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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第七章 私に限界は無い!
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96th BASE

 一回裏、鯖江戸が一番からいきなり三連打を放ち、先制点を挙げる。尚もランナーを二人置いて四番の片山に回る。


 片山は右打者のため、ここまで連なっていた左打者の流れはひとまず途切れる。祥としては少々与しやすくなるかもしれない。


(右バッターならインコースでも狙いが定めやすい。とは言うものの四番だし、気は抜けないな)


 鯖江戸は祥対策で左打者を並べてきているが、片山については右打者ながら四番に据えている。彼女はチーム内で傑出した打力を誇り、他の選手では替えの利かない存在となっている。それだけに祥も警戒を怠ってはならない。


 一球目、祥は片山の膝元へスライダーを投じる。片山はバットを僅かに動かして止めた。打ちにいこうとしたが、このコースではゴロになりやすいと考えて見送ったのだ。判定はストライクとなる。


(一球目からすんなりとインコースに逃げ込んできたな。左バッターが相手の時とは大きく変わってる。データでも右バッターにはコースの分布が散らばってるし、私たちとしてはきっちり狙いを絞らないといけないな)


 二球目は外角のストレートがボールになる。ただしストライクゾーンからは少し外れた程度。連打を浴びた動揺で感覚が狂っても不思議でない中、祥はしっかりと腕を振って投げられている。そのため片山も勢い任せでなく、冷静に打つべき球を見極めなければならない。


(内と外が交互に来たし、次は内角かな? 早い内に得意のボールを打てればピッチャーはかなり苦しくなるぞ)


 三球目、片山はインコースのストレートにタイミングを合わせてフルスイングする。しかし祥が投げたのは真ん中低めのカーブだった。体勢を崩された片山のバットは空を切る。


(……カーブとはね。右バッターとの対戦では確実と言って良いくらいインコースの真っ直ぐを使ってるし、投げるならここだと思ったんだけど……。キャッチャーもその辺りを考慮してリードしてるのかな?)


 片山の推測通り、この一球は菜々花が機転を利かせたものだった。彼女は如何にもインコースのストレートを投げそうな状態から祥にカーブを投げさせ、結果的に片山の狙いを外した。


(片山は真っ直ぐを待ってた打ち方だったな。鯖江戸の右バッターはおそらく、片山みたいに内角の真っ直ぐに照準を合わせてきてる。全く投げさせないと祥の良さを消しちゃうから避けたいけど、使いどころは考えてサインを出さないと)


 これでバッテリーが片山を追い込む。このまま仕留められるか。


(祥、これで決めるよ。高ささえ間違えなければ抑えられるはず)

(了解。……大丈夫だ。練習通りに投げれば良い)


 菜々花のサインを承諾した祥は小さく息を吐き、肩の力を抜いてセットポジションに入る。四球目、彼女の投球は真ん中やや外寄りを進みつつ、緩やかに低めへと沈んでいく。


(これは……)


 スイングを始めていた片山は、虚を衝かれた様子を薄らと顔に浮かべる。懸命に腕を伸ばして変化に付いていこうとするも、バットには当てられなかった。


「バッターアウト」

「ふう……」


 ようやく今日初めてのアウトを取り、祥は胸を撫で下ろす。決め球として磨いてきたスクリューで三振を奪ってみせた。打席を後にする片山は下唇を噛み、悔しさを滲ませる。


(今のが最近習得したって言うスクリューか。こればっかりはサンプルが少なすぎて対策のしようがなかったんだよな。まあ笠ヶ原が先発する時点でこうなることは分かってたし、次の打席までに分析し直すしかない)


 ワンナウトランナー一、二塁と変わり、左打席に五番の師崎(もろざき)が入る。バッテリー再び左打者との対戦になる。


(左バッターだし、祥の言ってたようにどんどん内角を突きたい。けど最初はこれまでと同じく外角を待ってるのか確かめよう)


 初球、菜々花はスライダーを要求する。祥がアウトコースから更に外へと曲がるように投じると、師崎はバットを出してきた。ボールになると気付いて咄嗟にスイングを止めるが、球審は空振りの判定を下す。


(よし。このストライクは大きい。これでインコースを使いやすくなったぞ)


 二球目、菜々花は早速内角にミットを構える。祥の投じたストレートは、師崎の(へそ)の前を貫く。


「ストライクツー」


 これには師崎も手を出せず。二球で追い込んだ祥ではあるが、前の左打者にはここから安打を許している。同じ道は辿りたくない。


(バッターはまだ外を狙ってるっぽいし、ここも内角に投げた方が良さそう。菜々花はどう考えてるのかな?)


