第32話 あの日のリベンジ
「どうしたんですか? ハル先輩。今日は機嫌が良さそうですけど」
「そんな違う?」
「全然違いますよ」
弥月と一緒に登校していると、ふと彼女にそんなことを言われた。
「大したことじゃないんだけどさ、親父が再婚するんだよ」
「ハル先輩にお義母さんができるってことですか?」
「そそ。まぁ、まだ会ったことはないんだけどな」
父親から写真をもらったが……どえらいくらいの美人だった。よくあんな美人を捕まえたものだと我が父ながら感動を覚える始末。それにしては……と、いう言い方は失礼だが結菜ちゃんは、あまり美人ではない。
いや、この言い方は良くない。
垢抜けてない、という言い方の方が正しいか。
眼鏡をやめてコンタクトにしたり、ボサボサの髪の毛をまとめたりするだけでも見た目なんて簡単に変わりそうなものだが……。
「それで上機嫌だったんですね、ハル先輩。まるで子供みたいで可愛いです」
「俺は男だぞ?」
「可愛いです」
俺はカッコいいって言われたいんだよなぁ……なんてことを思いながらも、そんなことは口に出さない。可愛いと言われるのも……悪くはないのだ。
「それでさ、妹ができるみたいで」
「へぇー! 義妹さんですか」
弥月はお手本みたいな相槌をうつと、首を傾げて声をあげた。
「え、義妹さん!?」
「そうだよ」
「そ、それは駄目ですよ! 先輩!」
「え、何が?」
「ちなみにですけど、義妹さんはおいくつなんですか!?」
「いま中3」
「余計にやばいですって!」
朝っぱらからよくもまぁそんなに大声が出せるものだと、俺は感激を覚えつつも首をかしげる。
「そんなにやばいか?」
「だ、だって中学3年生ですよ!? 中学3年生の女の子なんて恋に飢えた獣です!」
「そんなことはないだろ」
「物語の憧れと現実との区別がつかずに、年上の男の人にころっと言っちゃうんです!」
「弥月も?」
「私はハル先輩一筋ですから」
「でも、俺は年上じゃん」
「私はちゃんと物語と現実の区別は付けてましたよ!」
ちょっとだけ怒ったようにいう弥月が面白いので、少しからかう。
「ちなみに、義妹さんとは一緒に住んでるんですか?」
「いや、まだだな」
「まだ!? ということは将来一緒に住むんですか!? 私という恋人を差し置いて!?」
「いつ俺が弥月の恋人になったんだよ」
「将来的にです」
そういって、自信ありげに微笑む弥月は可愛らしく……俺は朝から良いものが見れたな、なんてことを考えた。
「でも、それなら義妹さんに挨拶しておかないと駄目ですね」
「え、誰が?」
「私がです」
「弥月が? なんで」
「だって、将来的には私の義妹になるんですよ。挨拶はしておいて損はないでしょう」
「……お前の自信は、凄いと思うよ」
「ハル先輩のおかげです」
「俺はなんもしてないだろ」
「何言ってるんですか。ハル先輩のおかげで、私は吹っ切れたんです」
吹っ切れたって……この間の弥月から俺が告白を受けたのがきっかけか……? 確かにあれから、弥月は……上手く言葉にはできないが、主体的になったというか行動的になったというか。
とにもかくにも、前向きになった印象だ。
そう考えたら俺がきっかけなんだろうか。
「あ、そうだ。ハル先輩。私、この間面白いもの見つけたんです」
「面白いもの?」
「こっちなんですけど」
そういう弥月はさらっと俺の手をにぎると、そのまま学校への道をそれて別ルートをとった。
「遅刻しないんだろうな?」
「しませんよ。登校時間まではまだ時間があるじゃないですか」
「……確かに」
スマホで時間を確認すると登校時間までは、まだかなりの余裕があった。
朝早く出かけたおかげだ。
「面白いものってなんだ?」
「いま言ったら何も面白くないですよ」
「そりゃそうだけどさ」
そういって弥月に連れられて進むのは、人通りの途絶えた路地裏だった。生徒たちが登校する道からは外れ、また民家も近くにない……小さな路地裏だ。
「ここです」
「ここ? いや、なんにもないけど……」
と、言いかけた俺の胸元に弥月の手が伸びて……すがるように背を伸ばした彼女が俺に淡いキスをした。
「今度は上手にできました」
「……反則だ」
俺は言葉を上手く紡ぎ出せず、なけなしの語彙を振り絞ってそう言った。
「何が反則なんですか?」
「……急に、来たから」
「私、先輩がファーストキスなんです」
「……俺もだけど」
「だから、下手なキスのままで終わらせたくなかったんです」
「……でも、だからって登校中に、こんなところでやるようなことじゃないだろ」
と、俺はそういったのだが……弥月は首を横に振った。
「違いますよ。朝のこの時間だから良いんです」
「え、なんで」
「私たちがこういう関係だって、他の人は知らないのに……私たちは誰よりも深く知ってるんです。こういうの、なんか良くないですか?」
弥月はドヤ顔でそう良い……こんな俺ですら、彼女の言いたいことに納得しかけてしまう部分もあった。確かに、恋人でもない女の子と朝、それも登校中に道を外れてキスをするというのは……背徳感が、えげつない。
だが、そんなことを口にすると……弥月が調子に乗ることは分かっていたので、
「……どういう関係だよ」
と、俺は話を濁した。
しかし、弥月は元々その先を考えてきていたのだろう。
ちょっとだけ小悪魔な表情で、
「後輩以上、恋人未満です」
と、得意げな表情で……そう言った。
俺はそう言われてしまうと何も言い返せないので、降参の意味も込めて手をあげた。
「おっと、先輩はお手上げですか」
「良い感じに弥月に丸め込まれたからな」
「じゃあ、今度は先輩の番ですよ」
「え?」
「だって、私と先輩のキス……私の方からしてばっかりじゃないですか」
「……まぁ、それは」
「だから今度は、先輩の番です」
「ターン制なの?」
「そうですよ」
恥ずかしさを消すための小さなボケも飲み込まれて、成すすべも無くなった俺は、ちらりと周囲を見渡して……ちゃんと、人通りがないことを確認すると、弥月にキスをした。
「……ハル先輩」
「なんだ?」
「じょーずです」
そういって僅かに、はにかむ後輩を見ていると……俺の理性が溶けていくのを感じてしまう。
だが、俺は奥歯を噛み締めて……ぐっと堪えると、弥月の手をとった。勢い余ったという表現がこれ以上に正しい行為もないが、俺が自分のしでかしたことに気がついても後の祭り。
その恥ずかしさを誤魔化すように俺は口を開いた。
「そろそろ学校行こうぜ」
「わっ! いつにもなくハル先輩が大胆!」
そんな弥月は、嬉しそうに俺の手を握り返してきた。




