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放送室の声

 学校の七不思議。

 トイレの花子さんや、理科実験室の人体模型、二宮金次郎像に音楽室の肖像画など、全国津々浦々、どこの小中学校にも必ずある怪談話だ。それらも古き良き昭和の遺産である。

 そんな学校の七不思議はいくつかの共通する話があるけれど、全国規模で七つも揃えるのが難しいのか、それぞれの学校で一つ二つは必ずオリジナルストーリーがあったりするものだ。

 僕の通っている高校にも、ご多分に漏れずそんな七不思議のオリジナルが存在する。


「呪いのカセットテープって知ってる?」


 そう切り出してきたのは、一学年上で3年生の神楽先輩だった。

 僕は、中学の時には陸上部に所属していたのだが、高校に進学したらなんとなく文系の部活に入ろうかなって思っていた。

 とりあえず色々な部を見て回ろうと思っていたのだけど、一番最初に見学に来たこのオカルト研究部に、半ば強引に入部させられてしまった。

 その強引な勧誘を行ったのが、目の前で嬉々として怪談話をしている神楽先輩である。


「あー、1年の時になんか聞いたことありますよそれ。なんでしたっけ?」

「聞いたことあるのに、なんでしたっけ? って、あなた。それでもオカ研の部員なの? もう少し積極的に部活動をね」

「そうは言っても、週に2回使わせて貰えるこの視聴覚室も、ほとんどホラー映画を見るだけだし、なんだったら最早普通の映画を見るだけの時もありますよね?」


 僕の突っ込みに神楽先輩は苦い顔をすると、今度は僕の隣に居る白鷺さんに話を振った。


「白鷺さん、あなたは知ってる?」

「いいえ、聞いたことないですね」


 白鷺さんは、眉一つ動かさずに無表情のまま返事をする。

 彼女は僕と同じ2年生なのだが、先月転入してきたばかりなのでこの学校の七不思議なんて聞いたこともなくて当然だろう。

 他の幽霊部員達とは違って、毎回ちゃんと顔を出す白鷺さんだけど、特に自分から積極的に話題に入ってくるというわけでもなく、時間まで黙って皆、とは言っても僕と神楽先輩くらいしか居ないのだが、の話を聞いているだけなので、なんでこのオカルト研究部に入部したのかはよくわからない。


「呪いのテープはね、うちの学校に代々伝わる学校の七不思議なんだけど。放送室に呪いの声が入っているって言われているテープがあるのよ」

「へー、そうなんですね。ちなみに、今時カセットテープなんかが使われているんでしょうか?」

「ところがどっこい、あるのよそれが。学校ってのはいつでも金欠ってのが相場なのよ。新しい機材を入れる予算なんてないから、CDとカセットデッキを使ってるところがほとんど」


 そんなものなのか? と僕は神楽先輩に疑いの視線を送るのだが、白鷺さんはというと相変わらず興味があるのかないのか、よくわからない表情で先輩の話を聞いていた。


「その呪いのテープを聞けるのが、金曜日の20時44分なんだって」

「金曜日って今日じゃないですか?」


 僕の言葉に、先輩はニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 嫌な予感がしたのだが、先輩は僕の予想通りの返事をした。


「そうよ。だからこのまま学校に残って、呪いのテープが本当にあるのかどうか、私達で探してみない?」



 草木も眠る丑三つ時、ってほど深い時間ではないけれど。20時を回った夜の校舎内は、日中の喧騒を忘れるかのように、しんと静まり返っていた。

 先生達が帰宅するまでの間、僕達は部室として使っている倉庫内に潜んでいた。

 部室の鍵は閉めずに鍵を職員室に返して、下校する振りをしてもう一度部室に戻り中から鍵を閉める。先生達が全員帰宅するまでの数時間はかなり長く感じたけれど、特に見回りが来ると言うこともなく今に至った。


