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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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104th BASE

 五回裏、ツーアウトから八番の雪野が二塁打を放つ。降板直前の祥は、有村を抑えてピンチを脱せるのか。


 有村の一打席目はファーストゴロ。祥の投じた三球全てがインコースのストレートだった。有村はその印象を強く残っている。


(同じ手を繰り返してくるとは思えないが、ここぞという時の北本は得意球をとにかく使ってくることがある。初球は甘いボールを狙いつつ、様子を見られたら良い)


 一球目、ストレートが内角低めに来る。有村に対しては四球連続だ。


「ボール」


 しかしボール一個分ほど低い。有村は特に驚くことなく、悠然と見送る。


(……ほお、北本のリードだからびっくりするほどじゃないが、中々面白いことをしてくるな。だがボールになったことで次はどうするか。一塁が空いているから歩かしても良いと思ってるなら同じボールを続けてくるかもしれないが、この後は参藤に回る。できれば私と勝負を決めたいだろう)


 二球目、有村はバッテリーが外角でストライク取ろうとしてくると読む。その予想通り、カーブがアウトコースから曲がってきた。


「ファール」


 打って出る有村だったが、僅かにボールの上を叩いてしまった。打球は三塁側のファールゾーンを点々とする。


「オッケーだよ祥。ナイスコントロール!」


 菜々花が球審から新しいボールを受け取り、祥に投げ渡す。多少コースや球種を読まれても、低めを突けていれば簡単には打たれない。これを祥が最後まで続けられるかが抑える鍵となる。


(有村は九番にいるけど良いバッターだ。ちょっと隙を見せたら食われるぞ)


 祥は早くピンチを脱したい気持ちを沈め、一球一球を丁寧に投げようと心掛ける。失投すれば有村は確実に仕留めてくるだろう。

 だがその一方で祥は、これまで同様のピッチングができれば抑えられるとも思っていた。データ野球に苦しみながらも一失点で粘ってきた内容が、彼女に自信を持たせているのだ。


 三球目、祥はアウトコース目掛けてストレートを投じる。有村は手を出そうとするも、始動が遅れてスイングできない。


「ボールツー」

「おお……。まじか」


 投げ終えた祥は口を(すぼ)める。菜々花のミットはほとんど動かなかったが、ほんの少しだけ外れていたようだ。

 反対に有村としては助かった。ボールと判断して見送ったわけではなく、二球目との緩急で差し込まれて打ちたくても打てなかったのだ。タイミングの取り方を修正しなければならない。


(私たちが調べた中では、笠ヶ原が五イニング以上を投げた試合は一、二試合程度しか無かった。長いイニングを投げる経験自体が少ないはずだけど、今日はここに来ても球威が落ちていない。寧ろ上り調子な分だけ立ち上がりよりも良くなってる。案外しぶといじゃないか)


 有村は半歩ほど打席の立ち位置を下げる。変化球の曲がり幅は大きく感じられるようになるが、これならストレートにも振り遅れない。バットの芯で捉えられてもファールやポップフライになっては勿体無い。


(このカウント、しかもこの切羽詰まった局面でボール球を振らせようとするのはリスクがある。だからきっとストライクゾーンで勝負してくるだろう。踽々莉の肩を考えるとライト前ヒットじゃ二塁ランナーは還れない。ストレートなら右中間、変化球ならショートの頭上に打つのが目安になるな)


 四球目、カウントを整えたいバッテリーは再び外角へのストレートを選択する。ところが祥の投球はシュート回転が掛かってしまい、その分だけ外に外れた。今度は有村も冷静に見極める。


「ボールスリー」


 これで祥はもうボールを投げられなくなった。最悪四球でも一塁が埋まるだけだが、一番の参藤も手強い。安易に彼女との勝負は選べず、配球を考える菜々花も悩む。


(スリーボールワンストライクか……。このカウントにはしたくなかったな。ツーストライク目さえ取れれば状況は変わるけど、どのボールを使うべきだ? ……いや、最適解は分かってる。問題は祥が腹を括ってそれを投げられるかどうかだ)


 五球目。菜々花は恐々とサインを出す。しかし彼女の不安は全くの見当違いだった。祥は一時の躊躇いも無く首を縦に動かしたのだ。


(祥……)


 菜々花は思わず目を見開く。その表情はマスクに隠れて外からは見えなかったが、祥は雰囲気で何となく察する。


(菜々花ならその球を要求してくれると思ってたよ。私ならとっくの前に覚悟を決めてる。今更退くわけないじゃん)

(……そっか。ピッチャーを初めた頃はいつも投げるのを怖がっていたのに、祥もいつの間にか強くなったね。じゃあ行くよ!)


 力強くミットを構える菜々花。セットポジションに入った祥は、二塁ランナーを一度見やってから有村の方を向く。それから投球モーションには入った。


(私が投げて負けるなんてもう嫌だ。絶対に勝つ!)


 祥は有村の膝元目掛けてストレートを放つ。自分の一番自信のあるボールで活路を見出そうとしたのだ。ただ有村としても見るのはこれが五球目。狙ってはいなかったが、自然と体が動いて反応できた。


 快音が響く。それと同時に飛んだ火の出るようなライナーは、誰の目にも止まることなく終着点に達する。


「アウト!」

「え? え?」


 三塁塁審が右の拳を掲げる。祥は打球の行方を終えておらず、一体何が起こったのか分からない。


「何きょろきょろしてるの! こっちよ、こっち!」


 サードのオレスが祥を呼び、自分のグラブを見せる。その中には白球が収まっているではないか。


「サードライナー……。じゃあ、アウトってこと?」

「そうよ! 審判だってそう言ってるでしょ。さっさと戻るわよ」


 オレスは少しだけ語気を強め、祥を置いて引き揚げていく。やっと状況を把握した祥はほっとしたように頬を緩めると、左の手の平とグラブを勢い良く合わせた。


「おっしゃあ!」


 祥の声が夏空に轟く。最後は有村に捉えられてはいたものの、気迫で勝った。託された五回裏を無失点で切り抜ける。


「やったね祥ちゃん! よく踏ん張った」


 真裕を初めとするチームメイトがベンチに帰ってきた祥の頭などを叩いて彼女を称える。手荒い出迎えだが、祥は自分が活躍できた証だと感じられて嬉しかった。


「祥、苦しかっただろうが、よくぞ持ち堪えてくれたな。ありがとう。次の打席で代打を出すから、ここで交代しよう」

「分かりました。ありがとうございます」


 隆浯からも交代を告げられ、喉に祥は溜めこんだ息を漏らすように返事をする。そこに苦しい戦いから開放された安堵感と、リードを許してマウンドを降りることへの無念が籠っている。


(やっぱり交代だったか。相手を考えたらよく投げた方かな。ただ最低でも同点で代わりたかった。試合は終わってないし、逆転を信じて応援するぞ)


 祥は今の自分にできる精一杯の投球をした。しかし結果としては満足の行くものではない。もしも彼女の野球人生が今後も続くのなら、これから自らの手でチームを勝たせられる投手になることが目標になる。今以上に長く険しい道であるが、求め続ければきっとその境地に辿り着けるはずだ。



See you next base……

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