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K病院の噂

作者: 伊吹咲夜

多分怖くないです。

 どこの病院にも噂話や怪談話というものは存在するものだ。

 地元で大きな総合病院として知られているK病院にも例に漏れなく噂話が存在した。


『虐めにあった新人看護師が、夜勤の時に堪えられなくなって屋上から飛び降りたんだって』


 嘘か本当か。また本当だとしたらいつの話なのか。

 そんな真相も分からぬまま、僕は胃潰瘍になって件の病院に入院することになった。

 別に噂は噂だし、実害がなければ関係ない。

 そんなスタンスで噂を気に留めることもなく入院生活を開始した。


 そもそも看護師が自殺したって言っても、患者には関係のない話。

 そこに勤務するならば先輩が厳しいんだとか、勤務状況が劣悪なんだとか問題視する部分にはなってくる。

 実際、看護業務にしろ医療現場というのは過酷でいわば『ブラック』だと思うし、それを承知で勤めていると思う。


 入院して一週間、売店や談話室に行くようになると自然と話しをする他の患者が出来てくる。

 そのうちの一人、今村さんは糖尿病らしく、結構長く入院いているみたいだ。


「なあ、お前、この病院の噂知ってるか?」

「はい、あれでしょ? 看護師が自殺したっていう」


 自殺するくらいここの看護師は厳しいんだ、看護されてる時に我儘いうと雑に扱われるぞ、とでも言いたいのだろうかと思っていた。


「どこの病院だって忙しいですし、先輩ってのは厳しいものですよ。本当にいじめだったかどうかは現状を詳しくしらないから分かりませんが」

「それはそうだけどな。その、自殺した続きってのを知ってるか?」

「続き?」


 何だそれは。

 遺族によって訴訟でも起こされたか? と思ったが、話は現実的なところからかなり外れたものだった。


「その看護師がさ、出るんだよ。志半ばにして自ら命を絶ったが、やはり看護師としての仕事はやり続けたかったんだろうな。診察室、病棟、ナースセンター。あらゆるところにその看護師の幽霊が出没するって話だ」

