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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
17/35

真木くんのこだわり

 真木くんは、脱力し、やる気を失ってはいるけれど、たまに頑固なところがある。たまたま見つけたクレーンゲームのぬいぐるみを気にして、その場から動かずじっと見つめたり、公園の砂場を延々と木の枝で掘ったりして、止めてもやめなかったり。


 まれに見せるその行動力が、彼にとってどんな意味があるのかわからないものの、大切なことなんだろうと、授業と危険に関わらない時以外は見守ることにしていた。でも――、


 深夜に目がさめて、お腹の上になにかあると思っていたら、真木くんが寝ていた。


 私はひとまず彼をなんとか引っ張りベッドに寝かせると、幼稚園の頃していたみたいに一緒のふとんをかけた。おそらく寒くなって入ってきたか、明日寝坊しないよう予め私の部屋で寝ようとして力尽きたかのどちらかだろう。


 なんだか異常に喉が乾いている気がして、私はサイドテーブルに置いていたコップの水をひとくち飲んだ。私は真木くんのお腹をぽんぽんしながら、彼のふとんをかけなおす。


 真木くんが誘拐から開放されてすぐの頃、悪夢を見たり、心がどうにもならなくなったりして、彼はよく夜中泣き叫んでいた。そしてそれから一年から二年くらいの間は、大体四日に一度のペースで夜驚症が出ていた。ただただ泣いていることもあれば、叫びだしてしまったり。そして彼の両親が彼の部屋に行くより、私がベランダを伝った方が早く駆けつけられるからと、彼が泣いている時はよくベランダを伝っていた。


 でも、大きくなっていくにつれて真木くんは自分から私の部屋に来るようになった気がする。ふと夜中に目が覚めると、私の部屋で一緒に寝ていることが増えてきた。自分で症状をコントロール出来ているのかな、と思う反面、夜中にベランダを伝う真木くんを思うと、落ちてしまわないかと不安を覚える。真木くんが二階から落っこちてしまうくらいなら最初から一緒に寝よう……とも思うけど、流石にもう高校生同士だし、それはどうかな……と、悩ましい。


 私は、このまま一生真木くんと一緒でいいけれど、彼はどうか分からない。私が幼馴染で、それで彼がたまたま私のことを信頼に値すると思っただけだし、私が一緒にいることで彼の人生の阻害になってるんじゃないかなと感じる時がある。真木くんの理解者が出来る機会を、私があれこれ傍にいて親しくすることで、奪っているんじゃないかと。


 文化祭だって、お化け屋敷をもっとちゃんとした友達と楽しめていたかも知れないし、普段、映画館に行くことだってしていたかもしれない。小学校の頃の真木くんの様子から考えると、あの事件さえなければ沖田くんのように、クラスの中心で活躍していただろう。文化祭や体育祭だって、きっと真木くんが中心になってクラスがまとまっていたはずだ。


「真木くん……こわいの、とんでけ……」


 起こさないよう、そっと彼の背中をさする。真木くんを誘拐した犯人は、十九歳の大学生。まだ未成年だった。もともと小さい子供に興味があって、魔が差したというのが犯人の言い分だった。そのわりにレンタカーで用もないのに小学校の周りを彷徨いたり、子供に声をかけたりしていたらしいのに少年法で守られていて、警察に逮捕されたものの処罰は普通の誘拐事件よりずっと軽く、刑務所ではなく更生施設に送られていた。


 今、彼がどうやって暮らしているか分からない。どんな顔かは覚えているから、見つけたら分かるけど、今どこで暮らしているかは全く分からなかった。それは襲われた被害者である真木くんも同じだ。どうやら犯人に対しても人権があって、被害者と言えどむやみに居場所を教える事はできないらしい。警察官の人に何度教えてくださいとお願いしても、断られていた。


 もう二度と、怖い目にあいたくない。本当は犯人の顔なんて見たくない。でも、犯人の居場所は教えてもらえないから、もし不意に同じ電車に乗ってても気づくことが出来ない。


 だから、私が真木くんを守らなきゃ。


◇◇◇


 起きた時に真木くんが傍にいたこともあって、一緒に朝ごはんを食べて家を出た私たちは、学校から三駅ほど離れた歓楽街に来ていた。幸い天気は晴れで、真木くんの怖がる暗がりもない、お出かけ日和だ。


「おーでかけ……おーでかけ……」


 真木くんは私の手を握りながら、ぼんやりとした足取りで休日に賑わう町並みを歩いている。今日の彼はパーカーにチェスターコートを羽織っていて、これでもかとマフラーをぐるぐる巻きにしていた。室内に入ったらマフラーをほどいてあげないと、きっと今度は体温調節ができなくなって風邪をひいてしまうだろう。


「そうだ、とりあえず確定で必要な小物の類は買っておこうか。ここ確か百円ショップあったよね」


「ん。この先だよ……」


 真木くんが指差した方を見ると、たしかに百円ショップが並んでいた。その店は日用品や消耗品のオシャレで可愛いものを百円で! と比較的若年層を意識した品揃えで、クラスでリメイクとか雑貨好きな子がよく通っていると教えてもらったそこは、たしかにいつも行っている百円ショップよりも落ち着いた雰囲気で、色味も原色よりパステルカラーやダークカラーが多く感じる。


 お店に入るとすぐハロウィンコーナーがあって、コウモリやかぼちゃ、魔女がデザインされている紙カップや、窓に貼るタイルシールなどが並んでいた。


「そっか、ハロウィンか……」


「おれの、誕生日もある……」


「それは来月ね? 真木くん11月が誕生日なんだよ?」


「そうだっけ……?」


 真木くんはハロウィン仕様のスノードームを手に取りながら首をかしげる。彼と硝子の相性はあんまりよくないからひやひやする。私は絶対必要、と星のマークを書いたリストを確認して、フォークやスプーン、紙ナプキンやストロー、紙皿をかごにいれようとすると、かごがくいっと引っ張られた。


「俺、持ってあげる」


「いいの?」


「いいよ。むきむきだから……」


 そう言って、彼が代わりにかごを持ってくれた。でも、真木くんはとても華奢で、肌もすべすべで白いから、むきむきというイメージはない。いつも寝癖があることさえ除けば、お姫様だ。思えば去年の文化祭で劇をやった時、彼を眠り姫にしようなんて男子が悪ふざけをする流れがあった。真木くんは暗いところが苦手だから彼を眠り姫にするのはやめてほしいとお願いして、事なきを得たけど……。


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