「案外簡単に潜入できましたね」

「この学校のセキュリティがこんなにザルだとは思わなかったわ」


 先輩は呆れ顔でそう言いながらも、楽しそうに真っ暗な廊下を進んでいく。

 一応、懐中電灯も持っていたけど、当直の用務員に見つかる可能性があるので止めておいた。

 電気の点いていない廊下は真っ暗ではあるが、潜んでいる間に目も暗闇に慣れていたし、毎日通っている校舎だ。多少視界は悪くても迷ってしまうなんてことはなかった。


「まずは職員室に行って放送室の鍵を取ってこないとね」

「て言うか、職員室の鍵が閉まってたらどうするんですか?」

「そ、それは……考えてなかったわ」


 僕の突っ込みにまさかの返答をする先輩。

 呆れ顔で先輩のことを見つめていると、白鷺さんがぽつりと呟く。


「大丈夫だと思う。昼に職員室の鍵が壊れているって先生が話しているのを聞いたから」


 なんともタイミングの良いことだと思うのだが、無駄足にならずに済みそうなので良かった。

 職員室に着くと、白鷺さんの言う通りドアに鍵は掛かっていなかった。

 中に入ると、壁に掛かっている各教室の鍵の中から放送室の鍵を取った。

 あまりモタモタしていると、20時44分を過ぎてしまうので少し急いで放送室へ向かった。


 第一校舎の二階の角にある放送室。中に入ると黴臭い籠った空気が鼻をついた。

 防音室には窓がない為、室内の電気を点けると早速カセットテープを探すことにする。

 それにしてもなぜこの学校は、こんな校庭とは反対側の角の教室を放送室にしたのだろうか。運動会や学校行事の時に、校庭を見下ろせる場所にあったほうが、勝手が良いと思うのだが謎だ。

 そんなことを思っていると数分もしない内に神楽先輩が、CDラックの一番下にある棚のダンボール箱の中に、数十本のカセットテープを発見した。


「で、どうやってその呪いのテープを見つけるんですか?」

「探す必要なんてないのよ」

「え? どういうことですか?」


 先輩の説明によると、カセットテープ自体はなんでもいいらしく、20時44分丁度に放送室で再生すると、生徒の苦しそうな声が流れると言う。


「なんでも、苛めを苦にしてこの放送室で自殺した女生徒が、死ぬ前に録音していた声が流れるらしいのよ」

「ありがちな話ですね」


 僕はダンボールの中から適当なカセットテープを手に取ると背面のラベルを見た。

 

 ・運動会 

 ・道化師のギャロップ

 ・剣の舞

 ・天国と地獄

 ・ウィリアムテル序曲


 等と書かれている。


 たぶん運動会のBGM用のテープだろう。


 そうこうしている内に、時刻になろうとしていた。

 先輩はカセットデッキにテープを入れると、再生ボタンの上に人差し指を置いて腕時計に目を落とす。

 僕も放送室にある時計に目をやり、秒針が12時の所に差し掛かった瞬間。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」


 突然、放送室内に悲鳴が響いた。


 驚いて振り返ると、神楽先輩がしゃがみ込み両手で耳を塞いで震えている。

 白鷺さんが駆け寄って肩に触れると、先輩はビクリと震えて顔を上げた。

 青ざめた表情で僕と白鷺さんを一瞥すると、先輩は唇を震わせながら言った。


「あ、あなた達、聞こえなかったの?」

「なにがですか?」

「本当に何も聞こえなかったの!?」


 先輩は語気を強めながら聞いてくる。

 僕と白鷺さんは、なにか聞こえたか? と互いの顔を見るのだが、先輩は僕達がふざけているのではないかと怒りはじめた。


「聞こえなかったわけがないでしょう! あんなに大きな声だったのに!」

「声? 誰の声ですか? 先輩、再生ボタンも押していないじゃなですか? それなのに声が聞こえたんですか?」


 先輩はカセットデッキの再生ボタンは押していなかった。

 つまり、時間丁度にカセットテープを再生することはできなかったということだ。呪いのテープの条件を満たせていないので、生徒の声はおろか、テープの内容が再生されるわけもない。