「……へぇ。それはまた」


 子供騙しな。

 新人患者を怖がらせて楽しんでるんだろうが、僕はそこまで幽霊話やオカルト的なものは信じないし怖がらない。

 殆どが嘘臭くて失笑にしかならない。


「怖いだろう? その幽霊を見ると、そいつは必ず死ぬっておまけ付きだ」

「死ぬ……」


 病院でそのおまけは如何なものだろう。

 僕みたいな軽症患者なら笑って受け流せるが、癌や難病で苦しんでいる患者や家族の耳にでも入ったら大変な事になり兼ねると思うが。


「今村さん、その話、あんまりしない方がいいですよ。人によっては聞いて冗談では済まされない感じの内容ですし」

「何だよ、これくらいの話で。若いのに頭の固いやつだな」


 そう言って今村さんは機嫌を悪くして談話室から出ていった。

 頭の固い云々じゃなくて、もう少し状況を弁えて話せということくらい分からないものなのかと頭が痛くなってくる。


「気を悪くしなさんな。あの人、ああやって人を怖がらせて楽しまないと、何の楽しみもないんだから」


 そう話かけてきたのは、僕が入院したのより一週間くらい早く入院された松本さんだ。

 松本さんは仕事中の事故で骨折したということだ。


「糖尿っていったら食べ物も制限されますしね。毎日のおやつが生きがいだったりすると、それこそ楽しみが奪われちゃった感じになりますしね」

「そうそう。今村さんも毎日のどら焼きが唯一の楽しみだったらしいよ。これといって趣味もなかったそうだ」

「で、今趣味が人を怖がらせて楽しむこと……」


 随分な悪趣味だ。

 それなら笑い話のひとつでも仕入れてきて、あちこちの病室で披露して楽しませてあげればいいのに。


「俺としちゃあ、幽霊話ってのは面白くていいんだけどな。本当に出会ったら死ぬのかは興味があるな。ま、俺が折っただけの健康体だから言えるのかもしれんが」

「それは大いにありますね。僕はもともと幽霊なんて信じない方なんでいいんですが」


 ははは、と僕は笑って松本さんに返した。


「噂は噂ですからね。実際に出会えるなら美人な看護師さんの幽霊がいいですね」

「それは言える。どうせ死ぬなら美人な看護師さんにシモの世話してもらってから死にたいね」


 松本さんはそれ以上の展開まで想像しているようなヤニ下がった顔で言った。


「あら何か楽しそうね。でもそろそろ夕食の時間なので部屋に戻ってくださいね。他の皆さんはもう戻られてますよ」


 いつの間にか側に来ていた看護師さんに声をかけられ周りをみると、談話室にはもう誰もいなかった。


「あ、すいません。今戻ります」

「急がなくても大丈夫よ」


 そう言って看護師さんは談話室を後にして、ナースステーションの方に向かって歩いて行った。


「いやぁ、話に夢中になってたみたいだね。看護師さんが来たのも他の人が帰ったのも気が付かなかった」

「本当に」


 ではまた、とペコリとお辞儀をして松本さんは松葉杖を突いて病室に戻っていった。

 僕も戻ろうと椅子から立ちあがり、ふと気になった。


「談話室、あんなに人がいたのに、それが誰もいなくなったのに気が付かないほど話に夢中になってたか?」




 今村さんのくだらない噂話から数日、あれから談話室で今村に会うことはあっても、あの話をされることもなくまたこっちからもすることもなく、平穏に過ごしていた。

 というか何だか大人しいくらいに感じる。

 今日も談話室に今村さんと二人でいるのだが、黙って下を向いているだけだ。


「今村さん何か元気ないですね。おやつのつまみ食いでもバレましたか?」

「いや、そうじゃないんだ」


 不自然なくらいに大人しい今村さんに異常を感じ、僕はなまじ冗談でもない冗談を言って今村さんに近づいた。


「そうじゃない?」


 そう言う今村さんの顔色は真っ青だった。


「本当だったんだよ、あの噂は」

「噂?」

「この病院で自殺した看護師が出るって噂だよ! あいつは……あいつはその看護師を見たから死んだんだ!」

「今村さん、ちょっと落ち着いて」


 何を思い出したのか、真っ青な顔色に加え身体をぶるぶると震わせ始めた。

 人が怖がったりしているのを見て喜んでいた今村さんとは思えない。


「これが落ち着いていられるかってんだ。次は俺のところにやってくるんだ! ニコニコお世話しながら、俺が死んでいくのを嬉しそうに観察しやがるんだ!」

「ちょっと今村さん!?」


 あまりの動揺っぷりに僕は今村さんの肩を強く掴んで呼びかけた。


「何があったのかは分かりませんが、深呼吸しましょう。少しは落ち着くと思いますよ」


 隣に座り『吸って~、ゆっくり吐いて~』と誘導して、ある程度落ち着いてきた感じにみられたのでもう一度今村さんに尋ねた。


