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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
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ひとの世

「園村、いっつも真木見てるからさ、俺なんか見てたら余計目立つし」


「ごめん……そこまで考えてなかった」


「マジ園村謝りすぎ。今日のことだって全然謝んなくていいことだし……つうかどうする? クラス予算とメニュー。色々投げっぱにされたけど」


 沖田くんが、ちらりと後ろの教室に視線を向けた。今までの文化祭を思い出すと、だいたいドリンクメニューは五種類、それにケーキやクッキー、パンケーキだった。お客さんの入りは去年の文化祭の名簿を借りるとしても、メニューは工夫して安くしないと……。


「最初にメニューだけ決めたほうが良いと思うんだよね。なるべく安く済むようなもので……それでなんだけど、必須の物と買い出しの店のリストアップと、想定できる予算組み、私がやっておくよ」


 今日、私は全然お仕事しきれなかったし、気にするなと言われてもやっぱり沖田くんのお兄さんは今、大変な状況なわけで、仕事の分担は真っ二つにすれば出来てしまうけど、今の状況の沖田くんにはそれすら大変な状態だと思う。


「それじゃあ全然俺の仕事ないし、園村への負担がでかいじゃん」


「チェックとかは一緒にやってもらうし、その、黒板の前に立って話をするのとか、私上手く出来てなかったし……」


「でも……じゃあ学校でやる時、教えて。そのときになったら、マジ手伝うから――」


 沖田くんの話の途中で、鐘が鳴ってしまった。彼は「教室戻るか」と、廊下を進み始める。私も遅れないよう後を追い、教室へと戻ったのだった。


◆◆◆


 去年カフェをやったクラスや、劇をやったクラスの予算を見て、衣装や内装、飲食代の予算を割り出すことは、比較的簡単に出来た。ただ、どこのクラスも赤字にならないよう、きちんと利益が出るようぎりぎりの予算を組んでいた。


 中には知り合いの喫茶店から賞味期限の近いケーキを貰ったから仕入れは0円とか、その日限り、その場限りの費用もあって一応予算は組めたものの、相当切り詰めないと厳しい。


 流石にアリスカフェで制服での接客というのは世界観を壊してしまうし、食べ物が一種類の喫茶店もよくないから削るとしたら内装費だけど、そこもそこで削ってしまえば世界観に響くし……。


 なんて、問題はまだまだ山積みだけれど、新たな問題が出てきてしまった。


「沖田くん、今日も休み……?」


 朝、いつもどおり登校してくると、沖田くんの姿が無かった。不思議の国のアリスモチーフの喫茶店にしようと決めてからというもの、沖田くんは休み続けている。クラスの男子が連絡しているらしいけれど、メッセージに既読がつかないらしい。電話にも出ないけれど、一応学校には連絡しているらしく、先生たちは沖田くんの欠席について知っているようだった。


 となると、欠席理由はお兄さん、ということになる。だいたい逮捕されてから一週間くらいだけど、沖田くんも捜査に協力したりしているのだろうか……。


「ほら、真木くん学校着いたよ。椅子に座ったら寝ていいから。ね?」


「ねむ。ねむむ」


 一度沖田くんについて、先生に聞いたほうが良いだろう。私は真木くんを椅子に座らせつつ、教室を後にする。だいちゃん先生は、美術室か、美術準備室……もしくは職員室にいるだろう。教室から一番近いのは職員室だ。


「失礼します……二年七組の園村です」


 早速職員室に向かって名前を名乗り、だいちゃん先生がいないか尋ねると、非常勤の先生が呼びに行ってくれた。職員室は教室三個分くらいの大きさだけど、出入り口は一つしか無く、生徒は中まで勝手に入っちゃいけない決まりだから、出入り口近くの先生に呼びに行ってもらうことが多い。職員室内では所々ミーティングや打ち合わせが行われていて、「猟奇殺人について、生徒の放課後の寄り道について注意するように」と、不審者情報などのプリントが貼られたホワイトボードが置かれている。


やがて非常勤の先生が戻ってきて「今席を外してるみたいだ。多分美術室か美術準備室にいるんじゃないかな」


「ありがとうございました。失礼致します」


 私は職員室を出て、そのまま廊下を歩き、美術室のある西側へと向かっていくと、ぽんと肩を掴まれる。


「きゃっ」


 私はあまりに驚き、悲鳴を上げてのけぞってしまった。心臓がばくばくしながら振り返ると、だいちゃん先生が驚いた様子で立っていた。


「わりい、驚かせるつもりはなかったんだが」


「あ、こちらこそごめんなさい……大きい声出しちゃって……」


「それよりどうした? こんなところで。この先は美術室以外無いぞ?」


「えっと、沖田くんについて聞きたいことがあって……」


 さっき、驚きすぎたせいか気持ちが悪い。俯きがちに答えると、先生は時計を確認して美術室を指差した。


「授業の準備しながらでいいか?」


「はいっ大丈夫です」


 美術室に入ると、だいちゃん先生は黒板の横にある扉を開け中に入ってしまった。美術室と美術準備室はつながっており、先生だけが行き来していいという決まりは、美術の授業の一番最初のオリエンテーションで聞いた。美術準備室の中は教材はもちろんのこと、先生がテストの問題用紙を作ったり、テストの採点をするのにも使っているらしい。私は少し扉から離れて立ち、美術室の中を見渡した。


 中は教室を半分に分けるように、大きな長机が二つ置かれている。壁には賞を取った生徒の絵がかかっていて、教室の後ろの方には作品を乾燥させる棚や、美術部の人が描いて置きっぱなしになっているらしいイーゼルが立てかけられていた。


 まるで教室後方を守るように並ぶ絵を眺めていると、その中に先生の描いていたらしい絵がある。この間はB5くらいの、数学や生物のノートと同じサイズだったけれど、今回のは人ひとりが横になったくらいの長さがある長方形のパネルに、アクリル絵の具で描かれていた。


「あ、それか? この間のは試し描きで、それが本描きなんだ。でかい絵描く前は、小せえのにラフ描いて色とか試しで見るんだよ」


 先生が隣に立った。真っ黒な……それでいて青っぽい背景には、うっすらと金地の蜘蛛が描かれ、中央には天へと手を伸ばす着物姿の女の人がいる。着物は赤地で極彩色の花々が咲き乱れていて、それも目を惹くけれど、一番目立つと思ったのは女の人の肌だった。


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