 僕も白鷺さんも声を出していないし、実際に僕は何も聞いていない。

 しかし先輩のこの怯えようは、後輩を脅かそうと嘘を吐いているようには思えなかった。

 とにかくここには居たくないと、半狂乱状態で先輩が言うので帰ることにした。


 最寄りの電車の駅までの間も、先輩は黙り込んだままで青白い表情をしていた。

 少し心配だったけれど、もう一人でも大丈夫と言うので、僕達は改札で先輩を見送ると駅を後にする。


 自転車を引きながら、夜道を白鷺さんと二人で歩く。

 親には部活で遅くなると連絡しておいたとはいえ、22時を過ぎようとしていたので怒られるだろうななんて思っていると、白鷺さんがぽつりと呟いた。


「実はね、私にも聞こえていたのよ」

「え? 本当に?」

「ええ、神楽先輩があまりにも怖がるから、聞こえなかったふりをしていたの」

「僕にはなにも聞こえなかったんだけど、なんて聞こえたの? やっぱり、女生徒の声?」


 僕が尋ねると白鷺さんは、少し間を置いてからゆっくりと答える。


「いいえ、男の人の声だったわ」


 そう言うと、立ち止まる白鷺さん。

 僕も同じように立ち止まると、黙って白鷺さんを見つめる。

 白鷺さんは、僕のことを見据えると大きく溜息を吐いて言った。


「絶対に見つけてやる……って」




 土日が明けると神楽先輩は普通に登校してきた。

 少しやつれているようにも見えたが、もう大丈夫だと言っている。

 放課後、僕達は週に二度使わせてもらえる視聴覚室に集まると、あの日あった出来事をもう一度整理してみようということになった。



「大丈夫ですか先輩?」

「しつこいわね、もう大丈夫よ。オカ研の部長が心霊現象を怖がっていたら身も蓋もないじゃない」


 そうは言いながらも少し顔が強張っているように見えるのだが、あまりしつこいと怒り出しそうなのでやめておいた。

 5分ほどすると白鷺さんもやってきて、これであの日のメンバーが揃った。


「皆揃ったわね。それじゃあ、あの日あったことをもう一度整理しましょうか」

「整理もなにも、誰かの声が聞こえたのは先輩だけなんですが」

「いいえ、実を言うと私にも聞こえていたわ」


 白鷺さんの言葉に僕はぎょっとする。

 先輩を怖がらせない様にあの日は聞こえなかったと嘘を吐いたのに、どうして今それを言ってしまうのか。先輩も驚いた表情で白鷺さんのことを見つめていた。


「そ、そう。白鷺さん、あなたにも聞こえていたのね。どうして黙っていたの?」

「すみません。怖くて本当のことを言いだせなかったんです」


 白鷺さんは涼しい顔でそう言い放つので、とても怖がっているようには見えない。


「じゃあ、なんて聞こえたか教えてくれる?」

「はい。男の人の声で、絶対に見つけてやる……と」


 その言葉に神楽先輩の顔が青褪める。なんだかんだ言ってやはり怖いのだろう。

 僕には聞こえなかったので、一体どんな声でそんな言葉が聞こえてきたのかはわからないが、相当に恐ろしい声だったのだろう。

 僕は先輩の顔色を窺いながら恐る恐る口を開いた。


「なにを探してるんでしょうか?」

「決まっているわ。自分のことを苛めた生徒達のことよ」

「まあ、そうでしょうけど。だったら、見つけてやるよりも。許さないとか、復讐してやるとかの方がしっくりくると思うんですけど?」

「そんな恨み辛みを含んだ言葉だってことでしょ。卒業しても必ず見つけだして恨みを晴らしてやる。逃がさないぞ。って言う決意染みたものを私は感じるわ」


 先輩が呆れ気味に首を振りながら言うのだが、僕はなんだか腑に落ちなかったので白鷺さんに振ってみた。


「白鷺さんはどう思う?」

「そうねえ……」


 白鷺さんは顎に手を当てて目を瞑ると暫く考え込む。

 僕と神楽先輩はそれを黙って見つめているのだが、白鷺さんは、「ふう……」と小さく息を吐くと、徐に話し始めた。


「まず、この学校に伝わる呪いのテープの怪談。これの出所が気になるところです。どんな怪談にも、必ずルーツと言う物があるはずです。そもそも、先輩と私が聞いた謎の声、あれが果たして、呪いのテープとなにか関係があるものなのか、それともまったく関係のないものなのかもわかりません」


 確かに白鷺さんの言う通りだ。

 僕達は、呪いのテープの話と謎の男の声を、勝手に関係のあるもののように考えていたが、そもそも先輩は再生ボタンすら押していないので、僕らはテープ音声を聞いていないのだ。