「噂が噂でなかった。一体どうしてそう思ったんですか?」

「……お前さんは知らないヤツだと思うんだが、俺と一緒の病室に町田ってのがいるんだ。そいつが一昨日死んだんだ」

「その町田さんの死と噂が関係していると?」


 誰かが死んだからって、それが噂によるものと直結させるなんてナンセンスすぎる。

 ここは病院だ、いつ誰が死んだっておかしくない場所だ。


「町田は、看護師の幽霊に連れていかれたんだ……」

「いやいや、考えすぎですよ。たまたま病状が悪化して亡くなっただけでしょ」

「違う」


 今村さんは強く否定した。

 何を根拠に? と口を開きかけると、今村さんは言われると分かっていたのか一気に言葉を吐き出した。


「違うんだ! 町田は、町田は死ぬような病気じゃなかったんだ! だってあいつは盲腸で入院してただけなんだぞ!? そんなんで普通死ぬか!?」

「そ、それは……」


 盲腸で死ぬなんて、病院に運ばれるのが遅くて破裂してしまったとか、術後の処置が悪くて何らかの菌に感染したとかなら分かる。

 しかし町田さんという人はここに運ばれたということは前者ではない筈だし、後者なら医療事故として扱われる重大なことだ。

 僕が知る限りでは患者さんが急変して運ばれていくようなバタバタしたことはなかった筈だが……。


「町田さんの術後の経過がよろしくなかったとか?」

「それもない。あいつは死んだ翌日には退院する予定でいたんだから。それなのにいきなり死ぬとかありえないだろう!?」


 何か他の理由を探して否定しようとしたが、何も浮かんでこなかった。

 それでもまだ信じられなくて頭はあれこれと否定できる理由を模索していた。


「町田もこの噂は信じちゃいなかったんだ。俺同様面白おかしく、他の患者をからかう材料として話していただけで、まるで信じていなかった。だから町田は看護師の幽霊に呪われて死んだんだ……。次は、きっと俺が殺される……」

「今村さん、そんな根拠のないこと信じちゃダメですよ! 偶然ですよ、偶然! 町田さんは盲腸の他に何か病気があったんですよ! それが発見されないまま悪化して亡くなったんです!」

「……次は俺が殺される。ここにいたら間違いなく殺される」


 ありえそうなことで否定してみたが、今村さんは聞いていなかった。

 むしろ聞こえていない様子で、ぶつぶつと『次は俺だ』と繰り返し、自分の言葉にハッと気づいて立ち上がった。


「逃げなきゃ! 今すぐに逃げないと殺される! あんたも殺されたくなければ逃げろ!」

「ちょっと今村さん!?」


 興奮しているのか僕の声はまるで聞こえていない。

 いくら『落ち着いて』と言ってもどこを見てるのか分からない虚ろな目でキョロキョロと見回し、何かを見つけたらしく反対側の廊下に向かって、大きくせり出した腹を揺らしながら走り出した。


「そっちは行き止まりですよ!? 今村さん!?」


 それでも今村さんはよろめきながらも廊下の向こう、非常階段へ向かって走って行く。

 名前のとおり非常なので、何かないと鍵が掛かっていて外には出られないようにはなっているので、今村さんが階段を使って下りて外に出たりする心配はない筈。

 なんだけど……


「今村さんストップ! 階段はダメです!」


 何故か胸騒ぎがして僕は声をかけながら今村さんを追った。

 相手は巨漢な中年。そんなに早く走れるわけもないし、この短時間でそこまで距離が離れるわけもない筈だった。

 なのに走り出したときにはもう今村さんの手は非常階段の扉に手をかけていた。

 そして僕といったら、ただの胃潰瘍で入院している筈なのに、身体が重く、脚は鉛でも括りつけられたように走ることを拒否していた。歩く事すらままならない。


「開けちゃダメだ! その先には行っちゃダメだ!」


 叫びも虚しく、開かない筈の扉はガチャリと重い金属音とともに外との繋ぎ目を解放し、踏み出してはいけない空間へと今村さんを招き入れた。


「どうしました?」


 無理矢理脚を動かし非常階段に向かおうとしている僕の背後から突然声がした。


「あ、看護師さん! 今村さんが、今村さんが!」

「今村さん? どうされたんですか?」


 言葉にするのももどかしく、非常階段を指さして『止めて!』と強く訴えた。


「あら!? 非常階段の鍵が! 大変!」


 言いたい事を理解してくれたのか看護師さんは慌てて非常階段に向かって走って行く。

 その間も僕の脚は動かず、後を追うことは出来なかった。


 開け放たれた扉から看護師さんが身体を外に出した刹那、聞きたくもない音が僕の耳をつんざいた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 ドンッ


