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猫の怨返し

 鈴の音が聞こえる。

 目を閉じて耳を澄ますと、微かではあるが「チリンチリン」と階下から聞こえてくる。

 この音が聞こえてくると、決まって金縛りにあい僕は動くことができなくなる。

 真っ暗な闇の中、何も見えずに、目を開けているのか閉じているのかもわからなくなる。

 ただ聴覚だけは研ぎ澄まされて、聞きたくもないのに聞こえてしまう。


 ヒタ、ヒタ、と廊下を歩く音が聞こえる。


 今夜も来たのだ。


 足音が僕の部屋の前で止まると鳴き声へと変わった。


「ナ゛ァ゛ァ゛ァ゛」


 酷く耳障りな声に背筋がゾクリとする。


 ガリ、ガリ、ガリ……。


 鳴き声が止むと、今度はドアを引掻く音。中に入ってこようとしている。

 ガリガリと木を引掻く音は次第に大きくなり「バリッ」という大きな音の後に鳴りやんだ。

 僕はまだ動けない。

 バクバクと鳴り響く鼓動が鼓膜を打つ。

 すると足元に、なにか小さな物が乗っかる感触があった。


 一つ、二つ……三つ、四つ……。


 四足歩行の小動物が、トスッ……トスッ……と、掛布団を被る僕の身体を上ってくる。

 それは腹を過ぎ、胸を過ぎ、首、そして顔の辺りに来ると、なにか湿った物が頬へあたる。

 スンスンという音と生臭いにおいがした直後、ザラリとした感触が頬を撫でた所で、僕は意識を失った。



 目が覚めると朝になっていた。

 もうこんなことが3日も続いている。

 枕元に散らばる茶色い動物の毛のような物と黒い土。

 それらを粘着テープで取るとゴミ箱に捨てる。僕は部屋の扉を開けると、ドア板の下の方にある爪を研いだような引掻き傷を見て溜息を吐いた。


「どうして、僕に憑いてしまったんだろう」




 1週間前。


「白鷺先輩、今日も休みらしいですよ……」


 1年生の下田さんは、部室に入って来るなりそう言うと、僕には目もくれずに椅子に座り、鞄からスマホを取り出して見始めた。

 僕が部長を務めるオカルト研究部には9人の部員が居る。僕と白鷺さん、そして新入部員の下田さんを除いた他6名は幽霊部員だ。

 先月入部したばかりの下田さんも、毎日顔を出してはくれるけれども、下校時間までスマホを弄るばかりで、あまり僕達とコミュニケーションを取ろうとはしない。

 白鷺さんは白鷺さんで、相変わらず何を考えているのかわからない。僕の方から話しかけると、相槌を打っくれる分まだマシである。

 そんな白鷺さんが、もう1週間近く学校を休んでいるのだ。

 これまでもちょくちょく休むことはあったけれど、これだけ連続での欠席は初めてだったので少し心配になった。


「何度か連絡してみたんだけど返事がないんだよね。下田さんにもない?」


 聞こえているのかいないのか、下田さんはスマホに視線を落としたまま答えなかった。

 特にやることもないので僕も、読みかけの本でも読もうと鞄に手を伸ばした所で、「ブー、ブー」と、スマホが鳴った。

 画面を見ると、SNSに白鷺さんからの返信だった。


 ―― 心配かけたわ。一段落ついたからもう大丈夫。


 なんのことやらと思いながらも僕は返信する。


 ―― よくわからないけどよかった。

 ―― これから、うちに来れる? 下田さんは居るかしら? 一緒に来てほしいのだけど。


 どういうことだろうか?

 僕は戸惑いながら下田さんの方に目線をやった。

 相変わらずスマホを見ている下田さんの横顔は、どこか猫っぽくて可愛らしい。


「下田さん。白鷺さんからなんだけど、これからうちに来ないかって?」

「うちって……白鷺先輩の家にですか?」

「うん。なんだかよくわからないけど、どうしても二人で来てほしいって」


 下田さんはしばらく考え込むと、ゆっくりとスマホを鞄にしまって僕のことを見据えた。

 そして小さく息を吐いて、ハッキリとした声で言う。


「わかりました」


 白鷺さん家は学校から自転車で20分程の距離だ。

 これまでも何度か、神楽先輩と一緒にお邪魔したことはある。

 そして、来る度に圧倒される。

 白鷺さん家はとにかく広い。家がではなく、敷地が広いのだ。学校の敷地と同じくらいの広さなんじゃなないだろうか?