 返球を受けた祥は、すぐさま菜々花のサインを伺う。要求されたのは初球で空振りを奪ったスライダーだ。


(スライダーね……。良いとは思うけど、一球目で既に見せてるから簡単には振ってくれない。それならもう一度インコースを攻めたいな。そうすれば相手の印象も変わってくるだろうし)


 祥は首を横に振る。ここで外角に投げていては先ほどまでと一緒になってしまう。データを覆すには、データに無いことを積極的に繰り返すのが一番効果的である。


(祥がサインを嫌うなんて珍しいな。それだけインコースに投げたいってことか。ならそれに応えよう)


 菜々花がサインを出し直すと、祥の首は縦に動いた。手早くセットポジションに就いた彼女は心の中で自らを鼓舞する。


(バッターは追い込まれた焦りがあるはず。私の方が優位に立ってるんだから、きっちりと投げ切れば打ち取れる)


 三球目、祥はストレートを続ける。前の球以上に内角を抉っており、ボール気味ではある。しかし師崎は追い込まれているため打つしかない。


「ピッチャー!」


 鈍い金属音を発して転がった打球は祥の元へ。彼女は落ち着いてグラブに収めると、後ろを振り返って二塁に送球する。


「アウト」


 続いて京子が一塁へと投げる。師崎もアウトにし、併殺を完成させる。


「やった!」


 祥は仄かな笑みを零す。三連打から始まった初回だが、何とか一点で食い止めた。


「よく二球続けてインコースに投げ切ったね! あの流れで一失点なら上出来だよ」


 マウンドを降りる祥の元へ菜々花が駆け寄る。彼女の言葉に祥も思わず含羞(はにか)む。


「そうかな? なら良かった。けどこっからはもう一点もやらないようにする」

「うん。私も鯖江戸の傾向は掴めたし、二人で修正していこう」


 祥は上り調子としていけるか。そうなれば長いイニングを投げられ、チームが勝つチャンスも自然と増えてくる。


《二回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、五番センター、西江さん》


 早めに追い付きたい亀ヶ崎は二回、五番のゆりから攻撃が始まる。彼女は右打席に入ると一度バットを肩の上で寝かせ、腰を軽く振ってから立てる。この仕草は同じく野球をやっている少し歳の離れた兄を真似たものだ。


(さてさて、遂に第三部でも私の出番がやってきましたよ! 読者の皆はもちろん忘れてないよね? 私をこの試合で大暴れさせるために、敢えて作者は存在を伏せてたんだから。……多分!)


 ちょっと何を言っているのか分からないが、活躍したいという野心は菱と伝わってきた。その初球、右足を大きく上げてタイミングを取った彼女は、真ん中から曲がるスライダーにフルスイングしていく。


 しかしバットには当たらない。打席から体がはみ出る出るほどの豪快で空振りでワンストライクとなる。


「うーん……。思ったより変化が大きいな」


 ゆりはそう呟いて元の立ち位置に戻る。有村はその姿を観察しつつ、ベンチで確認したデータを思い出す。


(西江は球種やコース構わず、初球は八割方バットを振ってくる。それはひとまずデータ通りだな。狙い球を絞るよりも反応で打つタイプなんだろう。そういうのは特徴が把握しにくいから厄介なんだよね。とりあえず打ち気に逸ってるのは間違いなさそうだし、ボール球で誘ってみるか)


 二球目はフォーク。落差は大きくないが、真ん中低めからならばボールゾーンへと落ちていく。有村の思惑通り、ゆりは打ちに出てしまう。


(よし、そのまま空振れ)


 これでツーストライク。……と思われたが、ゆりは何と反射的にバットの角度を下げてスイングの軌道を修正する。それから掬い上げるようにして打ち返した。


「ほいさ!」

「なっ⁉」


 思わず有村が高い声を上げる中、打球はサードの頭上を越える。白線の内か外か際どい位置に弾んだものの、すかさず塁審はフェアの判定を下す。一塁を蹴って悠々と二塁に達したゆりは、そこから少しオーバーランして止まる。鯖江戸も初めから三塁への返球指示を出していた。


「えへへ、やったね」


 ゆりはベース上に戻ってバッティンググラブを外しつつ、得意気な笑みを浮かべる。先制された直後に反撃のチャンス到来。打順に下位に回っていくものの、何とかゆりを生還させたい。



See you next base……

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