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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
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戻らない過去

「え……」


「生徒が文化祭で案出し合ってんのに、担任の俺がのこのこ絵描いてちゃ駄目だろ。ほら、先生が黒板に書いてってやっから」


 先生は黒板にチョークを立てた。私は慌てて昨日調べていたページと、メモ帳のアプリを開く。昨日は途中で寝てしまっていて、どこまで書いたか記憶がない。おそるおそる確認すると、想像よりずっと案出しが終わっていた。


「赤ずきんで、ぶどうジュースとか、桃太郎できびだんご……ヘンゼルとグレーテルで、パンとか、アリスだとティーパーティーのメニューがあると思って、食べ物の出る童話を選んでいったらいいと思うんですけど……」


「たしかに! 一寸法師やかぐや姫は皆が思いつくこれってもの、無いもんな。俺も不思議のアリス良いと思う。女子好きだし。それにほら、昨日見つけてきたんだけど……」


 沖田くんがポケットからスマホを取り出して、何やら打ち込み始めた。そうして差し出されたスマホの画面には、アリスをモチーフにしたゲームのコラボカフェの内装が映っている。


「やっぱり、色んな童話とかにするより、そろえたほうが良いのかなー……」


「世界観はまとめたほうがいいかもしれないな」


 だいちゃん先生もスマホを覗き込んで考え込む。真木くんも「うぅ〜ん」と考え込んだ様子だ。沖田くんはスマホを操作しながら、他の画像もスライドしていく。


「皆童話カフェって決まった時、結構適当な感じだったし、結構多数決なくノリだったじゃん? だから、ガツン! って結構具体的なテーマにしたほうが良いと思うんだよな」


「そうだね、内装の費用とかもあるし、去年劇だったけど、衣装にお金かかるモチーフだと、喫茶店の食べ物代までお金回らなくなっちゃうし……」


 確かに、去年劇をした時、文化祭委員の子が衣装代までお金が回らない! と困っていた記憶がある。劇で使っていただろう大道具や小道具、背景の予算が内装費にあたるとして、切り詰めていかないといけない。いっそモチーフを一つにしてしまえば、内装の布とかと衣装の布を共用に出来たりするだろう。


「じゃあ、皆には、童話喫茶のメインテーマとして不思議の国のアリスカフェを提案するとして、決めなきゃいけないのは調理と、売り子と、内装、衣装係だよね」


「でも、調達は会計担当の委員の役割だから、買い出しは俺らで、皆には作成を中心にやってもらったほうがいいかも。去年買い出ししたきり帰ってこない奴ら出なかった?」


「あー……」


 去年、私のクラスではサッカー部の男子がペンキを買いに行って、そのまま帰ってこず作業が中断……なんてことになった。結局男子たちは「次の日持っていけばいいと思って」と言って、サッカー部の男子とクラスの女子が少しギスギスした記憶がある。「こっちで買ったほうがいいね」と返して、ふと隣にいた真木くんが、だいちゃん先生の絵をじっと眺めていることに気づいた。


 先生も、自分の横からひょっこり顔を出している真木くんに気づいたらしく、「なんだぁ真木ぃ〜絵に興味があるのか?」と、やや照れくさそうに笑った。


「先生の絵、初めて見る……」


「そうかぁ? 俺結構お前らに見せてると思うんだけどなぁ。まぁ、真木は授業中寝てることも多いからな。ははは! どうだ、キラキラして見えるだろう? 絵が上手いとなぁ、こうして絵がキラキラするんだ」


 パネルにはすごく細密な鉛筆画が描かれていた。題材は、現代版モナリザ……だろうか? 50センチほどの正方形のパネルの中央には、清楚な雰囲気の女性が描かれている。


 やや長めの黒髪で、鉛筆で描いているはずなのに実物を見ているように艶めいて、瞳も、まるで生きているみたいだ。もう十分これで完成に思えるけど、背景の部分はうっすらと色が塗っている。そこには綺麗な花々や、楽しそうな人々が描かれていて、楽しそうで明るい、パステルカラーのアクリル画だ。


 でも、朝日を受けて絵自体が輝いている。どうやって描いたのか不思議だ。


「上手い人の絵は、輝きも描けるんですね……」


 私の言葉に、だいちゃん先生が「あっははは!」と吹き出した。戸惑えば「いや、いくら絵が上手くても物理的にキラキラさせて見せるなんて無理だからな。いやぁ、園村は純粋だなぁ」と目に涙すら浮かべる。やがて先生は咳払いをして、パネルのキラキラ部分を指差した。


「メディウムっていう、絵の具の発色を良くしたり、艶を出したりする液があるんだ。それをノリ代わりにして、水晶末ってやつをふりかけたんだ」


「水晶末?」


「鉱石砕いて、粉末にしたやつっていうのが一番わかり易い例えになるのかなぁ? 日本画の画材なんだよ。お前ら修学旅行とか、旅番組の旅館とかで、屏風とか掛け軸に絵が描いてあったりしただろ。ああいう絵だ」


 思えば小学生の頃、旅館に泊まった時、掛け軸を見た覚えがある。それも先生の絵みたいにキラキラ光っていたような……。でも、もう何年も前のことだから記憶も曖昧だ。正直、小学校の頃どこへ行ったのかも、今ぱっと出てこない。


「まぁ、日本画に興味ある高校生は珍しいし、知らなくて当然だ。俺も高校のときは絵なんて描かなかったからな」


「え、そうなんすか? てっきり小さい頃からだとばっかり……」


 沖田くんが意外そうに目を丸くした。私も、先生が高校生の時に絵を描かなかったことに、びっくりした。今まで会った絵の上手い子は、みんな小さい頃から絵が好きで……とか、幼稚園から描いていたという子ばっかりだった。


 たった一人の例外は、真木くん。


 彼は引っ越してすぐの頃、一緒に絵を描いたりしていて、「大人に頼まれる以外で絵を描くのは初めて」と言いながらも、ものすごく細密な紫陽花を描いていた。そして、絵が好きなのか問いかければ「わからない」なんて言ったりした。他にも絵のうまい子達はいたけど、皆、小さい頃から練習してきたと言っていた。

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