 白鷺さんの説明に先輩も腕組をしながら考え込んでいる。


「つまり白鷺さん。あなたは、あの声と呪いのテープにはなんら関連性はない、まったく別の怪現象と考えているっていうこと?」

「いいえ先輩、それはまだわかりません。呪いのテープの話は、女生徒の声が聞こえてくるというもので、その生徒がなんて言っているのかまではわかりません。それに、怪談話なんて年月が経つにつれて間違って伝わるものです。もしかしたら、最初は男子生徒の声だった可能性もあります」


 白鷺さんの分析は至って的を射ている。ただこれ以上は、どんなに話していても答えの出るようなものでもなかった。

 半ば行き詰った状態のところで、僕達が言い出せずにいることを白鷺さんが言い放った。


「今度の金曜日に、また放送室に行ってみませんか?」


 先週の金曜日と同じ要領で放送室に忍び込むと僕らは20時44分になるのを待つ。


「先輩、本当に大丈夫ですか?」


 先輩は首を何度も縦に振るのだが、僕に身を寄せてワイシャツの裾を掴んで離さない。

 それを見て白鷺さんも先輩とは反対の僕の方へ身を寄せてくる。

 僕は白鷺さんと先輩に挟まれて別の意味で緊張していた。


「私が再生ボタンを押すので、先輩は見ていてください」


 白鷺さんがそう言うと、神楽先輩は少しホッとした表情になり、僕のシャツを掴む手の震えも少し和らいだような気がした。

 そして20時44分になろうとしたその時、スピーカーから大音量で歌が流れ始める。

 適当に取ったカセットテープに入っていた曲だ。スピーカーから流れる、爆風スランプの「ランナー」を聞きながら僕は、おそらく運動会の徒競走かなにかの時に流していたものだろうなんて思っていると。



『ゼッタイニ! オレジャナイッ!』



 聞こえた。

 確かに聞こえた



 スピーカーから聞こえてくるのとは別の声。それは確かに男の人の声だった。

 その声は、怒鳴り声だった。恨みというよりも怒声に近い、そんな声がまるで自分の耳元で発せられたかのように聞こえてきたので、一瞬頭がキーンとなり僕は両手で耳を押さえた。

