見つけた希望は細く頼りない
この世界に来て初めてこんなに清々しい朝を迎えた。心に一つの区切りができたからだろう。僕は僕なりに決心することができた。ならあとは実行するだけだ!装備を身につけ、いざフィールドへ行かん!
~挑戦者ギルド~
なんて張り切っていた頃が僕にもありましたよ。具体的には一時間ほど前の早朝。
ミトーおばさんに張り切って挨拶し家を飛び出して門の前までやってきた。そして門から足を踏み出そうとしたら門番さんに「君は確か昨日、命の宝珠を使ったと仲間と話していなかったかい?だったら危ないから1週間はおとなしくしていた方がいい。仲間がいないならなおさらだ」と言われました。
はい。すっかりアイテム使用制限のことを忘れていました。
そしてそのまま家に帰るにはミトーおばさんに示しが突かないと思い、今ギルドで時間を潰しています。いやほら。そういえばモンスター対策を何も考えていなかったし、先輩挑戦者にもギルドを頼ってみるといいって言われたから必ずしも無駄な行為とはいえないんじゃないかな!?
誰に向かって言い訳しているのかって?もう誰でもいいだろ。そういう気分なんだ。
しかし実際モンスター対策はとても深刻な問題だ。
昨日の戦績を確認する。モンスターを発見→近く→音を立てて見つかる→殺されかける。うん。そもそもまともに戦えたと言えるかすら怪しい。一方的に蹂躙されたとも言える。なんせ僕は一度も攻撃できていない。しかも回避すらもろくにできていない。回避しようとして転んだだけである。
こんな結果から何を反省すれば良いのだろうか。とりあえず避ける練習でもしようか?でも僕のジョブは戦士。そもそも攻撃に偏っているジョブだ。最初から避けることを前提にするのは難しい。いや普通ならあの豚くらい戦士でも避けて攻撃ができるのだけれど僕にはそれが難しい。かといって、機動力重視のジョブにしたところでそもそもそんなに動き回っている中で攻撃を当てる自信がない。というかまともに攻撃できるかすらも怪しい。
いや時間はたっぷりある。なにせ1週間は街から出られないんだ。考えるだけ考えてみよう。
~1週間後 挑戦者ギルド 3階受付カウンター前~
「かわすことができなくて、攻撃を当てることもできない、慌てると転んだり思考が停止したりするこんな超不器用で戦えない僕でも戦えるようになる方法って何かないですか?」
あれから1週間が経過していた。だがしかし、自分では有益な答えは出せないということでこうやってギルドを頼っているところである。もっと早く来るべきだったと思わなくもない。自分でもせめて最初の数日で切り上げギルドを頼り、出た結果を残りの日数で調整しアイテム制限が解除されたら二度目の挑戦!というのが理想的だと思う。しかし僕はそんなことを考えられるほど器用な人間ではない!いつもの癖で考え込んでしまい、つい朝にアイテム制限が解除されたとギルドカードに通知が来て気がついた。やっちまったって。
そして慌ててギルドにきて先ほど1階受付カウンターにてこの質問をしたところ、そういうことは3階受付でお願いしますと言われてここにきたということである。
「えっと。そういった戦闘相談でしたら1階受付でお願いします。」
「1階の受付の方に3階でと言われたのですが?」
「まったくあの子は。戦闘相談はそちらの仕事でしょうに...」
「?何か言いましたか?」
「いえ。そうですね。もう一度要件を仰って頂いてもよろしいですか?」
「はい。かわすことができなくて、攻撃を当てることもできない、慌てると転んだり思考が停止したりするこんな超不器用で戦えない僕でも戦えるようになる方法って何かないですか?」
「...えっと。そうですね...できないことを減らすよりもできることを伸ばしていくというのはどうでしょうか?」
「なるほど!僕は何ができるんですかね?」
「いや私に聞かないでください。何ができるんですか?」
「何もできないです!」
「...そうですか...あと考えられるのはパーティーを組むことですが、失礼ですが今のままでは見つからないでしょうね....」
「はぁ....何かないですかねぇ?」
「うーん...私はジョブ関連が専門なので、戦闘についてのアドバイスはあまりできないです。なのでジョブを変えてみてはいかがですか?」
「ジョブですか?」
「はい。例えば避けられないとのことだったので機動力を上げて回避率を上げてみるとかですかね?」
「うーん。それだと避けられても攻撃を当てられないと思うんですよ。それに焦ってくると転びそうですし。」
「なら、あとは避けないとかですか?防御を上げて耐える。カウンターを狙うタイプですね。」
