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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
16/35

手放しで喜べるハッピーエンド

「俺、何なんだよあいつって、すげえイライラしてた。俺が食わせてやってるみたいな顔しやがってって。俺が高校出たら見返してやるって……でも、あいつが仕事して、俺が家事とかしてて、あいつすげえ色々してくれてたんだなと思って……」


 沖田くんは、しゃがみこんでしまう。すると、カラカラ……と窓が静かに開かれる音がした。目を向ければ、興大くんやののかちゃんが不安気に沖田くんを見ている。


「にいちゃ、どうしたの?」


「どっか痛い……?」


 たたたっと二人は沖田くんに駆け寄ると、抱きついた。沖田くんは「大丈夫だよ」と安心させるように二人を抱きしめ返している。どうやら、食事は終わったらしく、おぼつかない手で真木くんが片付けをしていた。私はそっとその場を後にして、真木くんの手伝いを始める。


「ありがと真木くん。見ててくれて」


「別に……それよりお腹すいたから、早くおうち帰りたい……。通り魔いて危ないし……」


「そうだね……」


 沖田くんの話を聞くに、どうもお兄さんは犯人じゃないような気がしてならない。沖田くんのお兄さんが十八歳で姿をくらまして、沖田くんが高校生になった時に戻ってきたというのは、この家を借りるためだったんだろう。


 普通、弟たちがどうでも良かったら、戻ってこなかったはずだ。この家は、弟たちが大切で、頼りに出来ない大人たちから守りたかった証拠だ。


 だから犯人は、別にいる。


「大丈夫だよ」


 真木くんはお皿を洗いながら、抑揚のない声を発する。


「俺……昨日テレビで見たよ。沖田のおにーさん、公務執行妨害で逮捕で、とーりまでは捕まってないって。だからその間に犯人がなんかすれば、沖田のおにーさん、出てくる」


「犯人はもしかしたら、沖田くんのお兄さんに罪をなすりつけようとするかもよ」


 今、警察も世間も犯人が捕まったと安心している。だから今行動してしまえば、沖田くんのお兄さんの無実を証明する形になってしまうのだ。逆になにもしなければ、沖田くんのお兄さんのせいにできる。当然犯人は捕まりたくないわけだから、今はなにもしないだろう。


「きっとだいじょーぶだよ、沖田たちは、悪い子じゃないから」


「え……?」


「ん。それより文化祭、いいの? 沖田に話しないで」


「ちょっと、私一人で頑張ってみようと思うんだ。沖田くん、今大変だし」


「じゃあ、俺お手伝いする。めーちゃんお助け委員する」


 真木くんは、そう言いながらも半分瞼が閉じ始めている。私は慌てて洗い物を終えると、沖田くんの家を後にしたのだった。


◆◆◆


 沖田くんの家については、お母さんにメールをして、翌日に学校でだいちゃん先生に伝えた。高校生の私では、出来ることなんて限られている。それに、お金のことが関わっているだろうし、すぐに大人の人に伝えたほうが良いと思ったからだ。


 そしてだいちゃん先生はすぐに沖田くんの家の大家さんに連絡してくれたらしく、沖田くんのいない時は、興大くんとののかちゃんは大家さんに見てもらうことになった。そしてお母さんも、地域の子供について管轄しているところに連絡してくれた。ただ沖田くんが色々警察署で説明もしなきゃいけないらしく、彼は今度は仕事ではなく手続きや相談などで休んでいる。


 そうして沖田くんの家に行ってから一週間が過ぎ、私はといえば、文化祭の予算に頭を悩ませていた。


「内装に一番予算割けないのに、一番予算かかりそうになってる……」


 昼休み中の図書室で、私はスマホと予算とにらめっこをする。というのも、私はクラスで絵がうまい子たちに、内装や衣装についてどんなデザインがいいか案を考えて欲しいとお願いをしたからだ。