 門を潜ると竹林があって、その林道を抜けるとお屋敷がある。大豪邸というほどではないのだが、二階建ての大きな日本家屋。まるで武家屋敷のような格好だ。

 玄関まで行くと、着物姿の老婆が僕と下田さんを出迎えてくれた。

 白鷺さんのお祖母さんではなくて、白鷺さん家で住み込みで働いている家政婦さんらしい。



「いらっしゃい、久しぶりね」


 白鷺さんは、六畳間に敷かれた布団の中で、上半身を起こして出迎えてくれた。


「風邪だったの? まだ顔色が悪いようだけど大丈夫?」

「違うわよ、風邪みたいに“うつる”ことはないと思うけど」


 そう言いながら白鷺さんは下田さんの方へ視線をやる。

 その視線に気が付いた下田さんは、少し緊張した面持ちで口を開いた。


「あ、あの……先輩……」

「もう、来なくなったかしら?」


 白鷺さんはいつもの様に無表情のままで下田さんを見つめている。

 その言葉に、下田さんは一瞬顔を強張らせた後に、安堵したように息を吐いた。


「はい……はい……」


 俯いたまま何度もそう言う下田さん。前髪で顔は隠れているが、泣いているようにも見えた。

 僕はわけがわからず白鷺さんに質問する。


「一体なんのこと? 僕にもわかるように説明してほしいんだけど」

「あなたには関係のないことよ。下田さんのプライベートなことだから」

「じゃあ、なんで僕も呼んだの?」

「私が個人的にあなたの顔を見たかっただけよ。流石に疲弊しているの。とても強い念を残した子だったから」


 その言葉で僕はピンときた。

 白鷺さんは、“また”除霊めいたことをやっていたのだ。学校を休む時には決まってそういうことをしているのを僕は知っている。

 白鷺さんの手元に視線を落とすと、もうだいぶ薄くなっているけど手首の内側に猫が引掻いたような跡がある。

 恐らく下田さんが入部してきた理由はそれだろう。

 猫かなにかの霊に憑りつかれて、学校で霊感少女って噂になっている白鷺さんを頼ってきたのだ。

 僕が心配そうな視線を向けると、白鷺さんは小さく口元に笑みを浮かべる。

 そんな表情をされると僕はいつも、白鷺さんに向かって何も言えなくなってしまう。


「来週からは学校にも行けると思うから。心配かけたわね」

「あまり無理はしないようにね。ノートとプリント物は取ってあるから」

「ありがとう、いつも感謝しているわ」


 そうして僕達は白鷺さん家を後にした。

 敷地から出てからも暫く、下田さんは白鷺さん家を振り返っていた。

 白鷺さん家からの帰りの道中、下田さんが話してくれた。


「先々月、虹の橋を渡ったんです。小学校3年生の時に拾ってきた子でした。キジトラで右足の白い」

「へー、写真とか残ってないの?」

「白鷺先輩が、スマホの中の物は全て消すようにって」

「どうして?」

「肌身離さず持っていると未練ばかりが残るからって。たまにアルバムを開いて、思い出してあげるくらいがいいんだって言ってました」


 下田さんは、拾ってきた子猫をチャトランと名付けて飼っていたと言う。

 最初は親に反対されたけど、ちゃんと面倒をみるからと説得して、それから7年間ずっと一緒だった猫が2か月前に亡くなった。虹の橋を渡るとは、ペットが亡くなることを言うらしい。


 そんなチャトランが虹の橋を渡ってから1週間くらいしてから、奇妙なことが起こり始めたらしい。

 飼い猫が亡くなってからも下田さんは中々立ち直ることができず、食器やトイレ、余った餌、おもちゃなんかを処分できずにいた。両親も、暫くはいいだろうと何も言わなかったらしい。

