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第2-2話 帰還不能点

 その場を切り抜けるためにとっさに付いた嘘が、思ったよりも大事になっていくことに恐怖を覚えたが、しかし全ては後の祭り。口に出した言葉は引っ込められないように、今更『悪い。さっきの記憶喪失は全部嘘だったんだ』などと言おうものなら、『なら元の話に戻しましょう』と言われて詰みである。


 つまり、俺の状態はどっちに進んでも終わりなのだ。


「ハル先輩を明日病院につれていくんですか? でも、記憶喪失になってるんですよ? 絶対今日連れて行ったほうが良いに決まってます!」

「今日は日曜だし、大きい病院はどこもやってないわよ。それに今から行ったってちゃんと診察を受けれるなんて限らないじゃない。明日受けるのが無難よ」

「で、でも……。ハル先輩が死んだら……」

「落ち着いて。ハルはコーヒーを飲んで床に倒れただけ。記憶は失ってるみたいだけど、強くどこかに頭をぶつけたわけじゃないわ。ハルはカフェインで記憶を無くすのよ」

「それは知ってますけど……」


 それにしても、どうしようこれ。

 思ったよりも話が膨らんでいるというか、収拾がつかなくなったというか。


 誰のせいかなんて聞かれたら100%俺のせいなんだけどね???


「病院の話は後にしましょう! それよりも問題があります!」

「「問題?」」


 ルナちゃんの言葉に弥月みつき芽依めいが同時に振り向いた。


「ハルさんが記憶喪失の今、ここにいる妹さんと一緒に生活させて良いのかということです!」

「何か問題があるんですか?」


 ださい眼鏡を外し、俺の中学生の時に着ていた体操服のジャージを素肌の上から羽織っただけというトンデモない格好をした結菜ちゃんがきょとんとした顔で首をかしげた。


 そんな時、俺は「え? 妹!?」みたいな顔で結菜ちゃんを見ることを忘れない。何故なら記憶喪失になった俺に妹がいるなんて記憶は残ってないはずだからだ。


 あーあ、嘘つく技術に拍車がかかってるよ……。


「も、問題しか無いでしょう! だって、ハルさんを狙ってるんですよ! それを隠そうともしてないじゃないですか! こんな女と一緒にハルさんを住ませたら何が起きるか分かりません! ちゃんとハルさんの貞操を守るべきです!」

「そうね。それには私も賛成」

「わ、私も賛成です!」


 そして、トンデモないことを言い出したルナちゃんに同調する2人。


 いや、いくら義妹とは言え妹に手を出す男はいないだろ……と思ったのだが、冷静に考えると俺は彼女に一服(紅茶)を盛られているのだ。

 それにルナちゃんが言ったのは結菜ちゃんの貞操ではなくて、俺の貞操なのでつまりはそういうことなのだろう。


 いや、結菜ちゃんの信用が無さすぎるな?


「だから、ハルさんはウチで預かります!」

「なんでそうなるのよ」

「そうですよ。おかしいです。それだったら、ハル先輩の家に私がお泊りしますよ。そっちのほうが誰にも迷惑がかかりません」


 しかし、今度は打って変わってルナちゃんの提案に反対する2人。

 息があったりあわなかったり。大変だなぁ。


「それは駄目です! 危険です!」

「あんたの家にハルが行くほうが危険じゃないの」

「ち、違うんです。話を聞いてください! 私が今住んでいる部屋には誰も使っていない客間があるんです。そこをハルさんに使っていただこうかと」

「だから、なんであんたの部屋にハルが行くのよ。そっちの方が危ないわ」

「問題ないです! だって私とハルさんはいずれ結婚するんですから」

「それ言ってるのルナさんだけですよ」

「もー!!」


 話が全く親展しないでルナちゃんが怒った。

 彼女が怒っているのを久しぶりに見た俺はそれを新鮮な気持ちで眺めていたが、そんなことを知らない結菜ちゃんは渋々といった具合に提案した。


「私を何だと思ってるんですか? お兄さんが記憶喪失になってるのに、そんなことするわけないじゃないですか!」

「でも、ハルさんのジャージを着てここに来てますよね? そんなことをする人を私は信じられないです。私はそのジャージを見せてもらったこともないのに」


 そりゃ、中学校のときのジャージなんだからルナちゃんは知らないよ。


 などという話を彼女が求めていないことはこんな俺でも100も承知している。

 承知しているのだが、言いたくなってしまうのだ。


「だから、そんなに心配なら交代でハル先輩の面倒を見にくれば良いじゃないですか。それをしないで文句を言うのは違うと思います」


 そして、先程から全くブレないのが弥月みつき

 こいつは相変わらずというかなんというか。


「そうね、私もそれに賛成だわ」

「で、でも……」


 ルナちゃんは、まだ何かを言いたげだったが2対1だと分が悪いと思ったのだろう。言葉をぐっと飲み込んでいた。


「分かりました。だったら、交代でハルさんが無事かどうかを見に来ましょう。でも、一番問題は夜ですよ? 夜はどうするんですか」

「ハル先輩の家に泊まります」


 おい? 弥月みつきさん?

 あなた凄いこと言い出したな??


 そもそも弥月みつきはよくウチに来てくれていたが、彼女の両親は彼女が何をしているのか知っているのだろうか。付き合ってもいない男の先輩の家に上がり込んでるなんて聞いたら、殴られてもおかしくないぞ……。


「私もハルの家に泊まれば良いと思ってたけど、違うの?」

「……ず、ずるいです。私はお泊りできないのに……」


 そこは本題じゃなくないか。

 いや、やっぱりそこが本題なのか??


「じゃあルナの代わりに私が来るわ」

「それは駄目です!」

「ならどうするの」

「どうしましょう……」


 困ったように顔を伏せるルナちゃん。

 その時、何かを思いついたのか手を打った。


「そうだ! だったら、その時だけハルさん私の家に招きましょう! そうすれば全部解決します!」

「いや、してないでしょ」

「ハル先輩と妹さんが2人きりになるのが駄目って言ってたのはルナさんじゃないですか」

「でも、私の家はハルさんと違ってパパとママがいます!」


 ルナちゃんがそう言うと、「それならまぁ……」みたいな顔をする2人。

 

「……あの、俺はどうすれば良いんですか」


 俺の家だと言うのに完全に居場所が無かった俺は、恐る恐る彼女たちにそう聞くと、


「心配しないでも大丈夫よ。ハルが記憶を取り戻すまで、私がちゃんと手伝うから」

「そうですよ。ハルさんがまた元気になるまで。いえ、元気になってからもずっとお側にいますから!」


 とても爽やかな笑顔が返ってきた。



 俺は恐怖した。

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