剪定
「めーちゃん、あっちに蓋つきカップもあるよ」
「メニューがあんまり増やせないぶん、安いようならテイクアウト販売もありかな……」
「氷買わなきゃいけなくなっちゃう」
「氷かぁ……」
氷について調べてみたけど、単体ならまだしもドリンク用の小ぶりなやつは結構値がはっていた。だから冷蔵庫かクーラーボックスを野球部の男子たちから借りて、それで飲み物をあらかじめ冷やした状態で出す予定だ。
ひとまずリストにある雑貨類を購入して、私たちはお店を後にする。買い物に集中していたから一瞬に感じたけれど、お店を出る頃にはもうお昼だった。
「真木くん、お昼にしようか。何か食べたい?」
「うーん。カレー……」
「じゃあ、とりあえずこの先のファミレスに行ってみようか!」
百円ショップで買い物を終えると、私たちはファミレスに行くことにした。お昼時だけど店内は空いていて、個室っぽく区切られている四人がけの席に案内された私たちは、真木くんがカレーを、私はオムライスを注文して料理を待っている。真木くんは注文し終えたあと、子供用のメニュー表の裏にあるまちがい探しで遊んでいて、指をさしながら間違いを探している。私はスマホを取り出して、ニュースサイトを開いた。
連続殺人事件のニュースをタップして、画面をスクロールしていくと、警察が公務執行妨害で捕まえた暫定容疑者が犯行の否認を続けていることや、確固たる証拠が出ないことがのっていて、「犯人違うんじゃ……」と、真犯人の可能性を示唆するコメントが書き込まれていた。
「お待たせいたしました。カレーライスのセットと、オムライスのセットになります」
事件のニュースを読んでいると、店員さんがやってきて私は慌ててスマホをしまった。真木くんもおぼつかない手つきでメニューをしまっている。私の頼んだオムライスセットは、サラダとミネストローネがついていて、真木くんのカレーセットは、共通のサラダのほかに、ナゲットがついているものだ。
「めーちゃん、カレーひとくちあげるね……」
真木くんはスプーンを手に取ると、ゆったりとした動作で掬ったかと思えばそれをこちらに向けてきた。大丈夫だよと言う前にそれはもう唇に触れるくらいの距離にあって、私はすぐ口を開けた。
「めーちゃん、あーん」
ゆっくりと口の中にスプーンを差し込まれ、一口カレーを食べる。持ってきて時間も経っていないから、熱々だ。
「めーちゃんあちち? お水飲む?」
「大丈夫……! 美味しいよ!」
「じゃあ今度は、ふーふーしてあげる……」
真木くんがカレーとご飯を器用に掬って、ふぅ、ふぅーと、冷ましていく。そして彼はまた、「あーん」とスプーンを差し出してきた。私はまた一口食べて、自分ばかり食べていては申し訳ないとオムライスを一口スプーンで掬った。
「真木くん、はい」
「あー……」
真木くんはオムライスではなく何故か私を見ている。指が震えないように気をつけながら彼にオムライスを食べさせた。美味しいと顔を綻ばせる彼を見て、「もっとどうぞ」と私は真木くんにまたオムライスを一口差し出した。真木くんが零したら拭けるように、私たちはいつも横並びで座るようにしているけど、お互いの食べ物を食べさせたり、というのはあまりしてこなかった。そう考えると、なんだかこれは恋人同士みたいな……。
「どうしたのめーちゃん、顔赤いよ? おねつ?」
真木くんは、ぺたりと私の首に手をあてた。「血管がんばってるねぇ……」と触れてくる手は冷たくて、ひんやりしている。やがて彼は「ふらふらしたら教えてね……」と、カレーを食べ始めた。
「う、うん……!」
なんだか、さっきは酷く真木くんを意識してしまった。私はどんどん早くなる心臓の鼓動を誤魔化すみたいに、オムライスを食べたのだった。
◆◆◆
雑貨も買ったしオムライスも食べたけれど、まだまだ文化祭の問題は山積みだ。気を引き締めて今度は衣装や内装用品を見に行こうとファミレスを出ると、「あれー? 園村ちゃん?」と、後ろから声がかかった。
「あれ……吉沢さんと和田さん……?」
振り返ると、同じクラスの吉沢さんと和田さんが立っていた。吉沢さんは黒髪ストレート、和田さんはふわふわの髪をゆるく巻いた、いわゆるギャルっぽいグループに所属している二人組だ。私は二人とは出席番号が離れていて、移動教室や班別行動も全て違う。話をしたのは文化祭で提案した時、「アリスかわいー!」と賛成してもらったことくらいだ。それすら、話をしたとカウントしても良いのか微妙なところだけど……。
「何してんの? デート?」
そう言って和田さんは顔を覗き込んでくる。緊張で視線を落とすと彼女の服装が視界に入った。ふわふわのニットワンピースを着て、吉沢さんはライダースジャケットを羽織って帽子をかぶり、とてもおしゃれな格好をしていた。なんだか自分が酷く子供っぽい格好をしているように感じてとても気まずい。
「えっと……」
「文化祭じゃん? 委員やってたよね? 園村さん」
吉沢さんは教室では物事をズバズバ言うタイプだ。でも問いかけは優しい気がする。「ぶ、文化祭……」としどろもどろに答えても、彼女は気にすること無く、「へー、すごい大変じゃん」と、カップの飲み物片手に辺りを見渡した。
「でも何で二人? 他に誰かいないの? ドタキャン?」
「なんていうか……予算組みがあんまり上手く行って無くて、どうにか安くすませられないかなって、ヒント探しかな……」
「えぇ、大変じゃない?」
今度は和田さんが首を傾けた。とても親身になってくれている気がする。今まで一度も話をしたことがなかったのに。でも、面白がられているというわけでもない。吉沢さんの視線は、教室で話をしているのを見ていた時よりずっと気さくな印象だ。
「そういえば園村さん、デザイン出来たって言ってなかったっけ? なんか削れたりできないの?」
「うちのママ、デザインの仕事してるけどめっちゃ削られてるよ。日常茶飯事。電話でさ、承知しました〜とか言ってんのにめちゃくちゃ愚痴ってくるもん」
「あ……そっか。勝手に削ってキレられんのやだよね。あっちもせっかく作ったデザインなのにってキレるだろうしさ」
怒られる……、デザインを頼んだ子たちは、あんまり気性が激しい感じはしない。
でも、せっかくのデザインを削られたら嫌な気持ちもするだろうし、せっかくデザインしてもらったのだから、出来れば活かしたい。
ただ今日いい案が思い浮かばなかったら、「どうしても……」とどこか削ることになってしまうかもしれないけれど、目に見えて「ここはいらない!」なんて決められるような部分はどこにもなくて、厳しい……。
「そういえば、吉沢さんや和田さんはお買い物?」
「うん。映画見に行くのと……、あと去年コンセントがイカれて服燃えたからコートとか全然無くて、古着買いに着たんだよね」
「火事……古着……?」
「え、園村さん知らないの? 昔の海外とかの服、ここの通りでめっちゃ売ってるよ」
あそこ! と指さされたそこは、距離的に薄ぼんやりとしか見えないけれど、淡い色味の服が屋外で売られている。「文化祭でリメイクできそうな服あるかな……」と呟くと、「それは無理でしょ」と、吉沢さんにバッサリ否定されてしまった。