 何が起こったのか考えたくもない。分かっているが知りたくもない。

 グルグルと何かが頭の中で回り始め、追いかけていった看護師さんと他の看護師さんらしき声が遠くに声始めた。




 目を開けると真っ白い天井が目に入った。


「あれ? 病室?」


 親しくなりかけた人が突然発狂して飛び降りるなんて現場に居合わせてしまったから仕方がないのだろうが、気を失ってしまうとは情けない限りである。

 かなりの時間目を覚まさなかったのだろう。談話室にいたのに気付けばベッドの上だ。


「何言ってるんですか? 検温の時間ですよ」


 横を見るといつもの看護師さんが不思議そうに笑っていた。

 はい、と体温計を差し出しながら何か夢でも見ていたんですかと聞いてきた。


「夢……。そうですよね、あんなことが実際にあったら大問題だ。ええ、嫌な夢を見たんですよ」

「嫌な夢は話した方が現実にならないって言いますよ?」

「ですね。実は……」


 検温が済むまでの時間で『夢』をざっくりと話すと、看護師さんは眉をしかめたものの笑って返してくれた。


「今村さんは相変わらずですよ。昼食が終わったら談話室に行くんだって言ってましたから、心配なら行ってみてはどうですか?」

「ありがとう、ございます……」


 看護師さんの『相変わらず』という言葉に何となく引っ掛かりを憶えたが、とりあえず本人がピンシャンしているのを確認しに行こうとは決心した。


 昼食を終え、しっかりと食休みをしてから談話室に向かうと、看護師さんの言った通り今村さんが談話室のいつもの場所に陣取って松本さんを揶揄っていた。


「だからここは幽霊が出るんだよ」

「今村さん、入院患者の中にはその話、シャレにならない人もいますから止めましょうよ」

「イシシシシ。あんた怖いんだろ」


 話しを止めさせようと今村さんに声を掛けようとしたとき、ふと今村さんの入院着の襟首に何か付いているのに気が付いた。

 黒っぽい泥のような液体の汚れ。泥にしてはちょっと色が濃い感じもする。


「おう兄ちゃん、あんただって怪談話くらいするよな。それを真に受けるなんてヤツはいないよな?」

「え? まあ、話の内容にもよりますが。病院で病院の階段はちょっと……」

「なんだよ、病院だからこそ怖く感じるんだろうが。つまんねぇヤツらだな」


 不機嫌になった今村さんは別な人を怖がらせようと、別階の談話室に移動しようと腰を上げた。


「今村さん、襟首に何か付いてますよ」

「ああ、そうかい」


 気にすることも確認することもなく、今村さんはスタスタと談話室を出てエレベーターホールに向かって行ってしまった。


「何か付いてたんですか?」

「……もしかしたら僕の勘違いかもしれません」


 まさか襟首についていたのが血の乾いたものっぽいだなんて、不用意に話すものでもない。

 中庭を散歩中に転んで付いた泥かもしれないし、あんな夢を見たばかりだからそう思い込んだ節もある。


 しかし夜になってもあの襟首の事が気になって仕方がなかった。

 あの夢のせいかどうしても血に見えてしまうし、それを気にしないでいる今村さんの態度も腑に落ちなかった。

 僕の入院着にちょっとした食べこぼしが付いていたのさえ見つけて何だかんだと言ってきていたのに、自分の事に無頓着というのはあり得ないだろう。


「まだ眠らないんですか?」


 巡回中なのだろう、看護師さんが懐中電灯を片手に傍に寄ってきて声をかけた。


「すいません。昼寝したせいか寝付けなくて」

「音を出したり灯りを付けたりしなければ構いませんよ。眠りたいのに眠れないなら、お薬出しますよ?」

「ありがとうございます。多分大丈夫です」


 そう、このモヤモヤした疑問さえなくなればスッキリと眠れる筈だし。

 かといって当の本人に今確認するわけにはいかないけれど。


「あの、少し病棟内を散歩しても大丈夫でしょうか?」

「大きい音を出したり、頻繁に出入りしたりしなければちょっとくらいは大丈夫ですよ」