「え?避けない?それなら僕にもできるかも。」
「それなら騎士のジョブですね。ただこのやり方は防御を上げないと通用しないので、最初がかなり難しくなりますね。LVを上げてある程度の防御力を期待できるようになってからやるやり方です。なので最初をどう凌ぐかが問題になりますね。」
「装備で誤魔化すとか?」
「装備で誤魔化すにしてもモンスターの攻撃をほとんど無力化できるほどいい装備はこの街にないですね。それに購入するにしてもお金が必要でしょうし。」
「うぐっ。じゃぁそういうスタイルの人は最初どうしているんですか?」
「パーティーを組み最初の頃は戦士のような戦い方をします。というか、最初はみなさん戦い方は同じですね。よけて攻撃、よけて攻撃が基本になります。」
「そして僕にはその両方ができないと....うーーーーーーーん。何か街中でLVを上げる方法とかないですか?」
「LVは魂が成長しなければいけないですから、モンスターを倒さないと上がることはありません。ただステータスを上げることならできます。」
「本当ですか!?」
「はい。ステータスとはその人の身体能力を表す数値です。なので体を来れば基本的にはステータスを伸ばすことができます。」
「なるほど!ならモンスターに挑む前に体を鍛えればいいんですね?えっと僕が伸ばしたいのは防御力。それを鍛えるには.....えっと。どうしたらいいんですか?」
「そうですね。防御力とは打たれ強さのことですから....ひたすら殴られて皮膚を厚くする....とか?」
「ええ!?なんですかそれ拷問ですか!?っていうかなんで疑問形なんですか?!」
「なにぶん私も初めての経験でして。攻撃力が足りないとか、俊敏さが足りないとかいう相談は聞いたことがありますが、防御が足りないから固くなりたいというのは初めてです。」
うーん。なんだろう皮膚を厚くするかぁ。とりあえず自分をいじめればいいのだろうか?熱湯風呂に入るとか?剣で自分を刺してみるとか?でもそもそも成長するかどうかも怪しいしなぁ。
「話が戻ってしまいますが、お金さえあれば装備を変えるというのも悪くないと思います。装備も自身のステータスに影響を与えますから、装備を防御力重視にするというのも一つの可能性ですね。」
「でも僕お金ないですよ?稼ごうにもモンスターが倒せなければ意味はないですし。」
「クエストボードでクエストを確認したことはありますか?」
「遠目からならみたことがあります。」
「実はあの中に街中で行えるクエストがございまして、お小遣いほどですが一応稼ぐことはできます。ただし時間がかかると思いますので、今すぐにとは行かなくなりますね。」
今すぐに戦えるようにはならない。それはここに来た時から覚悟はしていた。でも装備を買い揃えるとなるとかなりの時間がかかる。しかも命をかけたクエストの報酬でもそこそこ時間がかかるのにおこずかい程度の報酬で購入するには倍以上の時間がかかるだろう。そんなことをしていては攻略組の方や同じく歩み始めた初心者プレイヤーも先に進んでしまうだろう。そうなればいざ装備を揃えフィールドに出てもその時には助けてくれる人はいないということになる。しかし今ここで焦ってフィールドに出ても前回と同じ結果になってしまう。そうなれば命の宝珠を失うだけでなんの実りもない。
これ以外に僕に道はないのだろう。
「装備を揃えれば、僕は戦えるようになれますか?」
「...例えば装備を鎖帷子、小盾、ショートソードとした場合、初心者の防御力を考慮すると豚のモンスターでだいたい3−4回は受けても問題ないと思います。防御力偏重にすると攻撃力が下がるので、討伐に時間がかかります。それまでに倒すことができれば可能性はあります。」
「その場合だと、どれくらいで倒せますか?」
「この構成だと結構攻撃力下がっていますからね。4−5発といったところでしょうか。」
カウンターを基準に考えると初撃に失敗するもしくは1回よけないと勝算はないということにならないだろうか。
この道でも僕に勝算はなかったようだ。
「あとは、戦闘中にアイテムで回復しつつ戦えば被弾数は増えますからもう少し長く戦えると思います。」
「おお!そうか。回復しながら戦えばなんとか倒せ「ただし、ここら辺のモンスターに1匹ずつアイテムを使うと確実に赤字ですが。」....あっはい。」
一応赤字覚悟なら勝てるということだろうか。まぁ。赤字でも勝ち筋が見えたならよしとするべきか。赤字で失ったらまたお小遣いを稼ごう。
「...その...あまりいいアドバイスができなくてごめんなさい。でも今の計算はあくまでLV1の時なのでLVさえ上がればもう少し楽にはなると思います。あそこの適正LVは1〜5なので5LVになる頃にはほとんどダメージがなくなっていると思いますよ。」