 ある日の夜中、ふと目を覚ますとトイレの方で物音が聞こえてきたという。慌てて見に行くと、当然猫の姿はないのだが、トイレ砂が床に散らばっていた。

 それから、物音がすると棚からチュールの袋が落ちていたり。昼間であっても、餌皿の方から水をぺちゃぺちゃと飲む音が聞こえるようになった。

 気味が悪くなって、それらを処分しようかと思いダンボールに纏めたのだが、やはり踏ん切りがつかずに押入れの奥へとしまった。

 その晩から、夜中になると猫の鳴き声が聞こえるようになったという。

 下田さんの部屋の前まで来ると大きな声で鳴く。まるで中に入れてくれと懇願するように。

 流石に怖くなった下田さんだったが、どうしていいかわからずにいたところで、白鷺さんの噂を聞いたと言うのだ。


「私の所為だと言われました。私の所為で、いつまでもあの子は虹の橋を渡れないんだと」

「白鷺さんらしい物言いだね。もう少しオブラートに包んで言えばいいのに」

「でもその通りです。私の未練が、あの子をいつまでもこちらに繋ぎ留めていることに私は気が付けなかったんです」


 そう言いながら下田さんは目を真っ赤にしながら鼻を啜る。

 白鷺さんがどのようにして、猫の霊を成仏させたのかはわからないけれど。これで下田さんも、ちゃんとチャトランとお別れができたのだろう。

 その後、下田さんを電車の駅まで送って、僕は家路に着いた。


 そして、週明けの月曜日。

 僕が登校すると、自分の席で頬杖を突きながら窓の外を眺めている白鷺さんの姿があった。


「おはよう、白鷺さん」

「おはよう……今日は最悪の朝ね」


 僕を見るなり白鷺さんは、眉を顰めてそう漏らす。


「え? なんで? 僕なんか悪い事した?」

「あなたじゃないわ」


 その日は、休み時間になっても白鷺さんは口を利いてくれなかった。

 放課後、僕と白鷺さんが一緒に部室に行くと下田さんが待って居た。


「やあ、早いね」


 僕が声を掛けたのだが、下田さんがそれを無視して白鷺さんに駆け寄る。


「あ、あの……白鷺先輩……」


 どうしたんだろうか? なんだかオドオドした感じで、白鷺さんに話しかけづらいようだ。

 白鷺さんも白鷺さんで、いつもと変わらない無表情で下田さんを見つめているのだが、どこか機嫌が悪いように感じた。

 気まずい雰囲気が部室内に流れだす。

 なんとか場を和ませようと僕は再び下田さんに話しかけた。


「下田さん、まだ部活は続けてくれるんでしょ?」

「え? あ……その」


 元々、白鷺さんに除霊を依頼するのが目的で入部してきた下田さん。このままだと退部されてしまうのではないかと思って先手を打ってみた。

 すると、下田さんの返事を遮るように白鷺さんが口を開く。


「もう用は済んだのでしょう。早く帰りなさい」

「ちょ、ちょっと白鷺さん。なにもそんな言い方をしなくても」


 白鷺さんは、なにか不快なものでも見る様に下田さんを一瞥すると、何も言わずに教室を出て行ってしまった。


「なにをあんなに怒っているんだろう?」

「私の所為でしょうか?」

「え? どうして、下田さんの所為なの?」

「私に利用されたって思っているのかもしれません。ごめんなさい先輩……私、今日で退部させていただきます……」


 下田さんは俯きながら小さな声でそう言った。



 その晩、白鷺さんからSNSに着信がきた。


 ―― 今晩、なにがあっても部屋のドアを開けない様に。夜になれば言っている意味がわかると思うわ。


 白鷺さんがこんなことを言うってことは、なにかがあると言うことだ。

 それも心霊現象に関することに間違いないだろう。

 今夜は寝付けないだろうなと思いながら、僕は「わかった」とだけ返事をした。


 夜中に目が覚めると、身体が動かないことに気が付いた。

 咄嗟に金縛りだと思いパニックなることはなかった。

 これは、身体が眠っている状態で脳は覚醒しているという医学的にも説明されている現象で、なんら霊的な現象ではない。

 ないはずなのだが……。

 どこからともなく聞こえてくる音に、僕は全身の毛が逆立つのを感じた。


「チリン……チリン……」


 鈴の音だ。

 窓の外から聞こえてくるような気もするし。ドアの外、廊下から聞こえてくるような気もする。

 すると、今度は別の音が聞こえてきた。


「ナ゛ァァァァァ」


 微かに聞こえてくるのは、小さな呻き声。いや、これは鳴き声だろうか?

