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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
20/35

乱反射

「ただいまー」


 家に戻る頃には、日暮れとなってしまっていた。荷物は真木くんが持っていてくれるらしく、彼に預けた私は和菓子の紙袋を持って家に入る。リビングからばたばたと動く足音が聞こえてきて、エプロンの上から少し出かけるときに着るジャケットを着たお父さんが駆けてきた。どうやら今日の夕食はカレーらしい。


「芽依菜!? 大丈夫だったか!?」


「どうしたのお父さん、そんなに慌てて。あ、何か買い忘れ? だったら私が行くよ?」


 本当に切羽詰まった様子だ。こんなお父さん、以前カレーは出来たけど炊飯器が空だった時くらいにしか見たこと無い。夕飯関連で何かあったのか問いかけると、「違う」と即座に否定され、お父さんがすぐ玄関扉の鍵を閉めた。


「駅前の洋菓子屋さんあるだろう? あの裏に神社あるの知ってるよな?」


「うん。あの子供が遊ぶの禁止になったところでしょ? うるさいって怒られて……」


「そこで死体が見つかったんだ。猟奇殺人の」


「え……」


 猟奇殺人――?


「母さんそれで、犯人違ってたって休み返上になって出ていったんだけど、芽依菜母さんが休んだ時、クッキー買ってきてくれるだろ? だから万が一のことがあったらってメールも電話もしたんだが、芽依菜と連絡つかなくて……」


「ごめん、充電切れてて……」


「とにかく無事で良かった。とりあえず家の中入りなさい。今日ずっと真木くんと一緒で、一緒に帰ってきたんだよな?」


「うん。ちゃんと真木くん家に入っていったよ」


「そうか……ああ、夕飯できてるぞ」


 お父さんがぱたぱたとスリッパの音をさせながら台所へ戻っていく。私はどこか雑然とした気持ちで、お父さんの後を追ったのだった。


◆◆◆◆◆◆


 人々が終止符を打っていた連続殺人事件の被害者が新たに出たことで、ネットやテレビで恐怖が帰ってきたその日。


 真木朔人はスマートフォンも持つこと無く、深夜、ふらりと一人で自宅を後にした。秋もその姿を潜ませつつある寒さは、肌を刺すような痛みを伴うものだが、真木は気に留めることもない。足取りは気怠さを纏うこと無く規則的で、機械的だ。


 そびえ立つ街灯をいくつも通り過ぎた真木は、やがて、少し前までは夕焼けに照らされ、身体に呪詛を纏った死体が横たわっていた石畳から、ほんの僅かに離れた場所に立つ。


 数メートル先には警察がかけた立入禁止のテープと、その奥にはブルーシートが並んでいる。テープは暴力的なほどけばけばしい黄色で、ブルーシートも外部を遮断するため、隙の無い青色だったが、月明かりでその彩度は曖昧だ。


 真木はブルーシートの隙間から、東条や園村芽依菜の母親が捜査にあたっているのを観察し、ただ眺めている。その目つきは獲物を狙う鷹そのもので、鋭く、瞳には確かに怨嗟がこもっていた。


「そろそろ復讐も終わりかな」 


 真木はぼそりと呟いて、その場を後にする。行きと帰り、まったく変わらぬ歩幅と速度で帰ってきた彼は、部屋に戻るとデスクライトのみをつけ、引き出しからジップ付きのビニール袋を取り出した。そこには少し湾曲した毛髪が三本ほど入っており、じっと眺めた後カーテンを閉めきった部屋の向こう、園村芽依菜の部屋の窓の方角へ顔を向ける。


「芽依菜、文化祭ちゃんと出来るといいね」


 返事が帰ってくることなどありえないと理解した上で、真木は芽依菜に声をかける。そして、持っていた袋をまた引き出しに戻したのだった。


◇◇◇


 お菓子屋さんの裏の神社で発見された死体は、今までの連続殺人とは全く異なる姿だったらしい。外傷はなく、全身に「バカ」「死ね」などの落書きがされ、いくつも「根性焼き」と呼ばれるやけどの痕があったらしい。


 まだ若い男子大学生が被害者で、今までの被害者からかなり年代が飛んだことから、模倣犯ではないかというのが翌日のニュースのタレントさんたちや、ネットの見解だった。そうして、朝は暗いニュースで持ちきりだったけれど、文化祭は待ってくれない。ドリンクメニューの問題は解決したけれど、内装と洋服のコストをどう下げるかなど、まだまだ文化祭に向けてなんとかしなきゃいけないことでいっぱいだ。


 だから私は先生が来る前のホームルームで、早速ドリンクメニューについてや、服集めについて募集をすることにした。というのも昨日、吉沢さんや和田さんから中古の服を買うということを聞いた私は、クラスでいらない服を集めて、それを布にすることを思いついたのだ。


 欲しい服は、赤や黒、白や水色など不思議の国のアリスにある色で、それを服の一部にしたりする算段だ。作成もあるから、出来ることなら早く声掛けをしたほうがいいと、まだ服の完全な予算は決まってないものの、募集はもう今からする。


「あの、文化祭委員から連絡です。カフェのドリンクメニューについてですが、ジュースは全てシロップを炭酸水で割ったもの……メロンソーダ、いちごソーダ、グレープソーダ、レモンソーダ、ブルーハワイのソーダなどでいきたいと思っています。そして珈琲はなしで、紅茶は無糖のものだけ……にしようと思います。えっと……大丈夫でしょうか……?」


 恐る恐る黒板の前に立って、皆に尋ねると、クラスの反応はいいのか悪いのかよく分からない。やがて、男子の一人が「シロップなら、混ぜてもいいの?」と呟く。


「ま、混ぜるのは別に問題ないです……二つ買えば……」


「いや違うし! シロップで買うなら、シロップ同士混ぜて新しい味作れるから、それだけメニュー増やせるんじゃね?」


「あ、確かに……」


 男子は「俺ソーダ二杯買わされるとこだったんだけど!」とおどけ始める。「お前の説明が足りなすぎるだけだろ」と突っ込まれ、教室でどっと笑いが起きた。これは、シロップソーダはオッケーということだろうか? 一応、「大丈夫っぽい……ですか?」ともう一度問いかけると、「賛成」と和田さんや吉沢さんが手を挙げる。女の子たちは皆慌てて手を上げ始めた。


「予算をなるべく抑えたいので、クラスの皆のいらない服を集めて、衣装や内装に使う布として利用したいです。ロッカーの後ろにダンボールを置いておくので、赤と黒、水色と白のいらない服を入れてもらえると助かります……!」


 頭を下げて、私は自分の席へと戻った。ふと真木くんの姿がないことに気づいて、どこかで倒れているのかとどきりとすると、彼は後ろでダンボールに何かを書いていた。


「真木くん、どうしたの?」


「忘れちゃうから……お絵かき……」


 真木くんは油性ペンでダンボールに「みずいろ」「あか」「くろ」「しろ」と書いてくれていた。お礼を言うと、欠伸をしながら首を上下に動かし、自分の席について眠り始める。今日は一時間目も二時間目も体育じゃないから、着替える為に起こさなくて大丈夫な日だ。クラスの前で発言することも終わったし、ほっと一息ついていると、同じクラスの田淵さんが「園村さん」と声をかけてきた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 月も無く光を全て飲み込んだ夜空から抗うよう…とありますが、その後にブルーシートも外部を遮断するため、隙の無い青色だったが、月明かりでその彩度は曖昧だ。とあるので、月があるのか、ないのか…
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