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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
26/35

微力なるもの

◇◇◇◇


 最終的に、水色の布と白い布でアリスの衣装がだいたい15人分と、テーブルクロスが8枚分、黒い布が約5メートルほど、他にもレースやつるつるしたレザー素材の布があって、衣装問題の予算は解決しそうだった。


 あとは早速縫製に移るわけだけど、クラスの衣装係のほかに、演劇部と交渉して、縫った衣装をそのまま譲渡という条件で、衣装を縫ってもらうことになっている。


 だから、これからははみんなで内装を作っていったり、当日の料理工程の説明メモを作ったり、学校でする作業が増えていくだろう。委員会の裏方の仕事もまだ残っているけど、自分が動かなきゃみんなの作業が一切できない! という状況を抜けたことで、まだ完成もしてないのに気が抜けてしまった。


 だから少し気が抜けた気持ちで家に帰り、夕食を食べてお風呂に入って、さて寝るかと部屋に戻ったとき、私のベッドで真木くんが体育座りをしているのを見たときは、素直に驚いた。


「真木くん……一緒に寝るのは、怖い夢見た時ならいいけど、最初からは駄目だよ……」


「今日見る……」


「まだ見てないよ。それに、怖い夢見るって最初から決めるのよくないよ? ほら、ベッド下りよ、ここで寝ちゃっても、お部屋運べないから……ね?」


 彼はむすっとした顔で、「むー……」と非難の眼差しを向けてきた。


「どうしたの?」


「おれ、めーちゃんに嫌われてるのかなって」


「嫌われてる? そんなことないよ? どうしてそう思うの?」


「だって……沖田が付き合うとかはないって言ってたとき、めーちゃん返事しなかった。俺、嫌われてる……めーちゃんに捨てられちゃうの……」


「ち、違うよ?」


「何が違うの……」


 拗ねた瞳の上目遣いは、どこか昏い。ダウナーな声色には、やや棘が混ざっているように感じた。


「だ、だってほら、私が付き合うー! じゃあ付き合おー! って話でもないからさ、付き合うって」


「なにそれ。めーちゃんが付き合うって言ったら、俺も付き合おってなるのに……」


「えっと、えっと……だってほら、真木くんが色々得意になったら、みんなも真木くんのこと好きになるかもしれないし、それに今の真木くんを好きだ! 仲良くなりたいって子も、いっぱいいるよ」


 真木くんは数学の試験なら、上位の成績をとる実力は確実にある。もしかしたら、学年トップを取れるかもしれない。けれど毎回彼はケアレスミスを連発し、数学の成績は平均よりちょっと下に落ち着いている。他の主要教科は、基本赤点ぎりぎりだ。でも、もともと頭はいい。きっとどこかで才能が開花して、瞬く間にみんなのヒーローに戻っていったっておかしくはない。


「ねぇ、真木くん。数学さ、もう少しミスをなくせば、もっといい大学とか目指せるんじゃないかな……」


「やだよ。頑張ったら、連れてかれちゃうから……」


「真木くん……」


「頑張ったら、嫌な目に遭う。めーちゃんにほっとかれて、俺は」


 真木くんが俯いて、がたがた震え始めた。頭を押さえ、怯え始める。私は慌てて彼を抱きしめ、落ち着けるように背中をさすった。


「うう、ううううう」


「ごめん。ごめんね真木くん」


「……やだ。許せない。めーちゃんのせいだもん……」


「ごめん真木くん、もう言わない、もう言わないよ」


「めーちゃんのせいだ。俺が連れてかれたのめーちゃんのせい、めーちゃんのせいなんだから。めーちゃん約束してくれたのに。俺のそばから離れないって。なのにめーちゃんは俺と一緒にいてくれなきゃだめなのに、何でそういうこと言うの……俺のこと、面倒くさくなっちゃったんでしょう……」


「守る。守るよ」


 根気強く背中をさすると、落ち着いてきた真木くんは私の肩にぐりぐり頭を押し付ける。そして、「じゃあ、償ってよ」と、呟いた。


「な、なに真木くん。私はどうすればいい?」


「首、ぎゅってやって、絞めるみたいに」


「は……?」


 絞めるみたいにって……もっと抱きしめてほしい……とか? 冬場の真木くんは寒いと私のポケットに手を突っ込んだり、脇に手を差し込んだりする。私はおそるおそる、抱きしめる力を強くした。


「もっと強くして」


「こう?」


「もっと」


「こんな感じ?」


「もっとがいい、もっとぎゅってして、殺す気でして、首を絞めるんだよ。そんな力じゃ、人なんか殺せないよ……」


「でも……」


「償ってよ。早く」


 真木くんは冷たい声色で、判決を言い渡すみたいに耳元でその言葉を口にした。私は震える手で彼の首へと手を回す。


「めーちゃんがちゃんとぎゅってしてくれるまで終わらないよー……」


 私は意を決して、彼が苦しくないよう力を込めた。


「うん。めーちゃんはずっと、俺と一緒にいればいいの……」


 彼は満足気に笑って、私を見て、目を閉じた。


「そーそー、じょーず……、おやすみ」


「駄目だって真木くん、起きて!」


 ぐん、と体重がかかってきて、私は真木くんの首から慌てて手を離し、抱き留めた。彼はそのまま私の膝に縋りつき、ぐっすりと眠ってしまった。


◇◇◇


 真木くんの、様子がおかしい。変なところを睨んでいたり、首を絞めろと言ってきたり。夜に泣き叫んだり、吐いてしまったりする様子は見えないものの、どこか症状が新しく変化していたり、事件のトラウマが悪化してなのか分からない。