 そうだ、これは猫だ。猫の鳴き声だ。

 発情期に野良猫の鳴き声が外から聞こえてくることはあるが、それとは違うもっと弱々しい声が、どこからともなく聞こえてくる。


「ナ゛ァァァァァ……ナ゛ァァァァァ!!!!!」


 段々と近づいて、段々と大きくなる声。

 気味が悪かった。

 大きくはなっているが、酷く苦しそうに聞こえる。


 その日は、朝まで眠れなかった。

 寝不足のまま登校することになって、酷い顔色のまま教室に入って行った。

 白鷺さんは僕を見るなり、血相を変えて駆け寄ってくる。


「来たのね?」

「う、うん」

「そう、やっぱり」


 そう言うと、白鷺さんはなにか考えた後、僕のことをオカ研の部室まで引き摺って行った。


「昨日、あなたを見た時から嫌な気配はしていたの。まだ、理由はわからないわ。全部上手くやったと思ったのに、1週間もかかったのよ? あの子の恨みはそれほど強かった。それなのに、あぁ……どうかしていたわ私、相当に消耗していたのね。正常な判断ができなかった。やっぱりあの日、あなた達を呼ぶべきじゃなかったわ」


 白鷺さんはそう捲し立てると、僕の目を見据えて真剣な表情で言う。


「動物霊の祟りってのは凄まじいものなの。人間の怨念よりもよっぽど強力で、よっぽど根が深いわ」

「た、祟りって? なんで? 僕、祟られているの? どうして?」

「わからない」

「し、下田さん? 下田さんとなにか関係があるの?」

「あの子から、なにか聞いたの?」


 僕はあの日の帰りに下田さんから聞いたことを白鷺さんに説明する。

 白鷺さんは顎に手を当てながら僕の話を黙って聞き終えるとしばらく考え込んだ。


「とにかく。あなたに憑いているものは私がなんとかするから。あなたは絶対に夜の来訪者を招き入れては駄目よ」

「う、うん……」



 それから3日間、毎晩現れた猫の霊によって疲弊してきているのはわかっていた。

 なにか目に見えて霊障があるというわけではなかった。

 どこかが痛んだりするということもない。でも、鏡を見て僕はゾッとした。

 頬に猫が引掻いたような爪の跡がくっきりとあった。

 これだけハッキリと残っているのに、痛みがまるでないのが逆に恐ろしかった。

 服を脱ぐと全身に同じような傷跡がある。

 そこで僕はようやく思い出す。あの日、下田さんと一緒に白鷺さん家に行った日、白鷺さんの腕にも同じような傷跡があった。

 白鷺さんは、ちゃんと祓えなかったのだ。

 チャトランの霊をちゃんと祓うことができなかったから。あの日、白鷺さん家に行った僕にチャトランの霊が憑いてしまったんだ。


 今日は学校に行く気にはなれなかった。熱があると言って休むことにした。

 両親は共働きなので、僕は飼い犬の「うめ吉」と一緒にリビングのソファでうたた寝をしていた。

 うとうとし始めた頃にハッと気が付くと辺りは薄暗くなっていた。

 身体を起こそうとするけれど動かない。金縛りだ。

 壁にある掛け時計に目をやると、4時半だった。

 夜中のわけがない、それなのに部屋の中は妙に薄暗い。

 僕の足元には、うめ吉が丸くなっている。

 うめ吉が居るからまだ安心できる。それでもやはり怖いものは怖かった。

 またいつ、“やつ”がやって来るかわからない。このまま祓うことができなければ、僕はきっと憑り殺されてしまうかもしれない。そう思うと恐ろしくてしかたがなかった。

 すると、どこからともなく、あの鈴の音が聞こえてきた。


「チリン……チリン……」


 来た……。


 聞きたくないのだが、妙に神経が過敏になっているらしく、微かな音でも聞こえてしまう。目を瞑りたいけど、怖くてできない。


「ナ゛ァァァァァ……ナ゛ァァァァァ」


 あの声だ、どこだ? どこから聞こえてくるんだ?