 先輩はその場にしゃがみ込んで震えている。

 白鷺さんは、冷静にカセットデッキの停止ボタンを押すと僕達の方へ振り返った。そして何かを言おうとした瞬間。


「おまえら! なにをやっているんだっ!」


 突然、放送室の後方のドアが開くと、当直勤務の用務員のおじさんが怒鳴り込んできたのだった。




「まったく、まあ昔はこうやって夜中に校舎に忍び込んで肝試しをする生徒はいたもんだが、最近では珍しいぞ」


 呆れ気味にそう言うと、お茶を啜る用務員のおじさん。

 僕達は用務員室の畳の上で正座をしながら横一列になっている。


「で、一体あんなところでなにをしていたんだ?」

「その……、学校の七不思議の一つにある。呪いのテープの真相を知りたくて……」


 神楽先輩が説明すると、おじさんはしかめっ面になり、黙って湯呑の中に視線を落とした。

 それを見て白鷺さんが問いかける。


「なにか、知っているのですか?」

「なにも知らん! いいか、もう二度と忍び込もうなんてするんじゃないぞ、今度やったら体育の村田先生に言いつけるぞ! わかったな!」


 体育教師に言いつけるというところが、いかにも昭和な考え方である。

 今はもう平成だ、体罰問題にもなるから鉄拳制裁なんてものはほぼ絶滅している2000年だぞ。それから10分程説教されると僕達は解放された。


 帰り道、神楽先輩が弱り切った様子で僕達のことを見ながら言ってきた。


「ごめんなさい。私が呪いのテープの真相を暴こうなんて言い出さなければこんなことには……」

「何言ってるんですか先輩。僕は楽しかったですよ。なんだかちゃんと部活動をしてるなあって気分にもなりましたし」

「夜中に学校に忍び込む部活なんてないわよ」


 笑いながら先輩は言うのだが、本当に落ち込んでいるようだった。

 無理もない、用務員のおじさんに見つかったこともそうだけど。やっぱり、あの恐ろしい声が再び聞こえてしまったことが原因だろう。

 なにも実害がないとはいえ、やはり気持ちのいいものではない。原因を解明しないことには、このまま気分が晴れることはないかもしれない。

 白鷺さんはどうなのだろうか? こんな状況でも、怯えるでもなく常に冷静に見える。

 ふと、視線を白鷺さんの方へ移すと、相変わらず何かを考え込んでいるように見えた。


「白鷺さん? なにか気になることでもあるの?」

「うん? そうね……。うちの放送室って、どうしてあんな場所にあるのかしら?」

「そう言えば、僕も気になってたんだよね。なんでだろう? 先輩は知ってますか?」

「んーん、知らない。気にしたこともなかったわ」



 次の日、その答えは意外な所で知ることになった。

 早朝、僕はいつもの様に犬の散歩に出かけると、隣に住む野村のお兄ちゃんと会った。

 野村のお兄ちゃんは僕よりも10個年上で、高校のOBでもある。

 僕が小学生の時、大学生だったお兄ちゃんは、よくゲームを貸してくれたりお菓子を奢ってくれたりした。


「久しぶり、デカくなったな」

「お兄ちゃん、久しぶりだね。一人暮らし始めたんじゃなかったの?」

「たまには親に顔を見せに来いって煩くてさ。昨日から帰ってるけど、おまえなんか昨日は帰りが遅かったから、部活かなにかか?」


 僕はお兄ちゃんに、昨日あったことを説明する。

 するとお兄ちゃんは、笑った後に真剣な顔になって、「あまりいい話ではないけど」と前置きをした上で話し始めた。


 今から12年前、1988年に、放送室でとある男子生徒が亡くなるという事故があったらしい。

 自殺だということだった。


 当初は虐めが原因かと思われたが、当時の警察の捜査の結果、あるテープを紛失したことが切っ掛けだったらしい。

 全国高校放送コンテスト用に放送部の皆で作ったテープ。それをその生徒は紛失してしまったらしい。

 顧問の先生に酷く叱責され、仲間達にも責められて、それを苦にして自殺したのではないかと言う。

 遺書のようなものは残っていなかった為、真相は闇の中だが、状況的に間違いないだろうと言うことだった。


「それから放送室だった場所は閉鎖されて、第二視聴覚室だった場所が放送室になったんだよ」

「そっか、それでうちの学校は変な場所に放送室があるんだね」

「いやあ、それにしてもまさかあの事件が学校の七不思議の一つになっているなんて、時代の流れを感じるなぁ」


 お兄ちゃんは笑いながらそう言うのだが、なんだかとても悲しそうな顔をしているように僕には思えた。

 僕はすぐにでもお兄ちゃんから聞いた内容を神楽先輩と白鷺さんに教えたかったのだが、PHSも持っていないし、家電の番号も知らないので結局週明けまでお預けを喰らうことになった。


 月曜日になると、僕はすぐにこのことを先輩達に報告した。


「まさか、そんな事件がこの学校にあったなんて知らなかったわ」

「まあ、当時はそんなに騒がれなくてニュースにもならなかったらしいですよ」


 僕がそう言うと、白鷺さんが徐に口を挟んできた。


「1988年と言えばリクルート事件のあった年ね。戦後最大の贈収賄事件にマスコミも浮き足立っていたから、たった一人の高校生の自殺なんて目にもくれなかったのでしょう」


