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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
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選ばれたともだち

「普通の服より高いから、リメイク目的なら多分違うとこのが安いよ。あの、まだ電球ソーダとか売ってるとこの裏とかの」


「電球ソーダ……?」


「ええ!? 前にめちゃくちゃ流行ったじゃん! 電球型の入れ物にさ、苺とかブルーハワイとかメロンとかのかき氷のシロップをソーダで割ったやつだよ! そ、園村さん知らないの……? もしかしてその間、何か悲しいことあって家にずっといた感じ……?」


 和田さんが私を見て愕然とした顔になった。「記憶喪失じゃない? 知らないわけないよ!」と、何故か肩を叩いて思い出させようとしてくる。私の肩を叩く彼女の瞳は真剣で、話をしたことがほとんどないなんて忘れてしまいそうだ。でも、そろそろ文化祭の買い出しを再開しないとなぁ……なんて考えて、はっとした。


 飲み物、オレンジジュースとか買わないで、シロップのほうが安いのでは……?


 喫茶店で出す飲み物は、珈琲、カフェオレ、紅茶、ミルクティー、ジュースを想定しているけれど、ジュースをソーダに変えて、味付けはシロップにしたほうが原価が押さえられるかもしれない。シロップはそんなに使わないし、炭酸水はジュースより安かった。珈琲や紅茶、ジュースの原液をソーダで割れば……。


「シロップをさ、ソーダで薄めれば……ジュース買うより安いかな……?」


「あー、それ何か料理の動画で見たかも。カラフルなゼリー作るやつ。ゼリーとジュースなんてあんま味変わんないしいけるんじゃない? うちら去年かき氷の屋台したから、シロップ安い店知ってるよ? っていうか、去年文化祭夏だったけど、今の時期ならもっと安いみたいなこと言ってたかも」


 吉沢さんが「送るわ」とスマホを取り出した。ぼーっとしていると「え、それも知らない?」と驚き、はっとして私はスマホを取り出す。


「あ、私も交換してー!」


 和田さんがぼん、とスマホを出してきて、スマホを揺する。すぐに吉沢さんと和田さんの連絡先が追加され、お店のホームページが送られてきた。


「沖田休みがちだしさ、文化祭ヤバくない? って話してたんだよね。ちょうど良かった」


「あ、ありがとう……!」


「全然、つうか文化祭ってクラスでやるもんじゃん? っていっても、うちらこれから映画だけど……」


 そう言って、二人はスマホの時間を確認している。私は慌てて、「真木くんと一緒だから大丈夫だよ!」と首を横に振った。二人が映画へと向かっていくのを見送って、私は真木くんに向き直る。彼はうとうとしながら自分のスマホを見ていて、こちらに顔を向けた。彼の傍には男子大学生の集団がいて、まるでそこの一員みたいになりながら立っている。

「俺のこと……完全に忘れてたでしょ……めーちゃんに置き去りにされた……」


 じぃ……と目を細められ、私は「そんなことないよ! スマホ見てるなんて珍しいね、何見てたの?」と誤魔化す。


「真っ黒の画面……点けようとしたけど充電なかったから……」


「ご、ごめん真木くん……、え、えっと、とりあえず見に行こう? いろいろ……。あとほら、帰りもプリン買ってあげるから、そんな顔しないで」


「プリン嫌い……」


「えぇ、真木くんプリン好きだよね?」


 今日はお母さんが帰ってくる日だから、お茶菓子にクッキーを買って帰る予定だ。放置してしまったお詫びに同じ店のプリンを真木くんに買おうと思っていたけれど彼は首を横に振る。


「今日は嫌い……甘い匂い嫌い……甘いの嫌だ……通り魔もいるしまっすぐ帰る……お母さんへのお菓子なら、あっちの和菓子にして……」


 真木くんは、ぐぐぐ、と力強く遠くの和菓子屋さんを指し示す。「お店調べてくれてた?」と問いかけると、「ずっと待ってたから……周り見てたの……」と、上目遣いで見つめてくる。突き刺さる非難の目が痛い……私は真木くんの視線にぐさぐさ刺されながら、その場を後にしたのだった。


◆◆◆


「んー! 今日はいっぱい買い物したねぇ真木くん」


「うん」


 真木くんと一緒に、夕焼けの道を歩いていく。あれから和田さんに教えてもらった問屋さんに行ったり、ひとまず内装で絶対に必要なクロスを買っていたりしていたら、もう日が暮れてしまっていた。


 真木くんの言う通り和菓子屋さんで買い物を済ませていてよかったかも知れない。お菓子屋さんに寄っていたら、きっとすっかり暗くなってしまっていただろうし……。真木くんのほうへ振り返ると、彼は両手にビニール袋を下げながら、またもや頭をふらふらさせて歩いていた。彼は「お荷物持つ係するね……」と、今日一日買ったものを持ってくれている。でも全部任せるのは流石に申し訳ないと半分こを申し出たけど、「お荷物持ち係もさせない……忘れられる……ひどい……」と言われてしまったため、お願いした。


「沖田くんに買ったもの報告しておこ……」


 私は沖田くん宛にメッセージを打っていく。この間全く連絡がつかなかったことがあって、彼のアドレスを聞いておいた。二年生になるまで、私のスマホには私の家族の他には真木くん、真木くんの両親、そして一年生の頃は同じクラスで、今年はクラスが離れてしまった瑞香ちゃんの連絡先が入っていたけど、今月に入って沖田くんに吉沢さん、和田さんとIDがどんどん増えていくなと思う。


「からすだ」


 真木くんがぼんやり空を見上げた。空には烏が夕日に向かって飛んでいっている。雲ひとつ無く、真っ赤な夕焼け空だ。確か前に、小学校の頃の理科の授業で「マジックアワー」というのを習った気がする。どんな空がマジックアワーと言われるんだっけ……。たしか、日没前後の空のことを言っていたから、青空ではないと思うけれど……。


 でも、もっと思い出そうとしても、頭がぼんやりしてきて霞がかっていくだけだ。やがて、けたたましいサイレンの音が遠くから響いて、はっとする。視線を向けると、夕焼けよりも赤いランプを点灯させたパトカーが、すごいスピードで何台も通り過ぎていった。赤信号中の横断ということで、無線機で他の車に停車するよう指示しながら、パトカーは走り去って行く。


「何かあったのかな……」


「危ないよ。おうちもうすぐだし、帰ろ……眠いし、疲れた……」


「大丈夫? 荷物持とうか?」


「ううん。荷物は持ってる。ほら、さむだから帰ろ。道路凍ってひっくりかえっちゃう」


「まだ雪は降ってないから凍らないよ」


「凍るよ。皆凍っちゃう。極寒だから……」


 どうやら真木くんは、朝に見た天気予報で「来月は近年まれに見る寒さ」というのを誤解してしまっているらしい。私は「寒いのは来月だよ」と伝えながら家へと急いだのだった。


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