「いえいえ。勝ち筋が見えただけでもありがたいです。それに理論上トレーニングをすれば攻撃力も上がるっていうことですもんね。なら装備を揃える前までにステータスを上げて、アイテムなしでも戦えるようにしてみせますよ。」
「それでは転職しましょうか。騎士の間は戦士の間の前の部屋です。突き当たりを右の部屋ですね。方法は前回と同じです。こちらも本を開くだけで転職できるのですぐに終わるかと思います。」
これからの方針は決まった。防御を上げて時間を稼ぎつつ隙を見て攻撃する。やばそうならアイテムを使ってさらに時間稼ぎ。こうやってみると本当に僕って向いてないんだな...とりあえず目標金額を調べよう。まず鍛冶屋に行って調査しよう。
~side 受付嬢~
「かわすことができなくて、攻撃を当てることもできない、慌てると転んだり思考が停止したりするこんな超不器用で戦えない僕でも戦えるようになる方法って何かないですか?」
少し前に久しぶりに多くの初心者が現れた。ギルドで調査すると、上層で活躍している挑戦者クランが新人を求めて下層に降りてきているらしい。その一環で初心者を大量に育てようとしているみたいでした。それで急にたくさんの挑戦者が現れたのでギルドはすぐに忙しくなりました。私のところにも大量の挑戦者が転職にきました。ジョブチェンジに関しての相談や説明がたくさんきたのでとても忙しかったのを今でも覚えています。
そして1週間が経った頃。そろそろ次の街に旅立つ挑戦者一行が現れた頃、ギルドは落ち着きを取り戻していました。私は基本的に初心者がジョブを変える時にしか仕事がないので今日は少ない仕事を終わらせ、残りを退屈に過ごしておりました。
そんな時奇妙な挑戦者が現れました。その冒険者は冒頭のセリフを言いました。最初に聞いたときは、戦闘相談だったので深く内容を聞かず、正規の相談先である1階受付を紹介しました。そもそもなぜ最初に来たのが3階なのだろうかと疑問に思いながら。
しかしその挑戦者は1階でここを紹介されたと言いました。1階受付のフィーナは時折面倒仕事があると私に投げてくる。いつも自分の仕事は自分でやりなさいと怒っているのだが、実際にフィーナはかなり忙しい。1階受付はギルドの顔ともいえ、基本的に最初は彼女を通すことになる。故に彼女はほぼ全ての作業を行なっている。もちろん忙しくなると優先的に増員されるのは1階であるがそれでも普段一人でさばいているためとても忙しいということは知っている。なのでこれまでも何度かこのようなときに私が対応してあげているのだ。つまり今は少し忙しいということだろう。彼女はむやみに仕事を放り出す人物ではないと知っているからな。
しかし。
もう一度話を聞いてみてわかったが、この案件は私がどうこうできることではない。正直に行って、この発言をそのまま受け取るのであればそもそも挑戦者として向いていない。攻撃できないのに避けることもできない。これはつまり為す術なく攻撃され続けるということだ。一番の解決方法はパーティーを組むことだろう。ただしこのままパーティーを組ませようとしたらいずれ事故が起きるし、それにそもそも私はパーティーを紹介できないわけだが。しかしこのまま放っておくとこの挑戦者はいずれ命を落とすだろう。それはほとんど確実と行っても過言ではない。
となるとソロで生存率を上げるには生命に直接関係する防御を上げるしかない。ジョブや装備を駆使してなんとか底上げをする。これはパーティーで敵の攻撃を受ける壁役としての対処方法なのでソロには向かない。一般的には機動力で劣るため、無用な攻撃を受けることがあるからだ。味方のサポートがあるのならそれで足止めしている最中に攻撃などという戦術的な意味はある。しかしソロではサポートがないため基本的に避ける、ダメージは受けない方がいいのだ。しかしこの少年はそもそも避けるつもりがないようなのでこの選択が最も生存率が高い。避けないのであれば受け止めるしかないのは通りです。
そして一応ステータスの上昇について説明しましたが、これについてはほとんど期待できないでしょうね。彼が努力して伸ばせる数値は1あるかないか。もちろんこれは初心者には決して小さくない値ですが、そもそも1すらも伸びるか怪しい。ステータスは魂の成長とともに上昇します。これだけ聞くと簡単なように聞こえますが、魂の成長とはつまり人間としての格が一つ上がるということ。努力だけでその域に達するには相当な努力が必要になります。1上がればこの上なく幸福だと言えるでしょう。