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口にすることが叶わなかった言葉
「あの日・・・・・
大勢の人で溢れかえった駅のホームで
子どもをおぶった私は揉みくちゃになりながらも
バンザイバンザイの大勢の声が響くその中を
汽車の発車のベルに急き立てられながら
夫の元に駆け寄って・・・。」
「そんなことをしたら・・・・・
後で周りに何を言われるかわかっていたけれども
それでももう そんなのどうにでもなれって
夫に強く抱きついて そして・・・。」
「夫の眼を真っ直ぐに見据えて・・・・・
『お国の お国の為なんかで死んだりしないで
私と子どもの為に必ず 必ず生きて帰って来て』
私の涙に弱い夫にそう言いたかったんだけれども
でもねえ あの当時はとてもじゃないけれど
そんなことは出来やしないご時世で・・・。」
あの方の あの時の無念そうな顔を
僕は今でも時折り思いだす。