第03話 コーヒー飲んだらモテ期来た
一体何が起きてるんだ……。
そう心の中でつぶやくが、誰も答えを返してくれない。
朝から起きている事態が一向に飲み込めず、戦々恐々としながら教室入るとでかい声が迎えてくれた。
「おい、ハル! なんでお前、如月さんと一緒に登校してんだよ!」
如月さん、というのは芽依のことだろう。
芽依の苗字は如月なのだ。
芽依と俺は教室が違うので、途中から別行動で教室に向かうことになる。教室の中でわざわざ大きな声を出して出迎えてくれたのは男友達の恭介だった。
「いや……。なんか、たまたま会って」
「たまたまって、なんだよそれ! 運命かよ!」
朝っぱらからクソでかい声でよくもまぁそんなに騒げるものだと思うが、俺も意味不明なのでそう騒ぐ気持ちも分かる。
てか、なんだよ運命って。
「偶然で会うだけで運命は軽すぎるだろ」
「うるせぇ。朝からあんな可愛い子と一緒に登校できるなんて、一生の運を使わないと俺には無理だぜ……」
そういって自分の椅子にうなだれる恭介。
元気なやつだ。
「さっさと彼女作れよ、恭介」
「無理だってば。この間振られたばっかりだってのに」
恭介はそういうと、手を振って『無理』のサイン。
こいつは騒がしいと言うか、元気だし運動部だし、何だかんだで彼女ができるのだが一ヶ月も行かない内に振られるということをずっと繰り返している男なのだ。
そして、振られた直後は毎回ナイーブになる。
今日は元気だから吹っ切れたと思ったのだが、まだ傷は重いみたいだ。
「なぁ、ハルさ」
「なんだよ」
「誰かいい子紹介してくれよ」
「誰だよ、いい子って」
「ほら、ハルの周りの女の子でさ〜」
俺はそう言われて、自分の周りにいる女の子たちを思い返すが、あいにくと恭介に紹介できそうな子はいなかった。
「いねえな」
「即答すぎん?」
そう言われても、いないものはいないのだ。
「そいや、ハル」
「ん?」
「如月さんと一緒に登校して大丈夫なのかよ」
「何が?」
「ほら、部活の後輩」
「ん゛ん゛っ!?」
さらっと弥月の話が出てきて、俺は咽そうになった。
「な、なんでみ……水瀬のことが出てくんだよ」
あっぶねぇ、朝の流れで弥月って呼びそうになった。
弥月の苗字が水瀬で助かった……。
「んー? なんだ、お前ら。付き合ってなかったのか?」
「い、いや。全然?」
誤魔化すために思わず早口になってしまう。
いや、今は付き合ってることになってるのか?
「おいおい。放課後あんなにイチャついといて、付き合ってないってことはないだろ?」
「いや、マジだって。俺と水瀬は全然そんなんじゃ……」
「まぁ、そういうことにしておいてやるか」
「だーかーらー」
恭介は全くこっちの話を聞くつもりは無いらしい。
「にしても、人生3回はモテ期が来るってよくばぁちゃんが言ってたけどよ」
初めて聞いたな。
「ハルに来たのかよ、モテ期」
「んだよ、それ」
「あーあ。俺にもモテ期こねぇかなぁ……」
「そんなでかい声で騒いでる内は無理だと思うぞ」
とりあえず、今日の中の冷たい視線を代弁するように俺はツッコんでおいた。
弥月とは学年が違うし、芽依とはクラスが違う。
だから、午前中は今まで通りだった。
いっそ今まで通りすぎるくらいに何も変わらなかったので、俺は今朝のことをだんだんと夢だったのではないかと思い始めていた。
そして、朝のことを忘れるように努めていた頃にチャイムが昼休憩の始まりを知らせる。
「恭介。飯、買いに行こうぜ」
うちの学校に購買は無いが、昼になると近くの店が弁当やパンを売りに来てくれる。それに誘おうとしたのだが、
「わり、俺は今日弁当なんだわ」
そう言って、恭介に断られてしまった。
しょうがないので一人寂しく教室を出た瞬間に、1人の女の子に捕まった。
「ハル先輩」
「どした? 弥月」
「一緒にお昼ご飯食べませんか?」
「それは良いけど、俺は弁当じゃないから買いに行かないと……」
そういいかけた途中で、弥月は後ろに隠していた弁当箱を取り出した。
「じゃーん。先輩の分も作ってきました」
「……もらって良いのか?」
今朝からお世話してくれすぎじゃないだろうか。
嬉しい反面、少し申し訳無さもある。
俺は戸惑いながらそう聞いたが、
「はい、もちろんです!」
弥月は笑顔で頷いた。
そして、それと同時に俺のお腹がぐぅと鳴る。
「もう先輩、食いしん坊さんですね。部室で食べましょう」
「……そうだな。あそこなら静かだし」
たった2人の部室だ。
活用しないと損というものである。
2人で移動すると、教室の視線を集めた。
芽依の評判に押されているが、弥月も美人だからだ。
弥月が部活に入ってきたばかりの時は、恭介に豚に真珠だの猫に小判などとよくいじられたものだ。意味が違うというツッコミは野暮なので黙っていたが。
「はい、ハル先輩。お弁当です」
「ありがとな、弥月」
「いえいえ! 彼女ですから」
彼女、という部分を強調しながら弥月が言うものだから思わず胃が痛くなってくる。帰りにどっかで胃薬買おうかなぁ……。
弥月から手渡された弁当箱を開けると、中には彩り豊かなおかずが入っていた。
「おおー、凄い。弥月って料理上手なんだな」
「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれても良いんですよ?」
「凄いな。高校生でこんなに料理できるなんて、将来はプロにでもなれるだろ」
「もっと褒めてください!」
「ああ、そうだ。朝ごはん、美味しかったよ。ありがとな」
「……きょ、今日はここらへんで勘弁してあげます」
弥月は顔を真赤にして、ごほんと咳払い。
「今朝ハル先輩の家に行って思ったんですけど、先輩ちゃんと野菜食べてます?」
「おう。野菜ジュースちゃんと飲んでるぞ」
多分、ペットボトルのゴミ箱には俺が捨てた野菜ジュースのゴミが山のように積まれているはずだ。
「それは食べてるっていいません! もう、早死しますよ」
「……気をつけるよ」
「大丈夫です。私がちゃんと作りますから」
あ、なるほど。そうなるんだ……。
と、俺が納得している間にも弥月は続けた。
「ハル先輩は大船に乗ったつもりで構えててください! まずはお弁当からです」
そういって、弥月はにっこり笑った。
「ハル先輩は、人に作ってもらったもの残さないでしょ?」
「……まぁ、それは」
「だから、お弁当からです」
なるほどな?
「ハル先輩って何かアレルギーあります?」
「いや、何も」
「じゃあ、大丈夫ですね。しっかりメニュー作ってきます」
「……もしかして、これからも弁当作ってくれるの?」
「何言ってるんですか。結婚したら一生ですよ」
そういって微笑む弥月の顔は冗談なんて言っているようには見えなくて、俺の胃痛は倍プッシュである。
……食べれるかなぁ、お弁当。