家なる呪い
「そうなの……? でも彼、高校生よね……?」
「はい。真木くんはあんまりそういこと、得意ではなくて」
乃木さんは「なるほどね……」と、それ以上追求することなく口を閉じた。改めて応接室のまわりを見渡し、もう帰っていいか切り出そうか悩んでいると、何人かの足音がこちらに向かってくる音がして、バンッと扉が開かれた。
「大変です! 東条が逃した沖田、捕まりました!」
「今行きます!」
東条さんは、音を立てて椅子から立ち上がると、足早に部屋を後にしようとする。しかしすぐに乃木さんに、「貴方はその子達を見送って」と命じ、部屋を出ていった。さっき、外にいる刑事さんは「沖田」と言った……?
「じゃあ、署の出口まで送って――送りますので、こちらどうぞ」
東条さんが嫌そうに私たちを廊下へ出るよう促した。真木くんは今日情緒が安定しないし、早めに帰ろうと彼を気遣いながら廊下に出た。すると、「暴れるな!」「押さえろ!」と、騒動が起きたような声とともに、ばたばたと人が駆けてきた。
こちらに走ってくるのは、どこか見覚えのある男の人だった。もしかして昨日真木くんとぶつかって、舌打ちをした人かもしれない。今日は昨日と違う作業着姿で、背中に工場かなにかの名前が書かれている。男の人は逃げようとして、一直線にこちらに走ってきて――すぐに警察官の人たちに取り押さえられてしまった。
「離せっ、俺はなにもしてねえって言ってんだろ!」
「じゃあ何でお前三回も逃げてるんだよ。職務質問で逃げるってことはなんかやってるよなぁ? 何もしてないやつはなぁ、警官突き飛ばして逃げたりしねえんだよ!」
そう言って押さえつける警察官に、男の人は「どけよ!」と怒鳴り、反抗している。抵抗する男の人の作業着の下には、今日真木くんが着ていたのと同じような、真っ黒いパーカーが見えた。もしかして、真木くんはこの人と間違えられて逮捕されたのでは……?
「兄貴!?」
観察するのもつかの間、私は警察署の出入り口に立つ人影に唖然とした。そこには、制服姿で顔面蒼白にした沖田くんがいたのだ。彼が「何してるんだよ」と怒鳴ると、男の人は先程まで抵抗していた力を緩めたように見えた。すると警察官の人たちは男の人を取り押さえてしまった。そのまま彼が連行される一方で、沖田くんは目を見開き、私もどうしていいか分からず動きを止める。真木くんは、ぼーっと床を見ていたかと思えば、「めーちゃんのおかあさん、こんにちは」と、場違いなほどのんびりした声で手を上げた。
「芽依菜、真木くん……え、いったいどうしたの?」
「園村警部?」
お母さんが廊下の先からやってきて、東条さんが私とお母さんを見比べる。「母です」と私は伝えた後、お母さんに近寄った。
「実は、真木くんが間違えて逮捕されちゃって……」
「真木くんが?」
お母さんは怪訝な顔で真木くんを見た後、東条さんに「何があったの?」と問いかける。東条さんが「自分が、間違えて署に連行してしまい……申し訳ございません」と頭を下げた。
「事情は後から聞くけど……、えっと、あの子は芽依菜の知り合い?」
「沖田くん、同じクラスの……文化祭委員一緒にするって言ってた……」
「ああ、容疑者の弟が……」
私が沖田くんについて説明すると、お母さんはそう呟いて、彼へと近付いていく。
「ごめんなさい。お兄さんには今捜査中の事件の話が聞きたくて、しばらく署にいてもらうことになると思う。お兄さん以外の大人のひとの連絡先は分かる?」
「じいちゃんと、ばぁちゃん……でも、新幹線で来なきゃいけないから、迎えには……」
「分かった。とりあえず、君の帰宅には責任をもつから、こっちに来てもらってもいい?」
「はい……」
沖田くんはがっくりと肩を落としながら、お母さんについていく。お母さんは東条さんに、「二人を家まで送り届けてもらえる?」とお願いして、沖田くんを伴い署の奥へと歩いていった。
「では、パトカーで家まで送るので……」
東条さんが、バツが悪そうにこちらへ振り返る。そうして私たちは、警察署から家へと帰ることになったのだった。
◆◆◆
「今日は大変だったね真木くん……」
あれから、私たちは家の前まで送ってもらって、いつもより三時間ほど遅れて帰ってきた。いつもは暗闇が嫌いな真木くんの為、暗くなる前に帰るようにしているけれど、もう空はすっかり群青色に染まっている。頼りなさげな外灯と、ぽつりぽつり点いている住宅街の光だけが、物の輪郭をはっきりさせていた。
「うん。手錠やられたとこ、いたい……」
真木くんはさっきからずっと腕をさすっている。後で保冷剤とかで冷やして、クリームも塗っておかないと。あと、治った後は掻いたりしないよう、包帯を巻いたほうが……。あれこれ真木くんの手当てに就いて考えていると、彼は「めーちゃん」と、甘えるみたいに名前を呼んできた。




