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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
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優しい、おやすみ。

「真木くん、今日はどうし……」


「さむさむだから一緒に寝てほしい……さむ……」


 真木くんは「さむ」「さむだから」と繰り返して、私のベッドに潜り込むと丸まり、まるで芋虫のように顔だけ布団から覗かせた。


「真木くん……もう私たち高校生なんだから、別々で寝ないと……」


「でも、さむだもん……」


 私は一向に布団にくるまる真木くんを見て、しばらく考え込んだあと、本棚からアルバムを取り出した。


「ほら、真木くん、小さい頃の写真見る? この間掃除してたら出てきたんだよ」


「見る……」


 彼がぬっと布団から這い出てきて、アルバムに近付いていく。私は彼がベッドから離れていくよう少しずつ後退し、部屋の真ん中にあるミニテーブルにアルバムを置いた。


 アルバムは、彼が我が家の隣へ引っ越してきた時から、だいたい小学校一年生くらい頃までの写真で構成されている。全て私と真木くんのツーショットだ。


「んー懐かしいねえ、いつ頃だろ、昨日くらい?」


「昨日じゃないよ、真木くんも私も小さいでしょ?」


「ほんとだ! めーちゃん小さい、かわいー」


 もそもそと真木くんはアルバムを手に取ると、まるで宝物を見つけたように両手で掲げる。そのページには運動会で一位を取った真木くんと、隣に立つ私がいた。二人とも元気に笑っていて、ピースをしている。彼の髪は短めで、腕まくりをし、背筋もピンと伸びていた。ピースサインも力強く、なんだかこの写真の彼のほうが、男の子という感じがする。


「ちまちましためーちゃん食べたら美味しそう。ケーキの上にのってるやつみたい」


「いや、私は普通にまずいよ? 人間だからね」


「そうかなあ……? じゃあ今日は、このアルバムを枕元に置いて、めーちゃん抱っこして寝よ……」


 真木くんは、常夜灯を残して電気を消し、私の手を掴んでそのままべッドに入ってしまう。注意をしようと起き上がろうとしても、「ねむです」とぎゅっと抱きつかれて動けない。


「真木くん……」


「ねむです。めーちゃん明日から文化祭頑張るだから……じゅーでんするの……」


 そのまま彼は、子供みたいに抱きついてきた。常夜灯に照らされた顔は、彼のあどけなさをより強調している気がする。胸の中に白雪姫が眠っているみたいで、起こすことに躊躇いさえ覚えた。


「おやすみ、真木くん」


「うん。おやすみ」


 なんとなく、ぽん、と真木くんの背中をあやすみたいになぞる。なんだか私も瞼が酷く重くなってきて、そのまま目を閉じたのだった。


◆◆◆


 沖田くんが昨日言った、「明日の朝、話しような!」というのは、登校してきてホームルームが始まるまで話をするのではなく、いつもの通学よりはやく学校に来て話をしようというものだ。真木くんがついて行くと言ったから、心強さを感じると同時に、「朝、真木くん起きられるかな……」と不安も抱いたけど、真木くんはむしろ私を起こしてくれて、特に問題なく学校に来ることが出来た。


 廊下の壁には、すでに文化祭で行われるミスコンや、バンド、告白大会などの参加者を募集する張り紙や、美術部の展示のポスターが貼られていて、ところどころ集めたダンボールも置かれている。お化け屋敷を出し物に選んだクラスかもしれない。去年、隣のクラスが大型のお化け屋敷をするからと、たこ焼きをやるうちのクラスにまでダンボールを回収に来ていたこともあったし、早めに集めているのだろう。


「真木くん、童話喫茶でやりたいモチーフってある?」


「うーん……なんだろう。美味しいのがいい……」


 真木くんは大きな欠伸をしながら、ふらふらした足取りで歩いていく。もう少しで教室に着きそうというところで、何か物々しい声が聞こえ、私と彼は足を止めた。なんだか怒鳴るような声に様子を窺うと、教室の前で、沖田くんが誰かと電話をしているようだった。沖田くんは怒っているらしい。険しい顔付きで語気を荒げている。


「だから……いつになったら帰ってくる気だよ!」


 沖田くんはいつもクラスのムードメーカーで、イライラしている男子がいたら率先して話しかけるような、そんな生徒だ。今まで大声で笑ったり男女問わずふざけたことを言って、先生に怒られている姿は見たことがあるけれど、怒っている姿は見たことがない。びっくりして真木くんの腕を掴む。


「最近、ずっと朝帰りしてるよな。隠してるみたいだけど、全部分かってんだよ」


 沖田くんは悔しそうに「お前、そのうち刺殺されても知らねえから。つうか、お前が犯人なんじゃねえの?」と、吐き捨てるように言って電話を切る。あまりに荒々しい態度で驚いていると、彼はこちらに振り向いた。


「あ、えっと園村と――真木、おはよ」


「おはよう沖田くん」


「おは……」


 沖田くんはばつが悪そうにしながらも、手を上げてこちらに近付いてきた。「早いな」なんて言いながら、頭をかいている。言葉を選んでいると、後ろから「早いなーお前ら!」と、とても大きな声が響いた。


「お? 驚かせたか!? 悪い悪い。なんだ? 文化祭で何か決めるのか?」


「えっと、童話喫茶でどんな絵本をモチーフにするか決めようという話になって――……」


「そーかそーか! ならこんな廊下突っ立ってないで座って話しろよ。教室開いてただろ?」


 だいちゃん先生は不思議そうにしながら、布をかけた薄い箱のようなもの――パネルか何かを抱え、大股で歩いてくる。「先生は……?」と沖田くんが尋ねると、先生は「俺は朝の教室で絵を描くのが好きなんだ!」と、右手で持っていた筆と水入れを揺らした。水入れの中には絵の具もいれているらしく、一つこぼれ落ちた。


 色の名前も書いてない絵の具を、真木くんはさっと拾って先生に渡す。


「せんせ、どうぞ……」


「悪いな真木! ありがとう!」


 だいちゃん先生が教卓にバンッと絵の具や水入れ、筆を置いて、ガタガタと音を立てながら絵を描く準備を始めていく。色とりどりの絵の具たちは、私たちが美術の授業で配られた十二色よりずっと多くて、鮮やかに見える。けれど先生はそれらをパレットに出すこと無く、「で、どうするんだ? 童話喫茶」と、私たちに振り向いた。



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