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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
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未来への嫉妬

「俺、昔びっくりするくらいヤンキーでさ、あー……今もしかしてヤンキーって死語か? 不良でさ。そんな時に姉貴がバイクとかで暴れるくらいなら、絵でも描いてろって俺のこと更正させてくれて。姉貴のことかっけえなぁって教師になったんだよ。姉貴、委員長の標本みたいなタイプでさぁ。ま、今は俺の方が絵上手いけどな」


 わはは! とだいちゃん先生は豪快に笑った。かと思いきや、「そういやお前兄弟いたなぁ……あれ、いなかったか?」と沖田くんの肩を叩いた。


「弟たちが……」


「どうだ? 元気か?」


「まぁ……そこそこですかね……」


「そーかそーか。兄弟大事にしなきゃ駄目だぞ? ちゃんと、お兄さんのことも」


 だいちゃん先生が付け足すと、沖田くんが「はい……」と複雑そうに返事をした。先生はそのまま、「水汲んでくるわ!」と教室を後にする。なんとなく、さっきの電話を聞いたこともあって、沖田くんとは気まずい。


 かといって真木くんだけに話しかけるのも仲間外れみたいだ。それに、真木くんは先生の絵をじっと見ていて、邪魔をするのも申し訳ない。私は結局、無難な話題を沖田くんに持ちかけた。


「ぶ、文化祭……楽しみだね」


「おう。俺、一番文化祭好きだわ」


 どうやら、大丈夫な話題だったらしい。沖田くんは表情を和らげた。


「つうか、この高校入ったのも、文化祭見ていいなって思ってたからでさ。三回くらい来たことあって、お化け屋敷とか、遊園地とかの本格的なやつより、文化祭の手作り感があるほうが好きで」


 お化け屋敷は、真木くんが嫌うから行ったことがない。真木くんは暗闇が苦手で、特に閉所と暗闇の組み合わせは最悪だ。お化け屋敷は、前を通るだけでも身体を強ばらせているくらいだった。だから中学のころも、高校の時も、お化け屋敷をしているクラスの前は通らないようにしていた。


 でも、行ったことはないまでも、なんとなく遊園地と高校の文化祭のお化け屋敷が違うことも分かる。


「あと……あれ、文化祭終わるとさ、最後に風船飛ばすじゃん。ぶわって。それが好きでさ」


 沖田くんの言う通り、高校の文化祭では最後にみんなで風船を飛ばす、バルーンリリースのイベントがある。生徒会主催で、文化祭の終わりを示すとともに、それまで準備をしていた生徒たちへのねぎらいの意味もあるらしい。沖田くんは目を輝かせながら、青空の広がる窓へと目を向けた。


「もし、文化祭を開く側で、この景色見れたらどう思うんだろう……って思ってて、去年も文化祭委員やってすげぇ良くてさ、だから今年も文化祭委員に立候補してさ」


「そうだったんだ……」


 文化祭は、楽しい行事だと思う。中学校の頃、色々行事があったけど、思い出すのは文化祭だ。でも、ここまで文化祭に思い入れを持つ人がいるなんて考えもしなかった。成功させたいな……と思う。なんだか、文化祭委員になってしまって嫌だなぁと感じたのが、申し訳ないくらいだ。


「私、頑張るね」


「おう、がんばろうぜ園村」


 沖田くんがガッツポーズをしながら笑った。すると、それまでじっとだいちゃん先生の絵を見ていた真木くんが沖田くんに顔を向ける。


「沖田……」


「ん? 真木どうした?」


「俺も頑張る……だから、俺からあんまめーちゃん取んないで……」


 ぎゅう、と真木くんが私の裾を握りしめた。沖田くんは「なんか、真木って園村の弟みたいだよな」と笑っているけれど、どことなく真木くんの様子に違和感を覚える。


「文化祭の話……して……」


「はは! 乗り気だな真木! じゃあ、俺らの出し物について考えますかぁ!」


「ん」


 真木くんは先生の絵から離れて、私と沖田くんのそばに立つ。長い前髪をたらしているからその表情は見えないけれど、これまでの経験上、どうにも真木くんが文化祭に乗り気なようには思えなかった。


◆◆◆


「あー終わった……。めーちゃんお疲れ様」


「うん、お疲れさま、真木くん」


 放課後の公園で、二人並んでベンチに座る。真木くんが地面に向かって伸びをしながら、ふぅ、と一息ついた。俯く真木くんは肩にかかる髪の長さも相まって、女の子に見える時もある。彼は髪の長さにこだわりがあるようで、もうかれこれ五、六年はこの髪型だ。


 私は真木くんのふわふわした猫っ毛に触れながら、赤くなっていく夕焼けを眺める。


 朝にした文化祭の打ち合わせの結果、明日の朝、内装係や衣装作成のリーダー決めをすることになった。今朝でも良かったけれど、人身事故があったことであまり人が集まらず、放課後もすぐに委員会があって出来なかった。


 そうして文化祭委員会も終え、私たちは公園で休憩している。


 バスの乗り換えの中継地点であるこの公園は、私と真木くんの家から学校までの中間地点でもある。そして天気のいい日の帰り道はここのベンチに座り、適当な話をしてから帰るのが習慣だ。


 大抵第一声は、お疲れさま。さっきまで一緒に歩いていたけれど、なんとなく染み着いた癖のようなもので真木くんもつい言ってしまうし、私もつい言ってしまう。


「今日も一日だるかった……」


「あ、真木くん。委員会も一緒に来てくれてありがとうね」


「んーん。気にしないで……」


 はじめ、真木くんを文化祭委員会に連れて行っていいのかな……? と不安に思っていたけれど、委員会にはボランティアスタッフという枠があるらしく、彼の存在は受け入れられていた。文化祭委員の友達を手伝いに行く、なんてことも多いみたいだったし、本当に良かった。ただ、失敗をしないか警戒はされていたけど……。


 それにしても、今日は大変だったなぁと伸びをしていると、真木くんがぼそりと「沖田」とつぶやく。



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