 リクルート事件。聞いたことはあるが、どんな事件かはよく知らない。白鷺さんは中々に博識なようである。


「とりあえず。呪いのテープのルーツはわかったわね! つまり、あの声の男子生徒はそのテープを探しているということよ!」


 神楽先輩が腰に手を当てながら胸を張る。その真相を突き止めたのは僕なんだけどね。

 すると白鷺さんが、僕達のことを見つめながらポツリと零した。


「あぁ、それならもう当てはついてます」



 放課後、僕達は用務員室へと向かった。


 用務員室の扉を開けると、おじさんがなにか雑務を片付けている所で、振り返って僕達を一瞥するなり怪訝そうな顔をした。


「なんだお前達か。今度はどうした?」


 その問いに応えたのは白鷺さんだった。


「今日は、お話を伺いに参りました」

「話? なんの話だ? おまえ達に聞かせるような怪談話は、わしは持っておらんぞ」

「いいえ、怪談話ではなくて。今から12年前。1988年に起こった事件についてです」


 白鷺さんの言葉に反応するように、おじさんの眉根がピクリと動いた。


 お茶を出されると、僕達はちゃぶ台の前に並んで正座をする。その正面におじさんは胡坐をかいた。

 おじさんは暫く湯呑を見つめると、ゆっくりとお茶を啜って話し始めた。


「本当にすまないことをしたと思っている」


 徐にそう言うと、おじさんは右手の親指と人差し指で目頭を押さえる。


「まさかゴミ箱の中に、棚から落ちたコンテスト用のテープが入っているなんて思いもしなかったんだよ」

「まさか、捨てたんですか?」

「あぁ……焼却炉で燃やしてしまった」


 今では学校でゴミを焼却処理することはなくなったけど、昔は学校で出た可燃ゴミは学校内の焼却炉で燃やしていたのだ。

 おじさんは申し訳なさそうに項垂れている。

 それを見て先輩が口を開いた。


「どうして黙っていたんですか?」


 その問いかけに、おじさんは黙ったままだ。

 答えられるわけがない。誰だってそうだろう。自分の所為で人が死んでしまったのだ。今更なにを言ったところで言い訳にもならない。もっと早く自分がやったと名乗り出ていれば、男子生徒は死なずに済んだのだ。


「おじさんのやったことは最低な事です。直接、彼を殺したわけではないのかもしれないけれど、これはおじさんが殺したのと一緒ですよっ!」


 涙目になり声を荒げながら先輩が言う。

 僕らがおじさんを責めるのはお門違いかもしれない。でも真相を知ってしまった今、責めずにはいられない先輩の気持ちは痛いほどわかった。

 おじさんは言い訳をするでもなく、ただ黙って項垂れていた。

 居た堪れない空気の中、暫くの沈黙のあと白鷺さんが口を開いた。


「ここは……この用務員室は、元放送室ですね?」

「あぁ……よくわかったね」

「ここは校舎の中央にあり校庭に面していて下がよく見えます」

「ここからだと君ら生徒達の姿がよく見えるんだ……」


 そう言って、おじさんは哀しそうな目をした。


「このことを誰かに話すのかね?」

「いいえ、そのつもりはありません」


 僕達の気持ちを代表して神楽先輩がそう答える。

 おじさんがこの用務員室を使い続けているのは、きっと贖罪の意味もあるのだろう。

 そうやってずっと罪を背負いながら、おじさんはこの学校で用務員として働き続けているのだ。


 やりきれない気持ちのまま僕達は用務員室を後にした。



 帰り道で、僕は疑問に思っていたことを白鷺さんにぶつけてみた。


「どうして、おじさんが真相を知っているって思ったの?」

「そうそう、私も気になってたのよ白鷺さん」


 僕と神楽先輩が詰め寄ると、白鷺さんはいつもの様に無表情なまま冷静に答える。


「あてずっぽうですよ。こないだ見つかった時に、呪いのテープの話をしたら少し戸惑ったような表情をしていたので」

「えー、そんなことでえ? 本当はもっとなにか確信めいたなにかがあるんじゃないの?」


 食い下がる先輩に、白鷺さん顎に手を当てて考え込むと答えた。


「強いて言うのであれば。先輩には聞こえなかった声が、私には少しだけ聞こえたというとこでしょうか」

「え? どういうこと白鷺さん? あなた、違う声も聞こえてたの?」


 白鷺さんは意味深な笑みを浮かべると、それ以上は何も答えなかった。

 でも僕は知っている。きっと僕に聞こえた声は、白鷺さんにも聞こえていたのだろう。あの男子生徒が探していたのはテープではなかったことを、探していたのはきっと……。



 それ以降、僕達は再び男子生徒の声を聞くのを試すことはしなかった。

 あれ以来、用務員のおじさんの姿は見ていない。一度だけ先生に聞いてみたけど、退職したというだけだった。

 呪いのテープの怪談は、この学校の七不思議の一つとして今でも残っているらしい。

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