かわいそうなクラスメイト
沖田くんの兄が逮捕された翌日。彼は取り乱す様子もなく、学校に来た。クラスでは彼のお兄さんが捕まった話題なんて誰もせず、そもそも知られていないらしい。朝教室に入ると、彼は相変わらずクラスの中心で、男子たちと盛り上がっていた。多分、クラスの雰囲気を見るに、私と真木くんしか知らないのだろう。
一旦席について、真木くんが怪我すること無く着席したのを確認した私は、沖田くんのもとへと向かった。
「沖田くん」
「あぁ、園村……どうした?」
声をかけると、彼は目に見えて戸惑った顔をした。その為か、彼の周りにいた男子たちも首を傾げた。「文化祭委員だったっけ」なんて言いながら、向いてくる視線は居心地が悪くて、きゅっとスカートの袖を握りしめる。
「文化祭のことで、皆にアリスのこと発表したりした方がいいかなって……今日、電車の遅延も部活動も無い日だし」
今日は業者が校庭に入るようで、朝の部活動は取りやめになっている。教室を見ても大体の人が揃っていて、ざっと見る分にまだ登校してきてない人はいないし、ちょうどいいだろう。沖田くんは「あ、わりい完全に忘れてた」と、慌てて教卓へ歩いていく。
彼は黒板の前に立つと、「ちょっといいかー」と、大きな声を響かせた。今度は教室の視線がこちらに集中する。私は「文化祭委員からのお知らせで、提案があって」と付け足した。
「童話喫茶って最初はざっくり決めたけど、出来れば内装で使う布? とかどうせなら衣装と共用で使いたくて、それでカフェって言ったら紅茶とかケーキだからさ、不思議の国のアリスで統一したいんだけど、みんないい?」
沖田くんの言葉に、教室の皆がざわついた。いい反応なのか、悪い反応なのか判断がつかず、沖田くんに「多数決取ったほうが良いかな」と問いかけると、彼は「大丈夫だろ」と平然としていた。
「よさげ? いいならそれでやっちゃいたいんだけど」
「おっけー!」
「アリスかわいいからいーよ!」
クラスの中でも、目立つ吉沢さんが返事をした。するとそれが合図みたいに皆口々に同意していく。目に見えて反対する人はいない。ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、「あのさー」と和田さんが手を上げた。
「衣装ってどうすんの? 持ち寄り? それとも予算で作るの?」
「着たいものがある人は持ち寄りで、ない人は予算で作れればって思ってる。ただ予算には限りがあるから……」
「飲食の材料費とかもあるよね、だいたい一人あたりいくらくらい衣装の予算ふれそうか考えてる?」
その質問に、どきりとした。そこまでは考えてない。私は必死に頭を働かせるけれど、出た言葉は「ごめんなさい、け、計算します」だった。消去法から行くんだったら、カフェという以上食べ物から確保していかなきゃいけない。
後の予算もあるから、今すぐに出せない。クラスメイトたちは一気に不安な顔をして、私は申し訳無さでいっぱいになった。
「あ、メニューとか、全然そっちで決めていいから」
沖田くんと仲のいい男子がばっと手を上げて、空気を変えるように笑った。
「そーそー、去年うちのクラス皆の意見聞いて変なのになっちゃったしね」
そう言って頷くクラスの子の瞳には明らかな落胆が混じっている。沖田くんが気まずそうに、「えーっと、とりあえず今日はアリスでいいかってだけだから、また予算について今日みたいに話するな」と、締めくくると、やがてクラスはいつもの雑談へ戻っていった。
「ごめん、沖田くん」
「いや、俺も文化祭委員だし。つうか園村なんか後から入ったわけだし、謝んないで」
「でも、沖田くんは忙しいはずで――」
言いかけて、私は口を閉じた。教室では、絶対触れられたくなかった話題のはずだ。気まずさに視線を落とすと、「ちょっといい?」と沖田くんに廊下へと促される。一度真木くんの方を見ると彼は寝ていて、机に吸い寄せられるように伏せていた。目を離しても、怪我をすることはないはずだ。少し安心してから、沖田くんと共に廊下へ出る。
「えっと、園村の親って、刑事――なんだよな?」
教室から出て、少し歩いたところの階段の踊り場で、沖田くんは周囲を確認しながら尋ねてきた。頷くと、「そっか」と言ったきり、何か言ってくる気配はない。クラスの人たちにバラされることを心配されているのだろうか。
「クラスの人に言ったりしないよ。捜査のあれこれは言っちゃいけないって、決まってるし」
「それは助かるんだけど……あの、兄貴のこと、気にしなくていいから」
まるで予期していなかった言葉に、私はあからさまに戸惑ってしまった。お兄さんと怒鳴り合うみたいな電話をしていたし、気にしなくていいというのもあながち強がっているようには見えない。
これではまるでお兄さんに対して嫌悪を抱いているみたいだ。そういえば昨日、両親とは連絡が出来ないということを言っていた気がする。沖田くんには、なにか、複雑な事情があるのだ。
「……わ、私は、その、誰かの家庭環境に首を突っ込んだりとか、そういう気はないから安心してほしいというか……」
「違う、そういう意味じゃなくて。俺のこと心配しなくてもいいってこと」
「え?」
「なんか今日、心配もろに出してる顔で見られたから。そんなんじゃクラスの奴ら誤解するだろうし、真木も気にするだろ」
「あ、ああ。ごめんね。確かに私が沖田くんのこと見てたら、沖田くんになにかあるって思われるよね、ごめん……」
「それも違う。園村が俺のこと好きとか、俺が園村のこと好きとか、そっち系」
そこまで言われて、ようやく意味を理解した。先週、クラスの子が特定の男子にしか物を貸さないとかで、なんだか色々噂されていた。そんなこともあるわけだから、変な動きをされていたら誤解されるだろう。