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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
14/35

完璧な王子様が死んだ日

 その間に何をされたかは分からないけど、信号が赤になった時、咄嗟に車から逃げ出した彼は、近くの交番に駆け込んだそうだ。


 事件の詳細を私は未だに知らない。ただ保護された直後の彼に会いに行った時、彼はがたがた震え人と話せる状態じゃなかった。物音一つにも怯えてずっと俯き、人の気配を感じれば吐いてしまう真木くんは、当然学校に行くことなんて出来ず、家から出れずにいた。


 私は何度も真木くんの両親に謝って、彼に会いに行った。日が経つにつれ何かに怯えたり、吐いたり、泣き出すことはなくなっていったものの、徐々に物事に対する気力を失い、ぼんやりし始めた。年を重ねるに連れ幼さが目立ち、言動も行動もあどけないまま止まっている。それは全部、私があの時、彼から目を離したからだ。


 眠りすぎるのも心配になるけれど、誘拐されたときの真木くんは全く眠れていない様子だった。泣いて叫ぶ時間のほうが圧倒的に多かったから、眠れているのなら……と、、彼が寝ているたびに安心しているのも事実だった。


 遊びに行くわけじゃないのに、沖田くんの家に、何か迷惑をかけてしまう可能性のある真木くんを連れて行くのはよくないと思う。けれど、真木くんを置いてどこかへ行くという選択肢は私にはない。


 そう思って私は真木くんと一緒に、放課後沖田くんの家に向かったけれど……。


「ここからどうすればいいんだろう……」


 辺りには、貰ったメモにあった町名が記された電柱が並んでいるけれど――真木くんが住所の書かれたメモを見たいと言うから見せた結果、風に吹き飛ばされてしまい、ここから先の番地がわからず途方に暮れている。


 だいちゃん先生から受け取ったとき、メモを見たものの、暗記したわけでもないからこのまま一軒一軒探していくのはなかなか厳しい。早く帰らないと、暗くなってしまうし……。


「真木くん、沖田くんの家のメモにあったアパートの名前とか覚えてない?」


「わかんない……ごめん……」


 彼はしょんぼりした様子でがっくり肩を落とした。このままだと暗くなってしまう……ひとまず目についた青薬荘というアパートのポストから名前を確認しようとすると、真木くんは私のもとを離れ、ゴミ捨てをしているお婆さんに声をかけた。


「すみません……あの、沖田って高校生のいるおうち、知りませんか……?」


「ええ、沖田……?」


 お婆さんは新聞で包んだ『危険・刃物』と書かれたゴミを持っている。包丁を捨てるところだったのだろう。他にも電球や乾電池など、名前を書いた袋や、オレンジと紫の歯ブラシをいくつも捨ててから、「あぁ、あの兄弟のいる家か」と、思い出したように呟いた。


「そこの奥のなしづかって書いてあるアパートに住んでるよ。……町内会で少し話題になったから……うん。沖田って兄弟だ」


 お婆さんは「あんたらあそこんちの同窓生かい?」と尋ねてくる。


「はい。同じクラスで」


「大変だねぇ、文化祭も近いのに。その制服、天津ヶ丘だろう?」


「はい……」


「何やってんだ! 婆さん! あんたまた勝手な時間にゴミ出して!」


 頷こうとすると、横から怒鳴り声が響いた。アパートの向かいの一軒家から、おじさんが飛び出してくる。おじさんはものすごい剣幕でお婆さんに近づいていった。


「婆さんだめだって言っただろう、夜にゴミ出すのは!」


「なんだよ。これはアパートのゴミ箱だよ。そっちとは関係ないだろう」


「関係ないわけないだろう! 決まりも守れんで、お前さん子供出てったら孤独死だぞ! 俺はこの町内の会長でもあるんだからな」


「うるさいねぇ」


 おじいさんとお婆さんは口論を始めてしまった。どうしようか考えていると、お婆さんは私に振り返り、「じゃあ、気をつけるんだよ。この辺りひったくり多いから」と、アパート一階、「大家」と書かれた表札の家へと帰っていった。おじいさんは「カメラでも買わなきゃ駄目だな」と、神経質そうな溜息を吐いて、自分の家へ戻っていく。


 今度はなしづかアパートを目指して歩いていくと、さっきの青薬荘からちょうど20メートルほど歩いたところに、「なしづか」とかわいいポップ体で書かれた表札のあるアパートを見つけた。ポストを確認すると、「沖田」と名前の書かれた部屋を見つけた。202号室だ。階段を登っていくと、バン! と音を立ててちょうど202号室が開いた。


「お兄ちゃん! どうしよう! ご飯全部焦げちゃったよー! あれ? お兄ちゃんじゃない……?」


 沖田くんが住んでいるらしい――部屋から出てきたのは、小学校低学年くらいの男の子だった。魚や動物のTシャツに半ズボン姿の彼は、私たちを見て驚いた顔をしている。


「えっと……沖田くん……私たち、沖田優希くんのクラスメイトなんだけど、お兄ちゃんまだ帰ってきてないかな……」


「お、お兄ちゃんコンビニ行ってて……」


「お買い物?」


「ううん。お仕事……えっと、えっと……」


 男の子はもじもじして俯いてしまった。それと同時に部屋の中から焦げくさい臭いと、「おなか空いたよー! ごはんまだー!!」と、小さい子の泣き声が聞こえた。男の子は困った顔で目に涙を浮かべている。


「お、お姉ちゃんたち、お家の中に入ってもいいかな?」


「う、うん……」


 私は足早に、「沖田」と表札がかけられている部屋へと入った。中は少し白く煙っていて、煙が濃くなっているほうへ進むと、煙を上げた炊飯器と、そのそばで「おなかすいたー!」と泣いている女の子を見つけた。私はすぐに煙を上げている炊飯器を流し台に置いて、窓を開いてから女の子に声をかける。

「この炊飯器、触った? 痛いところない?」


「う、うん……あれ、お姉ちゃんだれ……?」


「優希お兄ちゃんのお友達だよ。同じ学校に通っているの。ねぇ、あなたのお名前は?」


「ののか……」


「ののかちゃんかぁ! もう大丈夫だから安心して? 大丈夫だから」


 頭を撫でると、ののかちゃんは泣き止んでいく。振り返ると、先程飛び出してきた男の子が、不安げな表情で真木くんの隣に立っていた。

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