罪
あれから、車で学校に向かった私たちは、教室に布を運んで、沖田くんのお兄さんにお礼を言って解散になった。でも、貰った布にどんな色があって、その色はどれくらいの量があるのか今日のうちに調べておいたほうがいいと思った私は、真木くんと学校に残ることになった。
「水色は、三十枚。ツギハギになるかもだけど、衣装、クラスの半分はぎり賄えそう」
私は教室で、広げた布の枚数を数えながら、枚数を記録している真木くんに声をかける。すると、前で黄色い布をぺらぺらとめくっていた沖田くんが顔を上げた。
「クラスの半分アリスにすんの?」
「希望によるけど、内装にも使うって考えるとその半分かもしれない」
沖田くんも、布の確認のために残ってくれることになった。ののかちゃんたちは地域のワークショップに参加しているらしい。
「そういえばお前ら、やっぱ文化祭も二人でまわんの?」
「うん」
私は箱からダンボールを取り出して、今度は黒い布の枚数を数えていく。でも、変な沈黙が流れた気がして、私は顔を上げた。
沖田くんはやや元気がなく、ぼーっとしながら布を見つめている。
「どうしたの?」
「あ、いや……園村と真木って、いっつも一緒だなと思って、えっと、幼馴染なんだっけ」
「うん。幼稚園から一緒」
幼稚園の頃から、ずっと一緒だ。真木くんとは。
始めこそ私はいつもみたいに真木くんを引っ張っていた。「あそこへ一緒に行ってほしい」「一緒に見たい」なんて。でもだんだん、彼がまだ皆が習っていない算数のこととか、理科のことを私に教えてくれて、博物館とか、図書館とか、彼のほうが私をどこかへ連れて行ってくれることも増えた。
夏休みの宿題は一緒の自由研究をしたし、冬休みはクリスマスプレゼントの交換、春にはお花見だってした。でも、彼が誘拐されて一年間、真木くんはずっと自分の部屋にいた。声をかけても返事が無いことのほうがずっと多くて、すすり泣く声や吐いてしまう声でその場にいることを知るような日々が続いていたのだ。
それまでは、真木くんは皆のヒーローだった。でも彼が誘拐されてから部屋に閉じこもり、そして部屋を出て学校に行くようになり、変わってしまった真木くんを見て皆驚いた。
真木くんを助けたい、支えたいという子が多かったけど、彼が何度も転んだり、授業で失敗したりするにつれ、皆彼から離れてしまった。女子は、どことなく気不味そうに。男子は彼を見ないふりをする。
だから、私はきちんと真木くんが自分を取り戻すまでそばにいて支えたい。今の真木くんのままだとしたら、危険すぎるし、離れていくことはしない。でも自分を取り戻した彼ならば、きっと人気者になっているはずだ。
「すげーな。そっから園村、真木のこと助けてやってんだな。もう姉ちゃんみたいじゃん」
「そんなことないよ」
沖田くんが誰かいないか探して、くじ引きでようやく決まった文化祭委員。前の真木くんだったら、きっと自分から立候補していただろう。私が委員なんかをする前に挙手をして、皆の意見をまとめ上げて、予算もぴったりで。時間に追われること無く瞬く間に準備していたはずだ。そして、「すごいね真木くん」と私が驚くと、「そんなことないよ」と、柔らかく笑う。
きっと女子たちみんな、真木くんを好きだと思う。長い髪に隠れがちだけど、その面立ちは人形みたいに綺麗だ。本当は、私が隣にいていい理由なんて「幼馴染だから」以外にない。でもそう思ってしまった隙に、真木くんは誘拐された。
「えーじゃあ付き合うとかはねえの?」
沖田くんの問いかけに、心臓がどきりとした。ときめきとは程遠い感触で、噓を突きつけられたような、息苦しさも帯びた痛みだ。
真木くんを壊してしまった私に、彼を好きだと言う資格なんてない。そして真木くんは私にべったりだけど、それは私が彼を拒絶しないからだ。失敗する真木くんを見て、皆離れてしまって、人間不信に近い状態なのだろう。そして離れなかった私が例外になったのだ。
私が真木くんを好きだと言ったら、きっと彼はもっと依存を強くしてしまう。それはきっと彼の自立を、より妨げてしまうことになるだろう。
だから、付き合うなんてない。あっちゃいけない。
私は曖昧に笑って、真っ黒な布を数えなおしたのだった。