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みーちゃん

 これは、私が小学校一年生の時の話です。

 学校からの帰り道、一週間ほどの集団登下校が終わって、その日は一人で帰っていました。

 集団下校の時には寄り道もしないで真っ直ぐ家に帰っていたのですが、引率の先生や上級生に叱られることもないので、ふらふらと道草をくって帰っていました。

 学校を出て少し行くと大通りに出ます。

 日中は車も多く、日頃から気を付けるように言われている場所です。

 横断歩道まで来ると、私は電柱に付いている歩行者用信号のボタンを押しました。

 すると電柱付け根に何かが落ちているのだが見えました。

 それは女の子の姿をしたお人形でした。

 ピンク色のレースの付いたドレスを着たお姫様の様な可愛らしいお人形。

 そしてもう一つ、お姫様よりも少し大きいエプロンをした黒髪のお人形。

 私はそのお人形がどうしても欲しくなってしまいました。でも、持って帰ったらお母さんに怒られてしまうと思いました。

 それでもどうしても欲しくてたまりません。信号が変わるまでの間、悩みに悩んで、一つだけなら持って帰ってもバレないかも。他にも沢山持っているお人形の中に混ぜてしまえば、きっとお母さんにはわからないだろうと思ったのです。

 信号が青に変わると、私はお姫様のお人形の方を抱えて駆け出しました。

 家の前まで来ると、お母さんにバレないように、お人形はランドセルの中に隠しました。


「ただいまあ」

「まゆちゃんおかえり。ちゃんと横断歩道を渡るときは左右を見て、手を上げて渡れた?」

「うん、おかあさん。まゆ、ちゃんと手上げて渡ったよ」

「えらいね。じゃあ次は、手洗いとうがいをちゃんとしようね」

「はーい」


 私は、洗面所に行って手洗いとうがいを終えると自分の部屋にランドセルを置きに行きました。

 おやつを食べ終えてしばらくテレビを見ていると、お母さんが台所でお夕飯を作り始めました。

 すると、台所からおかあさんの声が響いてきました。


「もー、お醤油切らしてた。まゆちゃーん、おかあさんちょっとお醤油買いに行ってくるからお留守番しててー」

「はーい、いってらっしゃーい」


 私が適当に返事をすると、お母さんがバタバタと廊下に出て行って、ガチャリと玄関にカギを掛ける音が聞こえました。

 私は今がチャンスだと、部屋に戻るとランドセルからお人形を取り出しました。


「かわいいなぁ。あなたのお名前はなんてつけようかしら?」


 私は話しかけながらお人形を見ます。

 すると、お人形のスカートの内側にマジックで何かが書いてありました。


 1-3 はいだみゆき


 この子は、みゆきちゃんと言う名前なのだろう。私はそう思いました。


「みゆきちゃんだから、みーちゃんだね。みーちゃんに私のお友達、いっぱいおしえてあげるね」


 私はそう言って、自分の持っているリカちゃん人形やぬいぐるみと一緒にみーちゃんで遊びました。

 しばらくそうしていると、17時を告げるチャイムが外から聞こえてきました。

 まだ時計を読めなかったのですが、17時のチャイムが聞こえたのでもうすぐ夜になると私は思いました。

 お母さんはまだ帰ってきません。

 薄暗い家の中で一人ぼっちです。そう思うとなんだか急に怖くなってきて、私は床に置いてあるみーちゃんを拾い上げようとしました。

 その時、甲高い音が家の中に鳴り響きました。


 ジリリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリリン!


 一瞬ビクリとしたのですが、すぐに電話だとわかりホッとしました。

 もしかしたらお母さん、あるいはお父さんかもしれないと思い、私は電話に出ました。


「もしもし」

「……」

「もしもし、お母さん?」

「みーちゃん居る?」


 なんだか、すごく暗い感じの女の人の声でそう言われました。


「みーちゃん、遊びに行ってるわよねえ?」

「ん、んーん。いないよ」

「嘘、みーちゃん、居るわよねぇ?」


 みーちゃんとは、あのお人形のみゆきちゃんのことだろうか?

 電話の相手がわからないまま、私は怖くなって嘘をついてしまいました。


「みーちゃん、居るわよねぇ? 今から迎えに行くわね」


 電話の相手はそう言うと、ガチャリと切ってしまいました。

 迎えに来ると言っている。誰がくるのだろうか? あの人形の持ち主だろうか? でも、どうしてうちがわかるのか。


「おかあさん早く帰ってきておかあさん早く帰ってきておかあさん早く帰ってきて」


 いつの間にかそう声に出していました。

 その時……。


 ぴんぽーん


 玄関の呼び鈴の音が鳴りました。

 お母さんが帰ってきた。私はそう思い、玄関まで駆け出すのですが、鍵を開ける寸前におかしいと気が付きました。

 お母さんは、鍵を持って出ているのだから呼び鈴を鳴らすはずがないのです。


 ドン! ドンドン! ドンドンドン!



 鍵を開けずに玄関の前に立ちつくしていると、ドアを叩く音が聞こえてきました。


「みーちゃん居るわよねえ? ねえ、開けて。みーちゃんを迎えに来たから」


 本当に来た。

 どうしよう、お人形を返せば帰ってくれるのだろうか? 

 でも怖くて、私は足が竦んでしまい動くことができません。

 ドアを叩く音はどんどん強く大きくなってきます。



 ドンドンっ!


「みーちゃん? 居るんでしょ? みーちゃん?」



 ドンドンドンっ!!


「みーちゃん開けて! みーちゃんっ! みーちゃんっ!」


 私は恐ろしさのあまり、両手で耳を塞いでその場にしゃがみ込み目を瞑りました。

 すると、トントンと誰かに肩を叩かれました。


 恐る恐る目を開けると……。


「お゛か゛あ゛さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛」


 血塗れになったお姫様のお人形がそう叫んだ所で私は気を失ってしまいました。



 目が覚めると、私はリビングのソファの上で寝ていました。

 お母さんは帰ってきていて、台所でお料理の続きをしています。

 恐る恐る台所を覗き込むとお母さんが振り返りました。

 私はお母さんに駆け寄って抱きつきました。

 すごく怖い夢を見ていた、そう思ったのです。


「どうしたの? お腹空いたの?」

「んーん」

「そう言えばまゆちゃん、おかあさんに言うことあるんじゃない?」

「え? なあに?」


 私が見上げると、お母さんはリビングを指差しました。

 その方向を見ると、私はゾッとして全身に鳥肌が立つのを感じました。


 リビングのテーブルの上に並ぶ二体人形。



 ピンクのドレスを着たお姫様と。



 エプロンをした黒髪のお母さん。




 あの横断歩道で母娘が事故に遭い亡くなっていたと、私が理解できたのはもう少し後の事です。

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