98th BASE
二回表、ワンナウトランナー三塁のチャンスを作った亀ヶ崎は、七番の栄輝がレフトへの飛球を打ち上げる。
「オーライ」
平が定位置よりも幾らか前へと出てきて捕球体勢に入る。タッチアップするにはかなり厳しい距離に思われるが、三塁ランナーはゆり。有村は彼女が確実に走ってくると踏む。
(普通にやったらまずアウトになる。だけど西江はきっと“普通”なんて考えてない)
打球が平のグラブに収まる。その瞬間、ゆりは本塁へスタートを切った。
「平、落ち着いて投げろ! 慌てなきゃアウトにできるぞ!」
平から有村に向けてバックホームされる。送球は有村の正面に投じられたが、ワンバウンドで届くには短く、彼女の手前でもう一度バウンドしそうだ。
ショートバウンドで捕りにいけば弾く可能性もある。それを危惧した有村は咄嗟に前へ出た。そうしてツーバウンドする前に捕球するとちょうど目前にゆりが走ってきており、その脇腹にタッチする。
「アウト、チェンジ」
超積極走塁も流石にここでは実を結ばず。ゆりの本塁憤死で一気に二つのアウトが取られ、亀ヶ崎は同点のチャンスを逸する。
「あー、ちょっときつかったか……」
ゆりはベースのかなり手前でアウトになったため、スライディングすることすらできなかった。立ち上がった状態で悔しがる彼女に、初回と立場が入れ替わって今度はオレスが声を掛ける。
「ゆり、何故突っ込んだの? 余裕でアウトだったじゃない」
オレスは強い口調ではないものの、怪訝な顔で尋ねる。ゆりが自重していればチャンスは続き、次打者の菜々花に繋げられた。結果論ではあるが、オレスのように当事者でなければ本当に無理をしてでもタッチアップを試みるのが妥当だったか疑念に感じる者もいるだろう。
「だけどもう少し送球が逸れてたり、キャッチャーが捕れてなかったりしたらセーフになってたよ。だからワンチャン狙っても良いかなと思って」
ゆりは素直に考えたことを答える。実際に平の送球は良かったとは言えず、有村が上手に対応したからアウトにできた。鯖江戸に更なるミスが起きなかったとは断言できない。
「でもそれって、最初から相手のミスを狙ってるってことじゃない。準々決勝なのよ。そう簡単にミスなんて出ないわ」
オレスはゆりの言い分に納得できない。二人の間に険悪な空気が漂いかけたその時、防具を付けて守備の準備を整えた菜々花が割って入る。
「どうした? 何かあった?」
「……別に。何でもない」
そう言ってオレスは自分の守備位置に走っていってしまった。菜々花から目を合わせられたゆりは、両の手を見せて困ったポーズを作る。
「相手のミスを狙って私がタッチアップしたことが不満なんだとさ。言いたいことは分かるけどね」
「ああ……、なるほど。難しいところだけど、私としてはゆりに突っ込んでほしい気持ちもあったからなあ。ベンチからも『走れ!』って声出てたし」
「そかそか。とりあえず私と同じ考えの人でいてくれてほっとしたよ」
「うん。展開にもよるけど、ゆりの積極性は良いと思う。だからこの後もその姿勢は変えずにいこうよ」
菜々花がゆりの肩を軽く叩く。それに対してゆりは軽く口角を持ち上げて応え、気を取り直して守備に就く。
二回裏、鯖江戸は六番の若林が左打席に入る。初回に先制点を許した祥だが、その後のピンチを凌いで復調のきっかけは掴めた。この回は三人で締めて波に乗りたい。
(本当に左バッターが多いな。これだけ並んでると逆に慣れてきて投げやすくなるかも。そうなったらこっちのもんだ)
若林への初球、祥はインコース目掛けてストレートを投じる。少し真ん中に入ったものの、腕をしっかり振っているため球威は十分。果敢に打ちにきた若林を力で押し込む。
「ショート!」
「オーライ」
力の無いゴロが祥の左を転がる。前に出てきた京子がシングルハンドで打球を掴み、一塁へと送球。祥は一球で若林を打ち取る。
「良いね祥。ウチのところにどんどん打たせてよ」
「分かった。京子に打球を捌いてもらえれば安心だからね」
京子と言葉を交わした祥は、控えめながら笑みを覗かせる。先頭打者を切った流れのままに、彼女は後続に対しても昂然と投げ込んでいく。次打者を三振に仕留めてあっさりツーアウト目を取ると、八番の雪野には初球、二球目とインコースを攻め、三球目で外に逃げるスライダーを打たせる。
「セカン!」
「オーライ」
二遊間へのゴロを昴が処理してスリーアウト。祥は三者凡退で鯖江戸の攻撃を抑えた。
続く三回表、亀ヶ崎はランナーを出せずに無得点。試合は三回裏の攻防に移る。
See you next base……