球目はストレートでインコースを抉り、打ちにきた里山を詰まらせる。


「ピッチャー」


 バットから鈍い音が響き、平凡なゴロが結の元に転がる。捕球した彼女は少し近付いてから一塁に投げた。入学直後は送球難が目立ったが、この大会までにみっちりと練習を積んで改善されている。


「アウト」


 里山がピッチャーゴロに倒れてツーアウト。結は続く三番の平をストレートとカーブを織り交ぜて三球で追い込むと、四球目に伝家の宝刀を抜く。真ん中低めから落ちるスライダーを投じた。


 これまでの投球からストレートの振り遅れを恐れていた平は、見極めることができずにスイングしてしまう。彼女のバットは虚しく空を切る。


「バッターアウト。チェンジ」


 ワンバウンドした投球を菜々花が捕り切れず手前に零したものの、すぐに拾って平にタッチ。三振を成立させる。結は鯖江戸の戦意を削ぐような圧倒的なピッチングで、重要な六回裏を三者凡退で締めた。



See you next base……

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