 僕は鳴き声の聞こえてくる方角をなんとか探る。それは、外から聞こえているような気がした。

 いつの間にか、うめ吉が起きていて窓の外の庭を見つめて呻き声を上げていた。

 僕はなんとか目だけを動かして、うめ吉の視線の先を注視する。

 なにか、黒い塊がのそのそと庭を這っているように見えた。

 それが少しずつ窓に這い寄ってきて、前足を窓にかけようとする。


「ヴゥゥゥゥゥゥ……ワンっ! ワンっ!」


 うめ吉が吠えた瞬間、突如リビングのドアが勢いよく開け放たれた。


「見ないで! 見たら憑り殺されるわよっ!」


 駆け込んできた白鷺さんが僕の頭を胸に抱え込む。その瞬間、僕はなんだかとても安心して意識を失った。



 目を覚ますと僕は自分のベッドに横になっていた。

 傍らには、なにか小さな木箱を持った白鷺さんが立っていて、もう大丈夫だからと言った。

 白鷺さんの隣には母親が居て、お見舞いに来てくれたんだからお礼を言いなさいと僕に言っている。

 僕はそれをぼんやりとした頭でそれを聞いていて、いつの間にかまた眠りについていた。

 それから2日間、嘘から出た真でもないが僕は高熱が出て寝込んだ。

 3日目には熱が下がり、週が明けて月曜日。学校に行くと白鷺さんは休みだった。

 放課後、部室に行ったのだが下田さんは来なかった。


 それからまた3日後、突如飛び込んできたニュースに学校中が騒然となる。

 動画投稿サイトにアップされた、ある動画が原因でうちの学校の生徒が逮捕されたのだ。

 それは、動物が虐待されて殺される動画だった。

 全体的にモザイクがかかっており、ちゃんとは見えないけれども。小動物が痛めつけられて殺されるシーンが生々しく記録されている。

 音声だけはちゃんとアップされていて、動物の痛々しい悲鳴が耳に残って離れなかった。


 そう、その鳴き声は、あの声と一緒だった。



「ナ゛ァァァァァ……ナ゛ァァァァァ」




 金曜日になると、白鷺さんが登校してきた。


「おはよう、白鷺さん」

「おはよう、もう大丈夫そうね」

「うん、白鷺さんも」


 僕が微笑むと、白鷺さんも少しだけ口元に笑みを浮かべる。

 放課後、部室に行くと白鷺さんは今回の件のあらましを話してくれた。


「最初、あの子が私に話した内容は、なにかの動物霊に憑りつかれているってだけだったわ」

「え? 飼い猫が死んでいつまでも落ち込んでることを叱責したんじゃないの?」

「なによそれ、失礼ね。いくら私でもそんな無神経なことは言わないわ」


 そういう自覚はあったのか。


「おかしいと思ったの。あの子をオカ研に隠して、代わりに私に憑りつかせた霊。あれは、飼い主を心配して旅立てない霊と言うよりも。恐怖と憎悪に満ちた怨念だった。ハッキリ言って嵌められたって思ったわ」

「まさか、下田さんがそんなことをする子だったなんて」

「酷く荒れた家庭だったらしいわよ。あの子自身も、虐待を受けていたって話もあるし」


 白鷺さんは、下田さんの身代わりで動物霊の祟りを受けたことを酷く後悔したらしい。

 本当に死にかけたのだとか。呪いや祟りに強い体質の自分でも、今回ばかりは流石に死を覚悟したらしく、霊の方が根負けして去った時には安堵したらしい。


「だからあの日、僕のことを呼んだの?」

「なんの話かしら?」

「いやだから、僕の顔を……」

「なんの話かしらあっ!」


 白鷺さんにしては珍しく、すこし焦った表情をしているので僕はとても可笑しかった。


「そうそう、あの子。なんて言ったかしら? あなたの家の犬」

「うめ吉のこと?」

「変な名前ね。あの子がいなければ、あなた本当に危なかったかもしれないわ。なにか美味しい物でも食べさせてあげなさいな」

「そうだね」



 僕の家の庭に埋められた木製の小箱。その中には腐りかけた猫の頭が入っていたらしい。

 白鷺さんが、「あれは、ちゃんとした筋で処置したから心配するな」、と言うので僕はもう、それ以上なにも聞かないことにした。

 下田さんが、どうして僕の家の庭にそれを埋めたりしたのか。それを聞くことはもうできないだろう。

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