 そうして上がったデザインは、不思議の国のアリスに出てくるハートの女王の城や、トランプ兵などを等身大のパネルにして飾ったり、テーブルに薔薇を置き、椅子もいつも皆の使っている椅子の背もたれにカバーをかけ、クッションを貼り付けソファにするなどとても素敵なものだったけれど、明らかに内装の予算が足りなくなるデザインだった。


 でも、お願いした以上、「やっぱり全部直して」は申し訳なくて、なんとか出された案を実現できないか悩んでいる。


 隣には真木くんもいて、おぼつかない手つきでインテリア雑誌を読み、一緒に考えてくれていた。沖田くんには文化祭のことは任せてと言ってしまったし、何とかしなきゃいけないけれど妙案が浮かばない。私は文化祭のいろいろをメモしているルーズリーフを取り出した。


「ねぇ真木くん、不思議の国のアリスなら、やっぱりケーキ必要だよね」


「ん」


「削ったら駄目だよね……」


 喫茶店のメニュー候補は、チョコレートのトランプクッキーに、苺のケーキだ。ただ生の苺は高いから、いちごジャムで、ハートの女王がモチーフの赤いケーキにする予定だ。そして飲み物だけど、珈琲に紅茶、その二つが飲めない人向けにオレンジジュース、その他炭酸となると、結構大きな出費になってしまう。でもクッキーもケーキも、「出したい!」という声は多くて、出来れば叶えたいと昨夜はコストカットに取り組んでいたけど、まだまだ切り詰める必要がある。


 クッキーを既製品のものにしてチョコペンでデコレーションするか、それともケーキにどこか改善点がないか、もういっそ飲み物全てを牛乳に揃えて、味付きの粉をかけるようにしてしまうか……なんて考えていると、真木くんが私の頬をつまんだ。柔らかい触り方だから特に痛みはないけれど、何がしたいのかがいまいち分からなくて、私は目を瞬いた。


「真木くんどうしたの?」


「めーちゃんお疲れだから、りらっくすたいむ……」


「リラックスタイム……?」


「そう。あとね、明日一緒にお出かけしたい。文化祭の食べ物メニュー探ししたい」


 真木くんの持っていた雑誌は、インテリア雑誌からいつの間にかデート雑誌に変わっていた。彼はその雑誌をこちらに差し出しながら「遊びたい……」と、カフェのページを指で示す。


「じゃないと俺、秋眠するかもしんない……最近すごいねむぅだから、身体動かそうかなって……」


 あんまり動きたがらない、自分の部屋で過ごすときは絶対ベッドにしかいない真木くんが、自ら身体を動かそうとするなんて一大事だ。「どこかぶつけた?」「痛い所あるの?」と尋ねながら真木くんのだぶだぶの裾をめくったりズボンをまくったりしていると、「うー」と呻かれてしまう。


「俺がめーちゃんのこと……でえと誘うの……そんなにへん……?」


「いや、でも、真木くん動くの嫌いだよね……?」


「めーちゃんと動くのは好きだよ……歩いたり……お散歩したり……」


「同じ意味だよ……」


 真木くんは「そうかなぁ?」と欠伸しながら返事をして、目をとろんとさせ始めた。だめだ。お昼ごはんを食べて図書室に連れてきてしまったから、彼は活動の限界を迎えてしまっている。私が慌てて教室に戻る支度を始めると、彼が私の手を握った。


「こーして、お手々繋いで歩く……のが、一番幸せだもんね。ねぇ、めーちゃんは俺と歩くの……好きでいてくれる?」


「もちろんだよ」


「ほんとに……? よかかってくるの……面倒くさいなぁとか思わない……」


「思わないよ」


「なら、良いや……おやすみなさい……」


 真木くんはそう言って、目を閉じてしまった。私は慌てて肩を叩くけれど、彼は頭を伏せて「ねむです」としか答えない。


「起きて真木くん。あと十分で授業始まるよ」


「俺……机だから……真木くんじゃないでーす……」


「真木くんだよ。ほら」


「図書室では、お静かにだよ? めーちゃん」


 真木くんは「しぃー」と自分の口の前で人差し指をたててから、また眠りにつく。私はなんとか彼を揺すり起こし図書室を後にしたのだった。


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