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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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108th BASE

《バッターは、四番サード、ネイマートルさん》


 ランナー二人を置いて打席に入ったオレスは一度下を向いて足元を均す。それから小さく鼻息を漏らして顔を上げ、マウンドの雪野だけを見つめてバットを構える。


(自分で限界を決めるな、か……。傍から見たらそう感じるのかもしれないわね)


 初球、アウトローにストレートが決まった。オレスは打ちにいく姿勢を見せながらも、バットは出さない。


(……けど、私にはそんなつもりはない。自分の限界なんて考えたことないわ)


 オレスは心の中でゆりへの返答を述べる。彼女の言っていることはオレスからすれば少し的が外れている。

 では何故オレスは引っ張った打球を打とうとしないのか。その真意は、本人としては言葉で表したくない。


(私がレフトに会心の打球を飛ばしても、少し下がって捕られてしまうだけ。それをまた見るのが怖い……)


 オレスは引っ張らないのではない。引っ張れないのだ。過去に手応えのある打球が何度もアウトにされ、引っ張って打つことに恐怖を抱くようになってしまった。言わばトラウマである。


 約一年前、オレスはイギリスからの編入生として亀ヶ崎高校にやってきた。しかしその更に一年前、彼女は亀ヶ崎とは別の高校に通っており、野球部にも所属していたのだ。その野球部には全国制覇を目指せるような実力は無く、加えてチームメイトも心血を注いで野球に打ち込んでいるとは言い難かった。その中でオレスは浮いた存在となってしまい、試合に勝つには孤軍奮闘するしかなかった。


 だがオレスはホームランを打てるような打者ではないため、個々の力だけでは上手くいくはずがなかった。彼女は辛い経験を重ねるしかなく、結果的に家族の都合でイギリスへと帰ることとなった際に退学してしまったである。


 二球目の投球もアウトコース。今度はチェンジアップが低めへと沈む。オレスは初球と同じような体勢で見送り、ボールとなる。捕球した有村は彼女のことを横目で観察しながら雪野に返球する。


(外の球に反応こそしてくるけど、バットを振りそうな雰囲気は無いな。二打席目のこともあるから右方向へのバッティングは慎重になってるのか、それともどうするべきか迷っているのか。とりあえず今のシフトなら右に打たれてもヒットや長打にはなりにくい。もう一回外を続けるか)


 有村は外角のカーブを要求する。これでオレスを追い込めれば、次はインコースのボール球を挟んでも良し、外のストレートやスライダーで打ち取りにいっても良しと、配球の幅は広がる。


 対してオレスは先ほどから口を真一文字に結んだまま、顔付きを全く変えない。頬に金色の髪を伝ってきた汗の雫が流れるが、それを気にする素振りすら見せない。


(以前の私は一人で戦っていた。私しか本気で勝とうとする人間がいなかった。けれど今は紗愛蘭も昴も、そしてゆりも、皆が勝つために全力でプレーしてる。だから私は自分の長所を活かすことに徹すれば良くなった。……でもそれは悪い言い方をすると、短所から目を逸らせるようになったということ。気付かぬ内に私は、私自身の可能性に蓋をしていたのかもしれない)


 オレスは長打が打てない。打つような選手ではない。一体誰が決めたことなのか。それは誰でもない、自分自身だった。ならばそのレッテルを剥がすことができるのも、自分なのではないか。


(もう私は一人で戦っているわけじゃない。そこで苦しむ必要は無い。けど今の自分を超えたいと思うなら、最後は自分の力で殻を破るしかないんだ)


 マウンドの雪野がサイン交換を済ませる。彼女がセットポジションに入るのを見計らってオレスは改めて足場を固め、打撃フォームを整え直す。


(亀ヶ崎に入って、私は一年前から変わったんだと思う。ゆりの言う通り、今はとてもエンジョイしながら野球ができている。だったら自分だって乗り越えられるはず……)


 三球目、雪野の投じたカーブが、真ん中やや外寄りで弧を描く。定石なら引き付けて反対方向に打ち返すべきだが、オレスはバットを()ち上げるようなスイングで無理矢理引っ張り込む。


(……私に、限界は無い!)


 重たく低い打球音を響かせ、レフトへ大きな飛球が舞う。すかさずバットを投げて走り出すオレスと共に、有村もマスクを取ってその行方を追う。


(あのコースのボールを引っ張っただと? ネイマートルのパワーじゃ、平の頭を越せないはずだ……)


 レフトの平が後退する。打球がいつ失速するのかと何度か振り返るが、一向に落ちてくる気配は無い。


「行っけー! ちゃんオレ花火よ上がれ!」


 ネクストバッターズサークルで立ち上がったゆりは、左の人差し指で天を指して叫ぶ。その声にも後押しされたかのように、勢いの衰えぬ打球は益々伸びる。


 ――数秒後、白球は地面に弾む。その落下地点は平の頭上どころか、フェンスさえも越えていた。


 一瞬グラウンドが静まり返る。二塁塁審は高々と上げた右腕を大きく回した。ホームランだ。


「うおー! 入った! 入った!」

「逆転? 逆転だよね? やったー!」


 亀ヶ崎ベンチでは全員が声を上げて喜ぶ。抱き合って飛び跳ねる選手もおり、もはやお祭り騒ぎだ。片や打ったオレスに興奮している様子は見られない。一見すると冷静に思われるが、内心はそうでもなかった。


(外野の頭を越えれば良いと思っていたのに、まさかホームランになるなんて……。というか私にも打てるとは、自分でも驚いちゃう。やってみないと分からないものね)


 オレスは余韻を噛み締めながらダイヤモンドを一周する。本塁に戻ってくると、先に生還していた嵐と紗愛蘭、そしてゆりが迎える。


「ちゃんオレ、ナイスホームラン! やっぱり打てたじゃん! イエーイ」


 ゆりは広々と両手を上げてハイタッチを求める。オレスは煩わしそうに目を細めながら、左手だけを合わせた。


「だからちゃんオレって言わないで。相変わらず鬱陶しいわね」

「えー。でも私のおかげで打てたでしょ。えへへ」


 顔を皺くちゃにして笑うゆり。オレスは釣られて表情が崩れそうになったが、恥ずかしさが勝って何とか堪える。


 オレスの値千金のスリーランホームランで亀ヶ崎が三点を獲得。一発で試合をひっくり返した。



See you next base……

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