 一応許可を貰い、病室にいるよりはとぐるりと病棟を歩き回り、いつもの談話室に腰を下ろした。


「人のは気になるけど、自分のはどうでもいいって人も中にはいるものなのかな」


 そんな結論に落ち着こうと無理矢理考えを改め、夢で見た廊下の行き止まり、非常階段に目をやった。


「夢とはいえ、非常階段の鍵なんて簡単に外れるわけないよな」


 昔は違ったのかもしれないが、今はカバーがしてあったり電子ロックだったりで簡単に開かない仕組みになっている筈だ。


 いけない好奇心が『どんな鍵になっているか確認してみようぜ』と語りかける。

『夢のことだから』と言う自分と『夢だからこそ』と言う自分が対抗し、気持ちを揺さぶる。

 結局行ったところで鍵が掛かっていて安心とガッカリするだけだろう、と真っ暗な廊下を足音を立てないようにゆっくりと進んで行った。


 緑色の非常灯がぼんやりと灯る扉の前まで来ると、鼓動が早くなった。

 怖いのか何なのか。

 否定しつつも心のどこかではあれが現実だったと認めているせいなのか。


 今なら引き返せる、と踵を返す。

 夢ならば夢のままでいた方がいいんだ。

 今村さんは現に生きていたし、怪談話としてあれを今村さんに聞かせてやって怖がらせるのも一つの手だと思いなおす。


「こんなところまで散歩に来ちゃったんですか? あまりウロウロし過ぎちゃいけませんよ」


 振り返った先には、あの看護師さんがいた。

 昼に話しも聞いてくれて、巡回の時に散歩の許可をくれたあの看護師さん。


「!! びっくりした。懐中電灯の灯りが見えなかったんで、来てたの分からなかったですよ」

「ダメですよ、非常階段から出ちゃ。今村さんみたいになっちゃいますよ」

「え? だってあれは夢だって……」


 言いかけてさらに心臓がドキリと跳ね上がった。

 看護師さんの後ろには、既に部屋で寝てる筈の今村さんが立っていたのだ。


「よお兄ちゃん、噂話を知ってるか?」

「いま、むら……さん?」


 明らかに頸の角度がおかしい。

 顔が殆ど真後ろを向いて、なおかつおかしな角度で下を向いている。


「ここの病院にはな、自殺した看護師がいるんだよ。そいつに会っちまうとな、殺されるんだよ」


 こっちを向いていないのに、しっかりとした足取りで僕の方に向かってくる。

 今村さんの跡にはポタポタと水滴が滴っている。


「さあ病室に戻りましょう。今村さんも心配になって一緒に迎えに来てくれましたよ」


 こんな状態で戻ろうと言われても戻るバカはいない。

 パニックになっている筈の頭は何故か冷静に現状を見据えている。


「看護師さん、あなたいつ休んでいるんですか。昼間も勤務してましたよね。今、夜ですよ? それに昨日の朝も昼の検診の時も、夕食の時もいましたよね?」

「私ですか? 私、まだ新人なんでいっぱいお世話して勉強して、経験積んで早く一人前の看護師になりたいんですよ。休んでなんていられませんわ」

「それって……」

「先輩に『役立たず』って言われてからずーっと、もう嫌だって一回挫折したときからずっと働きっぱなしですよ」


 ニコリと笑う看護師さんの目から、紅いものが流れ落ちる。

 頑張っても認めてもらえなかった悔し涙なのか、飛び降りたときに負傷した血なのか。


「あなたも、ずっとお世話させてくださいね。このあと松本さんも迎えに行きますから」


 背後でガチャリ、と重い金属音がした。

 僕は触れてもいない。

 ギギィーと、錆びた扉が開く音と共に冷たい空気が流れ込んでくる。


 ああ、噂だと思っていたけど本当だったんだ。

 怪談話なんて都市伝説なみに嘘だと思っていたけど、バカにしたりすると呪われるって本当だったんだ。


 後悔先に立たず。

 誰もいない階段の向こうから、無数の手が僕の腕を掴んで扉の外へと引きずり出し始めていた。


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