仕掛け
この間までクラスメイトの使っていた椅子は、昼休み、他のクラスの子を呼んでお昼を食べる子たちが使っていて、わりと争奪戦のようになっている。なんだか空いてしまった文化祭委員の座席とは対象的だ。
真木くんが机から転がり落ちないよう位置を調整していると、ドン、と私の机に何かがぶつかった。振り返ると同じクラスの和田さんが、黒髪ストレートの髪をいじりながらこちらを見下ろしていた。
「ごめん、ぶつかった」
「いえ、こちらこそごめん……」
和田さんとは、あまり話をしたことがない。校則違反のスカートの短さに、少し目元が冷たい印象を受ける美人な面立ちの彼女は、クラスではいわゆるギャルのグループのリーダーをしている。
グループ外の子とはあまり話さないけど、ズバズバ言う性格で、男子の言葉を「つまんな」とバッサリ切り捨てたり、少し広がって歩いていた吹奏楽部の女子たちに「邪魔」と言ったり、言動がやや手厳しい。避けているわけではないけれど、私は彼女と話をしたことが一度もない。
「いっつも真木の世話してんね、めんどくさくない?」
そっけなく、吐き捨てるような言葉に萎縮する。なんて返そうか悩んでいる間に、彼女はぱっと吉沢さんの元へ行ってしまった。和田さんは、同じクラスで廊下側の席にいる吉沢さんと仲がいい。黒髪ストレート、ロングヘア、ネイビーカラーのセーターを愛用している和田さんに対して、吉沢さんはショートカットでふわふわしている茶髪の女の子だ。いつもピンク色の柔らかそうなベストを着ている。対象的な二人は、女王様と姫と呼ばれている。
それにしても、私は和田さんに何か、不愉快なことをしてしまったのだろうか……。思い返してみても、話をしたことがないし、席替えで近くになったことも、グループを作る授業で一緒になったこともない。
悪いことをしてしまったのか……と悩んでいると、沖田くんが頭を抱え「ああぁ」とうめいた。
「まじ文化祭委員いねえと文化祭出来ねえし……どうしよ」
「くじで決めればいいだろ? 誰かがやらなきゃ進まないんだから」
困った沖田くんに、ガラッと教室の戸を開けながら答えたのは、担任のだいちゃん先生だ。先生はスポーツ刈りで身長も高く、声も大きくてぱっと見は体育の先生みたいだけど、美術を担当している。モナリザが絵画で一番好きだと言って、大体週に一度の頻度でモナリザのTシャツを着てくるけれど、今日がその日らしい。
ホームルームで話が脱線した時とか、軽い雑談をする時はトレーニングとか筋肉の話ばかりで、画家をしているお姉さんの話をたまにするくらいだから、実際話をしてみても美術の先生には見えない。厳しいところはあるけど、いつもホームルームより5分早く来て前の席の子と雑談したり、冗談も通じる、「あたり」とされている先生だ。
「えー! くじ引きー?」
「私、塾があるんですけど……」
だいちゃん先生のくじ引きという言葉に、皆嫌そうな顔をした。けれど先生は、「全員の事情なんて聞いてたら決まらないだろ」と一刀両断する。
「それに、大変な委員をみんなで支えるのがクラスだろ。塾があるやつが委員になったら、そいつが塾ある日は誰かが代わりにやるのが協力するってことだ。その為にまず代表の名前決めだ。自分が委員じゃなかったからって、何もしなくていいってことじゃないからな」
だいちゃん先生はみんなを念押しするように見て、「くじで決めるぞ」と、後ろのロッカーの上に置いてあるくじ引きの箱を取り出した。それは先週の席替えでも使ったくじ引き箱で、出席番号の入った紙が入っている。ダンボールを張り合わせ、真っ赤なテープでぐるぐる巻きにした先生手製のものだ。
「じゃあ、一人決めればいいだけだから先生が引くぞ」
そう言って、先生はぽんとくじ引きを引き抜いてしまう。もし真木くんが委員になってしまったらどうしようと、肝が冷える。委員会までは一緒にいれないし……。だんだん血の気が引いていくと、先生は「九番、園村」と、私に顔を向けた。
「え……」
私が文化祭員……?
このクラスは元々四十人クラス、戸塚さんが転校し、現在三十九人。まさか三十九分の一の確率を自分が引いてしまったことに驚いていると、隣の真木くんがつんつん私の肘をつついた。
「だいじょぶ。俺が手伝ってあげるから……」
「え、あ、ありがと……」
「園村かー! よろしくな!」
真木くんにお礼を言っていると、沖田くんが歯を見せて笑った。朝のホームルーム開始を報せる鐘が成り、クラスのみんなは自分ではなかったことにほっとした様子で自分の席についていく。
「園村、明日の朝さ、何の絵本で喫茶店するかの候補案出しの話しような!」
沖田くんは、私にそう言って教室の先頭、ど真ん中の席に座った。
文化祭委員……委員会で真木くんのそばを離れなきゃいけないことも出てきてしまうのだろうか……。
私はどことなく胸騒ぎを覚えながら、朝のホームルームが開始されていくのを眺めたのだった。