 それとなく真木くんのお母さんやお父さんに連絡してみたけど、二人も原因がわからないようだった。このままだと、何か決定的に真木くんが違うところへ行ってしまうような。状況はわからないのに胸騒ぎだけはやけに鮮明だった。


 だから久しぶりに文化祭委員の活動もなく、明日の小テストに向けて勉強できると真木くんの部屋で勉強会をすることにして、彼の部屋の様子を観察しようとしたものの、目に見えた変化はない。


「ふーむ」


 真木くんは私の部屋で歴史の教科書を興味無さげに眺めては、溜息を吐き肘を掻いた。


 彼は数学以外は基本ぐっすりと眠っている。歩いてても眠り始める。この間の体育の帰りだって、自販機で飲み物を買おうとしたら彼が眠り始め、慌てて更衣室に運び、日野くんに引き渡したくらいだ。数学以外のことに興味はないけれど、今日はなんだかとても注意力が散漫に見える。私はやっぱり彼に何かあったのかと部屋を見渡すと、つん、と肘をつつかれた。


「めーちゃん」


「ん?」


「めーちゃんはさ、沖田、すき? 付き合いたい?」


 真木くんはシャーペンを人差し指でぐりぐり回しながら、視線だけこちらを向ける。また、付き合うの話が出てしまった。私は話がこじれないよう、「違うよ」と即座に否定した。


「私は、付き合いたいとか、男の子にそんなに興味ないよ」


 昨晩、少し真木くんへの答え方について考えた。用意していた答えを返すけれど、正直な気持ちでもある。男子が怖いとかではないけれど、あまり好きではない。


「俺も……男だけど……?」


「それは分かってるよ。真木くんは男の子だよね」


「なら、俺は特別なの?」


「うん。幼馴染だし」


「ふふふ……」


 真木くんは何だか嬉しそうに頬を染め始め、くすくす笑う。だぶだぶの袖から指先だけ出して、頬にあてていた。


「めーちゃんに、告白、されちゃった……」


「えっ」


 私が驚くと真木くんは笑顔から一変、とたんに顔色を悪くした。


「違うの……?」


「え、真木くん? 全然分かんないんだけど」


「分からなくないよ、めーちゃんは俺以外の男子に興味ないんでしょ……?」


「うん」


「それって、めーちゃんは俺のこと……好きだってことだよ?」


 ふふふ、と袖を口に当てながら笑う真木くん。どう反応していいか分からず止まっていると、彼は目を潤ませ始めた。


「やっぱり、めーちゃん俺のこと、死んじゃえって思ってるんだね……」


「は、話が唐突すぎるよ!」


 さっきから、話を振られているとは思うけれど、答えを受け取られていないような変な感じがする。


「むーぅ。何でめーちゃん、俺のこと大好きじゃないんだろ……。なんでも上手くできたら、好きになってくれるの? だらだらは嫌い……?」


 ぎゅ、と真木くんが私の手を握った。彼の手はとても冷たくて驚いてると、彼はぐいっと引っ張ってくる。


「めーちゃん。最近めーちゃん変だよ。ぼーっとしてたり、悩んだり。何考えてるの……? 殺人事件のこと?」


 視界いっぱいに真木くんの顔が、長いまつげが映り込む。真っ黒な瞳に吸い込まれそうになっていると、ふに、と頬を引っ張られた。


「まひふん」


「ふふ。めーちゃん噛んじゃってるよ? かわいいねぇ」


 真木くんはのんびりした調子でくすくす笑っている。そうだ、殺人事件、一体どうなっているんだろう。文化祭のことですっかりニュースを見なくなってしまっていた。


 もう、あと二週間で文化祭だし、早く解決するといいけど……。四人目の殺人が起きてから一週間と少しが経っているけれど、犯人が捕まったりした話は聞かないし、お母さんだってまだ帰ってこない。捜査本部がまた大きくなり、警察署からまた場所を移して泊まり込んでいるらしいみたいだけど……。


「めーちゃんまた考えごとだぁ」


 真木くんは私の頬から指を離したかと思えば、つついてきた。私は彼の手をとめながら返事をする。


「うん。沖田くんのお兄さん捕まった、殺人事件あったでしょう? あれ、捕まらないかなって」


「捕まるんじゃない……?」


 やけに軽い調子で、真木くんが笑う。そして頸を傾けた。


「悪いことしたら、捕まっちゃうんだよ? ……捕まらないひともいるけどね……」


 捕まらない人もいる。真木くんを誘拐した犯人のことを言ってるのかも知れない。


「真木く……あ」


 ポケットに入れていたスマホが振動を始め、画面を確認すると、知らない番号からショートメールを受信していた。私の携帯の電話番号を知っているのは、お母さんとお父さん、そして真木くんだけだ。不思議に思いながら開くと、そこには乃木さんと名乗る人からのメールで明日のお昼に話ができないかというものだった。

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