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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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103rd BASE

 五回表、亀ヶ崎は反撃に転じられそうな流れを活かせず三者凡退。一方の鯖江戸は見事に嫌な雰囲気を断つ。


(この回の前にグラウンド整備があって良かったよ。何のインターバルも挟まず四回裏の流れが続いたら危なかった。そう考えると運も私たちに味方しているのかもしれない)


 有村はマスクの奥で僅かに表情を和らげ、ベンチに戻っていく。油断は禁物だが、この五回表を乗り切れたことは鯖江戸にとって非常に価値がある。勝利へまた一歩近付いたのは間違いない。


 攻守替わって五回裏。マウンドには未だ祥の姿があった。自チームの攻撃が上手くいかず、相手に点を与えられない息の詰まるような状態が続く。だがそれで気持ちを切らせば全てが終わってしまう。


(データの力って本当に凄いんだな。そしてそれを使いこなせる鯖江戸も凄い。正直しんどい状況だけど、真裕だったらここから踏ん張って勝利を呼び込める。自分もそうなりたいんだったら抑えるしかないぞ)


 祥が公式戦で先発を務める試合は、味方が序盤にリードを奪うことが多かった。その理由として、相手が強豪と呼ぶには少し実力の足りないチームだったことが挙げられる。

 しかし今日対戦している鯖江戸は強豪と比べても遜色無い実力校。現に祥はビハインドのまま長いイニングを投げ続けており、今までにほとんど無かった経験をしている。そのため感じる苦しさやフラストレーションも大きいが、裏を返せば更なる成長を遂げるチャンスなのだ。自身の理想を現実にするためにも、何とか持ち堪えたい。


《五回裏、鯖江戸高校の攻撃は、六番ファースト、若林(わかばやし)さん》


 この回の先頭は左打者の若林。一球目、祥は外角のストレートでストライクを取った。課題の左打者に対する制球は今日一日で大いに改善されている。


 二球目のスライダーはボールとなったものの、三球目にカーブで空振りを奪う。ワンボールツーストライクとなっての四球目、祥は若林の膝元にストレートを投げ込む。


「ストライク、バッターアウト」


 球威もコースも素晴らしい一球に、若林は全く反応できず見逃した。球審から高らかに三振とコールされ、祥はワンナウト目を取る。


「ショート!」


 次の打者はアウトコースのカーブでゴロを打たせた。二遊間に転がった打球をショートの京子が捌いてアウトにする。


《八番ピッチャー、雪野さん》


 ツーアウトとなり、打順は八番の雪野に回る。ここで打席に立つということは、六回表も彼女が続投する可能性が高い。ここまで何度かピンチを招きながらも無失点に抑えているため、当然と言えば当然だろう。


(この回もあと一人だ。三人で切るぞ)


 体力的な疲労も溜まってきている祥だが、自分で自分を励ましながら雪野と対峙する。その初球、彼女はアウトローを目掛けてストレートを投げる。


 しかし投球は真ん中やや外寄りに行ってしまった。これを雪野が逃さず捉える。


「センター!」


 打球はショートの頭上を越えるライナーとなる。センターのゆりが追いかけるも、ノーバウンドで捕るのは無理そうだ。彼女は仕方無く回り込み、逆シングルで打球を抑えた。左中間を割らせず単打で止めようとする。


「ボールセカン! ランナー来た!」


 ところが雪野は迷わず一塁を蹴った。ゆりは驚きながら急いで二塁に投げる。


「うおお⁉ 無茶するねえ……」


 ゆりの送球がワンバウンドで昴の胸元へと届く。それとほぼ同じタイミングで雪野がベースに向かって左足を伸ばし、滑り込んできた。昴は彼女の爪先にタッチすると、グラブを高く上げてアウトと主張する。


「セーフ、セーフ!」

「ええ⁉」


 だが塁審の両手は横に広がった。セーフの判定に昴は思わず声を上げて天を仰ぎ、ゆりは苦々しく白い歯を()き出しにしながら腰に手を当てる。


(セーフになっちゃったかあ……。ピッチャーなのにめっちゃ足速いじゃん)


 ゆりとしては一杯一杯のプレーだった。雪野の投手とは思えない積極性とスピードが僅かに上を行ったのだ。


 ヒット一本で一気に得点圏にランナーを置き、俄にピンチが訪れる。ここでの失点は亀ヶ崎からすると三点にも四点にも感じるほど重たい。祥は是が非でも食い止めなければならない。


「タイム」


 ここで守備のタイムが取られ、マウンドに内野陣が集まる。加えて伝令として真裕がベンチから送られる。


「祥ちゃん、ここまでよく投げてたね。監督はこの回までって話してたから、あと一踏ん張りだよ」

「わ、分かった」


 頷いた祥はグラブを嵌めた右手の甲で顎の汗を拭う。六回表の攻撃は彼女から始まり、代打を送られることが想定される。そうした兼ね合いもあってこの五回裏の投球が最後となりそうだ。


「ランナーは二塁いるけど、祥ちゃん抑えられるよ。ベンチから見てても良いボール投げてるの分かるもん。だから自信を持って!」


 そう言った真裕は、祥の左手を両手で優しく包み込む。本当は強く握り締めたいが、繊細な指先の感覚を狂わせてはいけないため止めておく。それでも温もりは十分に伝わっており、祥は心が安らぐ。


「……真裕、ありがとう。ここを凌いで逆転に繋げるよ」

「うん。祥ちゃんなら絶対に大丈夫だよ」


 真裕が穏やかに微笑む。釣られて祥も笑みが零れた。


《九番キャッチャー、有村さん》


 タイムが解けて試合再開。打席には有村が入る。祥は一旦下を向いてロジンバッグに触れてから、改めて顔を上げる。


(私はこの回で降板か……。負けている以上は私の打席に代打を送らざるを得ないだろうし、こればっかり仕方が無い。けど真裕だったら代えられないだろうな)


 祥は仄かな、いや、心臓を切り裂かれそうなほどの強い悔しさを抱いていた。同じ展開でも真裕なら交代せず、決着が付くまで投げさせてもらえるだろう。それだけの信頼をベンチから寄せられているのだ。こうした部分でも祥は真裕との差を実感させられる。


 差を埋めるには今のようなピンチを抑え続けて結果で示すしか道は無い。己の存在価値を高めるためにも、祥は全身全霊を傾けて有村との勝負に挑む。



See you next base……

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