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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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99th BASE

《三回裏、鯖江戸高校の攻撃は、九番キャッチャー、有村さん》


 鯖江戸は有村をラストバッターとして起用している。本当はもう少し上の打順を打たせたいが、数あるデータを駆使して配球を組み立てたり守備位置を考えたりすることは、とてつもない労力を要する。そこに打撃面での負担を重ねるのは明らかに過重労働。彼女が崩れれば、鯖江戸のデータ野球も根本から崩壊してしまう。


(初回の流れを見れば、こっちが大量点を奪っててもおかしくなかった。でも笠ヶ原はそこを切り抜けたことで調子が上がってきてると思う。左打者にもインコースを投げてるみたいだし、こっちの対策が逆に手応えを掴ませちゃったかもな。ここら辺でリズムを狂わせておかないと、下手したら手をつけられなくなるかもしれないぞ)


 初球はインローのストレート。有村は三塁側へセーフティバントを仕掛ける。


「オーライ」


 祥がサードのオレスを制して処理しようとする。しかしボールは三塁線の外に向かって転がっていたため、捕球せず見送った。


「ファール」


 有村の足は速くないが、バントのコースは非常に良かった。祥が捕って一塁に送球してもアウトかセーフかは微妙なところだっただろう。処理を急げば暴投などのミスが出るリスクもあるため嫌らしい揺さぶりだっただけに、ファールにした選択は好判断だと言える。


(笠ヶ原が冷静さを欠いていれば、あのまま捕って一塁に投げていたかもしれない。かなり落ち着けていると見た方が良いな)


 一塁から戻ってきた有村はバットを拾って打席に入り直す。小細工が通用しそうにないと分かった以上、正攻法で祥を崩すしかない。


(笠ヶ原は初球に内角の真っ直ぐでストライクが取れた場合、高い確率で緩い変化球を使ってくる。低めに外してくることが多いけど、少しでも高めに浮いてきたら狙い目だぞ)


 二球目、有村はカーブやスライダーなどにタイミングを合わせる。しかし祥は内角へのストレートを続けてきた。


「むむ?」

「ストライクツー」


 有村はバットを出せない。二球で忽ち追い込まれる。


(このパターンはほとんど見たことがないな。それだけ良い感覚で投げられてるということか。次はどう来る? 北本は三球勝負も当たり前のようにしてくるし、分かりやすく外してくることは考えなくて良い。変化球で空振りを誘ってくるのか。それとも……)


 三球目、祥が右足を大きく上げて投球動作を起こす。彼女の左腕から投じられたのは、まさかの三球連続となるインコースのストレートだ。


 ところが有村はこれを想定に入れていた。データ上では皆無に近い配球だが、キャッチャーならではの洞察力で有り得ると考えていたのだ。


(やはり! 裏を掻いたつもりだろうが、こっちだってデータばかり見ているわけじゃないぞ!)


 有村がスイングを始める。三遊間に弾き返すイメージでバットを振り抜いた。


「ファースト!」


 しかし打球は力の無いゴロとなって一二塁間に転がっていく。ファーストの嵐が左に動いて捕球すると、ベースカバーのため走ってきた祥にトスする。それを受け取った祥はしっかりと目で位置を確認してから、一塁ベースを踏む。


「アウト」


 有村の思い描いたものとは真反対の方向に打球は飛んだ。彼女が考えていたよりも投球に威力があり、詰まらされたのだ。


(打つためにはもっと始動を早くするべきだったか。変化球と並行して待っているようじゃ打てないな。私が何とか流れを変えたかったけど、後のバッターに託すしかない)


 そんな有村の願いは通じなかった。彼女からアウトを取って更に勢い付いた祥は、初回に安打を許した一番の参藤、そして二番の里山も寄せ付けない。


「アウト、チェンジ」

「おっしゃ!」


 二イニング連続で鯖江戸打線を三人で退け、祥は左の拳を軽く握ってマウンドを降りていく。不安定だった初回と比べて表情は明らかに活き活きとしており、足取りも軽やかになっている。


「ナイスピッチング。有村への最後の球は特に良かったね」

「菜々花もそう思った? 私としても凄く良い感覚で投げられたんだよね」

「うん。有村は何となくストレートを読んでたっぽいし、それでも押し込めたんだから本当に良いボールだったんだよ。きっと向こうにも嫌なイメージが残ると思う」


 祥と菜々花は互いのグラブを重ねる。データの裏を突こうとしたバッテリーだったが、有村には察されていた。だが祥の投球がそれを凌駕し、結果的にはファーストゴロ。これは祥としても誇って良い。試合は中盤戦へと入っていく。


 四回表、亀ヶ崎は先頭の嵐が倒れたものの、三番の紗愛蘭が二打席連続となるヒットで出塁する。今度は雪野のストレートをセンター前に運んだ。


《四番サード、オレスさん》


 打席には四番のオレスが立つ。鯖江戸は第一打席同様にレフトの平を前に出し、サード以外の野手を大きく右に寄せる。


「またこれか……」


 オレスは仏頂面でバットを構える。こうした極端な守備シフトの中で打ち取られると、相手の思い通りに自分が動かされたように感じてどうにもフラストレーションが溜まる。早めに破っておきたい気持ちは強い。


(さっきは引っ張ってレフトゴロだったし、ここは流してみるのが良いかも。野手が多くいたって、どのみち間に打てばヒットになるんだ)


 初球、スライダーがオレスの足元付近に曲がってくる。彼女は両足を後ろに引いて見送った。有村が地面に着く寸前で捕球し、ボールとなる。


(今のネイマートル、かなり深く踏み込んできてたな。おそらく右方向への意識が強いんだろう。それならそれで構わない。こっちは得意なバッティングをされてもアウトにできるようなシフトを敷いてるんだから)


 二球目。ストレートが真ん中やや外寄りのコースを進む。右に打つにはお誂え向き。オレスは投球を手元まで呼び込んでからスイングし、バットから澄んだ金属音を引き出す。


「センター!」


 鋭いライナーが右中間に飛んでいく。センターの片山は打球の行方を目で追いながら斜め後ろに背走する。抜ければ一塁ランナーの紗愛蘭は一気に生還できるかもしれない。


「オーライ!」


 ところが片山は走る速度を徐々に緩めると、やがて足を止めた。ちょうどそのタイミングで打球は落ちてきたため捕球体勢に入るのが遅れ、やや足元が揺らぐ。それでも彼女は何とか持ち堪えてボールをグラブに収める。


「アウト」


 二塁ベース手前まで達していた紗愛蘭が急いで帰塁。長打も期待できた打球がアウトとなり、亀ヶ崎ベンチからは大きな漏れる。


「ああ……」


 オレスのバッティング自体は文句の付けようがなく、もしも野手が定位置で守っていれば右中間を真っ二つに割いていただろう。裏を返せば、またしても鯖江戸のシフトの網に引っ掛かってしまったのだ。


「くそっ!」


 一塁を力無く駆け抜けた先で、オレスは地面を軽く蹴り上げる素振りを見せる。怒りにも似た苛立ちが沸々と込み上げるが、それはどこにもぶつけることができない。彼女は奥歯を強く噛み締めて引き揚げていく。



See you next base……

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