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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
13/35

あの日

「すごいですね、生きてるみたい……」


「今度のコンクールに出すんだよ。ちょうど文化祭の次の日が締め切りなんだ」


 何度も何度も執拗に細密に塗られた肌は、まるで本物みたいに見えてしまう。女の人の瞳は閉じられているけれど、今にも目を見開いて、こちらに迫ってきそうな気がした。


「で、沖田のことなんだが……園村お前、家は空木町の方で使ってる上り線だよな? 帰りに、ちょっとあいつの家まで様子を見に行ってもらいたいんだが……」


「え……」


「あいつ、休むようになった日の前日にしばらく休むって連絡来たんだけどさ、今日金曜日だろ? 電話しても出ないから先生が行きたいんだけど、会議あってなぁ。園村、悪いんだけど家にいるかだけでもちょっと見てきてくれないか?」


 先生はすごく困った様子だ。私も文化祭のことで話もある。それに、やっぱりお兄さんのことを知っている以上心配だ。他の誰かが行くより私が行った方がいいかもしれない。あんまり人に知られたくないだろうし……。


「分かりました。早速今日の放課後、様子を見てこようと思います」


「ほんとか! じゃあこれ、住所のメモ渡しておくな! 夜道気をつけろよ? 」


 だいちゃん先生は私にメモを渡すと、笑みを浮かべた。メモには私の家と結構近い住所が書かれている。休み始める前日に連絡が来たということは、文化祭委員についての話をした日から連絡が取れていないということだ。いったいどうしているんだろう……。不安に思いながら美術室を後にすると、扉から出たすぐのところで真木くんがしゃがみこんでいた。


「ま、真木くん!?」


「ああ、めーちゃん。おはよ……」


 真木くんがゆったりとした動作で立ち上がり、大きな欠伸をする。「迎えに来てくれたの?」と問いかけると、彼は頷いた。


「沖田いなくなったと思ったら、今度はだいちゃんせんせーのところ行っちゃったから、寂しくなってついてきちゃった……」


「来るまで転んだりしてない……? スマホとお財布ちゃんと持ってる?」


 真木くんと教室に向かって歩きながら、私は床や辺りを確認する。彼はよくものを落とすから、財布やスマホを落としてないか不安だ。


 特に真木くんは、スマホをよく落とす。面倒臭がってSNSの類をやらず、電話のみに使っているためか、彼はスマホを「どうでもいいもの」「ポケットに入れていたら重い」と捉えているらしい。ぽんとそこらへんに置いてしまうし、私の部屋に置き去りになっていたことも一度や二度じゃない。さらに、私が言うまで持っていないことに気付かないから、必ず学校に行くときと帰るときにはお財布とスマホはちゃんと持っているかチェックしていた。


「うん。スマホもお財布もポケットにあるよ。それより何でめーちゃんだいちゃん先生のところになんて行っていたの?」


「沖田くん、ずっと休んでるでしょ? だから文化祭について聞きたかったのと、心配だから。あっ、あとそれと、今日帰り道沖田くんのおうちに寄ってもいいかな?」


「どうして?」


「沖田くん、あんまり連絡つかないんだって。それでだいちゃん先生に頼まれたんだ」


「えぇ……殺人鬼がうろうろしてるから、寄り道駄目って先生達皆言ってるのに?」


「うん。先生どうしても行けないらしくてさ」


 正直、沖田くんのお兄さんが犯人とは、思いたくない。でもそれらしき人が逮捕されていて、暗くならないうちに帰ってこれれば大丈夫……という、安心感もあるのが複雑だ。


「駄目、かな?」


「俺もついていっていいならいーよ……一人で行くのはやだ。ただでさえ沖田のとこだし……」


 じっとりと、不服そうな目で真木くんは見つめてきた。「俺のこと置いてったらやだよ」と、袖を握った。


「めーちゃんのせいで、俺は連れて行かれちゃったんだからね……めーちゃんが置いていったから……」


 真木くんの声は震えている。それでいてどこか縋るような声に、胸の奥がきゅっと詰まった。「置いていかないよ」と手を繋ぐと「置いていったもん」と私を見る。


「もう、置いていかないよ」


「嘘つかないでね」


「大丈夫」


 真木くんの手をひいて、私は教室へと向かっていく。心なしか彼は、私に身を預けるようにして歩いていた。


◆◆◆


 真木くんが誘拐された日、私は一人で学校から帰っていた。小学校二年生の、赤いもみじが少しずつ木から離れていくような、そんな何気ない秋の日だった。授業は、一時間目が算数で、二時間目が国語。三時間目が家庭科、四時間目は体育で、男女別れて着替えをしているときに、クラスメイトの女の子に言われたのだ。


「真木くんって芽依菜ちゃんのことばーっかり優先するけど、ただ家が隣なだけだよね? ずるいよ」


 その子は、クラスでも目立つ子だった。ピンクの髪留めをしていて、服装だっていつもオシャレだった。一年生の頃、雪の日はその子だけが大人が履くみたいなかっこいいブーツを履いて登校していて、クラスの女の子達の憧れだった。


 ただでさえ、どう返していいか分からない言葉が、周りからの非難の目も感じてしまい、もっと口から出なくなった。でも、きっと真木くんのことが大好きだったその子にとって、ただ家が隣なだけで理由なく隣に立っている私は、悪でしか無かったのだ。


「ずるだよ芽依菜ちゃん! 真木くん独り占めして! 私も真木くんと帰りたいから、今日は芽依菜ちゃん一人で帰って!」


 私は彼女から発せられた言葉に、頷くことしか出来なかった。それから給食で何を食べて、五時間目の授業をどんな風に受けたのか分からない。


 放課後真木くんに「先に帰るね!」とだけ伝えて別れて、私は今までずっと二人で帰っていた道のりを、一人で帰った。家で、私は真木くんのこと、明日からも一人で帰ったほうがいいだろうと漠然と考えていたその時、真木くんは、誘拐された。


 警察の人の話によれば、放課後一人で歩いていたところ、車で攫われ三時間ほど連れ回されたらしい。


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